第16話 最上くんは意外と繊細

 ある水曜日──部活は休みだったが、あしフミカは学校の最寄り駅にきていた。


 改札を出ると、がみガモンが自転車に寄りかかりながら、駅前に立っていた。最上はフミカの姿をみつけると手を振った。


「最上くん、早いね。待たせちゃった?」


 フミカがいうと、最上は首を横に振って、


「ううん、待ってないよ。……それより蘆毛さん、だいぶ焼けたね」


「ウッ! ……うぅ」フミカは眉毛をハの字にした。「言わないでぇ……これでも日焼け止めクリーム、毎日塗ってんだから……」


 最上はあたふたと慌てた。


「ご、ごめん。そういう意味じゃなくて……健康的だなって、テニス頑張ってんだなって、おもって……すみません。失言でした」


「いいの、悪気がないってわかってるから。でもわたし、本当は色白なんだよ」


「はい。存知上げてます」


「はあ。こんなに黒くなっちゃって自分でもショック……」といいながら、フミカは両手で顔を挟むようにして自分の頬をさわった。「ってゴメン、愚痴っちゃって。じゃ、いこっか」


「……はい」最上のほうがよほどショックを受けたような顔をしていた。


 夏の強い日差しのなか、二人は歩き出した。




 二人が向かった先は公立図書館だった。


 中に入ると冷房が効いていて、灼熱のなかを歩いてきた二人には、オアシスに出会ったような心地だった。生き返った。


 二人は机を挟んで向かい合って座り、宿題をはじめた。


 フミカには最上がしょんぼりとしているようにみえた。


(最上くん、元気ないな)フミカはおもった。(もしかして、さっきのこと気にしてんのかな。いいすぎちゃったかな、わたし)


 フミカまで気まずさを感じてきた。しかし同時にすこし可笑しくもあった。

(最上くんて、意外と繊細なんだね)


「最上くん、最上くん」フミカはコソコソと囁くような声でいった。


「?」


「ここ、教えてくれない?」


 フミカは代数幾何の問題を指さした。


「……ああ、回転行列だね。これはゼロを中心にして──」


 最上は丁寧に説明していたが、声が遠くてフミカには聞こえなかった。フミカは机に置いていた教材やら文房具やらを、最上の隣に移動させた。


 最上は目を丸くしていた。


 フミカは立ち上がると、椅子の背にかけていたリュックをもち、空いていた最上の隣の席に座った。


 最上は丸くしていた目をさらに丸くしていた。


 フミカはヒソヒソ話をするように、てのひらを口の横に置いていった。


「隣なら小声でも聞こえるよね」


「……う、うん。そうだね」


 最上は赤面していた。

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