第19話 最上くんは自立している

 私の名前は、本郷ほんごうツバサ。


 とある文芸誌で編集者をやっている。私が担当するのは、新進気鋭の作家──日下部くさかべカラス。


 今日も打ち合わせのため、彼のマンションを訪ねることになっていた。


 玄関のインターホンを押すとすぐにドアが開いた。


「お疲れ様です、本郷さん。原稿ならサーバにアップロードしましたよ」


 まだ高校生くらいの少年が、ドアの隙間から顔を出した。


「うん。今日は軽く打ち合わせを」


 そう──なにを隠そうこの少年こそが本人なのだ!


「先週も打ち合わせしたばかりですよね。打ち合わせすることなんてありましたっけ?」


 たしかに私は毎週のようにこのマンションを訪れているが、できるなら週三で訪問したいくらいだった。 


「まあまあ。作家と編集者の信頼関係は大事だから。信頼は電話やメールのやりとりだけでは築けないよ。やっぱり顔を合わせないと」


「はあ、そうですか……まあ、中にどうぞ」


 この少年──日下部カラスこと本名〈最上もがみガモン〉は現在高校一年生。デビューしたのが中学三年のときだというのだから驚きだ。


「あいかわらずお部屋きれいにしてるね、ガモン君」


 彼は高校生ながらここで一人暮らしをしている。生活費も作家としての収入だけでまかなっていて、親からの仕送りは受けていないとのことだ。


「そうですか? ありがとうございます。いまお茶いれますね。麦茶でいいですか」


「うん、ありがとう」


 ここで唐突に告白するが──私は


 念のため断っておくが、私は少年好きの変態ではない。というか、いままではむしろ年上好きの枯れ専だった。


 そんな私が彼をはじめてみたとき──自分でも驚きだったが──突然、恋に堕ちた。


 念のため断っておくが、私は男をみればすぐに一目惚れをするような軽い女ではない。むしろ好きだった男をいつまでも引きずる重い女だ。


 もちろん、十六歳の少年に手を出してはいけない──という倫理観くらい、私にもある。だからガモン君が卒業するまでこの想いは秘めておくつもりだ。


 しかしガモン君も思春期バリバリの男の子だ。目の前に大人の女がいたら──


 おっといけない。この蒸し暑さのせいでさっき外したブラウスのボタンがそのままだ。私の大きくない胸がチラ見えしてしまう。私はわざとらしく手で胸元を隠し、横目でガモン君の様子をうかがう──平然としてるようにみえるが内心ドギマギしているにちがいない。


 私はカーペットの上に正座した。その際、私の小さくないお尻のせいでタイトスカートのすそがめくれ上がって、私の細くない太ももが露わになってしまった。ああ、ガモン君が理性を失って私に覆いかぶさってきたらどうしよう。そのときはこういおうと決めている。


「駄目だよ、ガモン君。高校卒業するまで我慢して。卒業したら……いいよ」と──


「本郷さん、大丈夫ですか?」


 ガモン君の声で私は白昼夢から覚めた。ガモン君は不審げな目で私をみていた。


「ああ、ごめんなさい。ぼうっとしちゃった」


「本郷さん、言いにくいんですけど……よだれがすごいです」


 ガモン君はそういってティッシュをボックスごと差し出した。

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