第3話


「うーん、コレをどうすればいいんだろう。」


 そう私は呟いてタンスの中に入っている物を睨めっこしながら悩んでいた。

 タンスの中身は一緒くたに黒一色。寝巻きもドレスも私服にも飽きるほどに全体に黒が使われ、他の色が殆ど使われていない。

 どうすればこんな黒一色の生活が送れるだろうかと疑問になる。

 まあ、別に服の事については言及するまで気にしていない。前世の私も生活では同じ学校指定のジャージを着ていたから言えない部分もある訳で……。

 兎に角、私は服の黒一色以外はそこまで悩んでいない。今、一番私が悩んでいる事はこの服をどうやって着ることだった。


 お屋敷を見回ることを提案した私にアイリスは了承してくれた後、着替えを手伝うと申立てしてくれたが、一応私は元十七歳の女子高校生だ。自分で着替えぐらい出来ると格好をつけてアイリスにサービスワゴンを引かせて部屋から追い出した。


 その事について今更だが後悔していた。左手に持っている黒いドレスを鏡に映る私の身体に合わせるようにして右腕を気にしながら頭を悩ませたて、そのまま項垂れた。

 何せ右腕が使えない以上、前世までの着方では服がまともに着れない。それに前世ではお姫様のようなフリフリとしたドレスとは縁が無く、どうやって着ればいいのかも分からないのだ。


 取り敢えず試しに着てみるか、と勢いよく挑戦してみたが結果としては無残な敗北。寝巻きを脱ぐことですら時間を要した上にドレスを着る前に寝巻きが抜けずギブアップ。

 更に変な所に絡まって息が少しばかりキツい。寝巻きの生地が顔を覆い真っ黒で今の姿は分からないが、きっと服と人間が合体した変な生物になっているだろうと頭の中で想像しながら大人しく助けを待った。


「お嬢様、何をしておられるのですか?」


 その後戻ってきたばかりのアイリスの冷たい視線を感じながら脱ぎ着替えを手伝って貰い、私はアイリスを先導の元、一緒に部屋を出た。


             #


 それから私はアイリスに屋敷の中を先導し、庭へ向かう道のりでに見れるところは見て回った。厨房やら図書室やら客室やら風呂場やらなど、まさに高級な宿泊施設って感じだ。色々な物がこの屋敷には揃っていた。

 そして屋敷の裏側から庭へと出ると目を瞑るほどの眩しい太陽が、私たちを出迎えてくれた。


 太陽光を浴びて新緑な芝生と規則性のある石畳の通路。中央に位置する噴水が光を更に誇張し、屋敷を囲むように植えられた木々に小鳥が止まり囀りの音色を響き渡らせていた。


 私は鼻いっぱいに新鮮な空気を吸い、口から吐いた。やはり部屋の中に長らく居るよりも外に出て新しい空気を体に取り込んだ方が爽快でとても気持ちいい。それに何故だか空気が美味しく感じるのは異世界に来てからの感覚の変化なのだろうか。


「お嬢様、最初はどちらに参られましょうか?」


 自然の風を肌で感じながら私は返答に頭を悩ませた。何せ私はあまり此処には来た覚えがあまり無い。ずっと屋敷の中で遊んでいた記憶があるのだから確実にアウトドア派では無い筈だ。


 だからここは安直にアイリスに行き先を任せよう。


「そうですね。庭を周りたい気分なので、アイリスに全て任せてますね。」

「承知致しました。」


 互いに了承して、アイリスは何一つ悩む事もなく石畳みの上を進み、私もアイリスの後を追う形で歩いた。


 草で出来た緑色の壁を超えてからは、最初に向かったそこは、まるで別世界に迷い込んでしまったかのようであった。

 何一つ欠けることもなく色取りの花が咲き乱れ、何一つ枯れる事も無くそれは太陽に顔向けている。


 そこには前世の私でも知っている、ゼラニウムやチューリップ、アマリリスやアネモネなどそれに加えて異世界特有の花が不規則に花壇の中で咲いているように見えるが、丘にある高台から見ると、乱雑に色鮮やかに咲き乱れる花たちが一転、美しくも計算された一つの芸術作品を生み出していた。


 幼い頃に一度目となるこの光景を見た私はとても驚いていたことに覚えがあった。まさか色鮮やかに咲いていた花が美しいアートになって居るなんて夢にも思わなかったのだからだ。そして二度目の今日でもこの光景の美しさのあまりに驚愕する以外のことは出来なかった。


 そんな幻想の世界の夢を見ているような儚く咲き誇る花たちに魅力され、吸い込まれるように先頭に居るアイリスを追い抜いて子供に戻ったかのようにはしゃいだ。

 すると花壇の中で咲いている見たこともない黒い花の前で私はしゃがんで間近で見つめていた。


 毒々しくも目が吸い込まれてしまう、そんな蠱惑的で魔性を帯びた花の香りを嗅ごうと顔を更に近づけようとした。


 すると誰かに肩を強く掴まれた気がした。


「それ以上近づかれますと危ないですよ、お嬢様。」


 私でもアイリスでもない、聞き覚えのない男性の声に驚いて私は肩を掴まれた方に顔を向けた。


 黒いパーカーに黒いズボン、黒いゴム手袋に黒い長靴。更にペストマスクを着けた、まさに怪しさMAXの人がそこに立っていた。


「え、あっ、ご機嫌よう?」


 肩を掴んだ人があまりにも怖過ぎて顔が固まったまま、何故だかその人に対して挨拶をしてしまった。


「はい、ご機嫌麗しゅうございますお嬢様。其れにしてもその花の花粉を吸わない方が良いですよ。とてもその花は危ないですからね。」


 そう言って黒マスクの人は私と黒い花を引き離そうと私の肩に力を入れて彼の方に引き寄せていた。

 そして彼の黒いゴム手袋が私が触れていた黒い花へと伸ばされ、その指に止まる一匹の蝶が白い羽を羽ばたかせ蜜を得ようとその花に止まった。


 だが、その蝶は蜜を啜るとその羽を少し黒ずめて脆く崩れて、蝶はその花からぽつんとこぼれ落ちた。


「ひっ!」


 突然の出来事にその花から手を離し退いた。バランスを崩した私は肩を引かれている方へと向かい盛大に尻もちをついてしまった。


「庭師、お嬢様に何をしたのですか。」


 と、少し離れていた位置に居たアイリスがこちら側に近づていた。お嬢様お手をと、私は庭師と呼ばれた男性から出された手を取り尻をついた体を持ち上げた。


「あれいらっしていましたかメイド長。何をって、ご覧の通りこの花からお嬢様を遠ざけただけですよ。」


 そう言ってひらひらと手で摘んでアイリスに見せているのは私がさっき触っていた黒い花。アイリスはそれを見ると顔を顰めた。


「庭師、貴方はまた危険植物を『花園』に植えているのですか。確かアレ以降植えないと当主様と約束した筈では。」

「その件に関しては、今回は当主様の了承を得て育てていますからご安心ください。それよりも貴方は私に感謝をしたらどうです?私が居なかったらお嬢様は危なかったですよ。」


 ですから感謝して下さいと、付け加えるように黒マスクの人は調子良さげに言った。けれどもアイリスはその言葉に何も答えないまま、冷たい視線を黒マスクの人に向けたまま、「お嬢様大丈夫ですか。」とアイリスは私の手を取り自身がいる側に引き寄せた。


「感謝も何も、そもそもお嬢様に害が出ないように管理するのが貴方の仕事なのですから出来て当然です。それにお嬢様に痛ませた時点で感謝の一言もございません。もはや論外です。」

「アイリス、ちょっとそれは言い過ぎなのでは……。」


 はっきり、淡々と黒マスクの人に過剰な文句を言うアイリスに対して私は自然と声を出してしまった。


「言い過ぎてございませんよお嬢様、この男はここまで言わないと意味がないですので。」

「いや、それでも私が助けて貰ったのは事実ですので、ですからその、庭師さんありがとうございました。」


 そう言って黒マスクの人に礼をする私を見て二人共、目を丸くし驚きと唖然とした表情をしていた。

 私、何か変な事をしたのかな。


「これはまた予想外ですね。まさかお嬢様の方から感謝のお言葉を頂けるとは私としては嬉しい限りです。

それにしてもお嬢様の頭を下げさせるなんて何処の駄目メイドがすることなんでしょうか。」


 庭師は上機嫌のまま何故だか私への感謝とある特定の人物を煽るかのような口調で発した。しかも煽りの部分で誰でも気付くように分かりやすくアイリスをチラチラ見ていた。


「この男一回、花と一緒に地面へと生き埋めて還した方が良いようですね……。」


 勿論、アイリスも同様に気付いていたらしく氷のような冷たくて鋭い視線で庭師を睨み、小声で何か恐ろしい事を呟いているようであった。が、聞こえなくてもアイリスが怖いこと言っていることはアイリスの溢れる殺意で捉えられた。


「おっと、何かしら命の危機のようなものを感じますし私はこれで失礼致しますよお嬢様。」


 どうやら庭師もそれに気付いていたようでアイリスの殺意を感じるや否や、私に向かって大きく手を振りすぐさまにこの場から立ち去って行った。


「チッ、仕留め損ねましたか。」

「アイリス、物騒な事を言わないでください。」


 庭師が過ぎ去った後の広々とした花壇を覆い尽くす咲く煌びやかな花たちは色褪せぬことなく咲き誇っていた。

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