第2話
「お嬢様、ごゆっくりとお召し上がり下さい。」
そう言って一礼する私自慢のメイド、確か名前をアイリスと呼ぶ彼女を他所に食事用のテーブルに置かれた料理を見て私は抑え難い食欲を全面に引き出し口から涎を垂らしてゴクリと息を呑んだ。
茶色く焼けたミニロールパン、新鮮な緑に赤いトマトを乗せたグリーンサラダ、鮮やかな黄色をしたコーンスープ、そしてメインを飾るのは煌びやかな赤みのあるローストビーフ。
朝にしては少し豪華過ぎる料理は前世の私では到底、朝では絶対に口にはしない。流石は悪役令嬢の家だと言うべきなのか朝食の関しては豪華過ぎる上にこんなにも食をそそる香ばしい香りを漂わせる料理を毎日食べられるとは何という裕福なものだろうか。
悪役令嬢に転生出来て良かったなと初めて思いつつ、出された料理を食べようと無意識に利き手である右腕を動かした。
しかし、右腕では何も掴めず、右腕が無くなっていたことを思い出しては使えない事を自覚せざるを得なかった。
それに対して私は深いため息を吐き、おぼつかない左腕で料理を口に運び、少しばかりアイリスに手伝って貰いながら食事を行った。
お腹を満足させた私はナプキンで口の周りに付いた汚れを拭き、色気のない白色だけの数枚の皿とナイフとフォーク、スプーンを取り下げて行っているアイリスの顔を横目でそっと眺める。
日光に当たって光り輝いて見えるサラサラとした萌黄もえぎの髪に暗緑色あんりょくしょくの瞳。鼻も高くてほりも深い、クールな顔の印象に隠される色っぽい唇に私よりも少し長い綺麗なまつ毛。顔全体も非常にバランスが取れていて私よりも綺麗だ。本当に綺麗。
もし、アイリスがこの顔で『聖女と七つ』で登場していればきっと私は彼女に心を撃たれて熱烈なファンになっていただろう。アイリスも『聖女と七つ』にも登場したのだけれどもそれはエスターク家の『暗殺者』としての裏の彼女でしか登場をしていない。顔は仮面に被され表情すらも見ることすらなく、透き通るほど綺麗な声だけが脳裏に焼き付いていた。
一応、キャラクター設定でも『ディアのメイドとエスターク家の暗殺者である』と書かれていただけで他の情報が謎に包まれていた。
そんなアイリスの裏設定がまさか、悪役令嬢であるディアに勝るほどの美人であることに驚きを隠せない。
だってキャライラストの仮面下にこんなにも綺麗な顔であったことに、誰しもが想像できない。
でもこんな綺麗なメイドの最後が私の破滅エンドに一緒に落ちるなんて由々しき事態なのだ。だから私が責任持ってアイリスの破滅フラグも折ってアイリスを幸せにしてみせる。
私は新たな決意を心で決めて、口を拭いたナプキンを左手で綺麗に折り畳んで机の上に置き、アイリスの顔を向けて今まで知りたかった事について質問してみた。
「ねえ、アイリス少し良いかしら。」
「はい、何でしょうか。お嬢様。」
そう言ってアイリスは料理を運んで来たサービスワゴンの上に皿を置き、作業を止めてこちらに顔を向けた。
「私の名前って何?」
「はい?」
拍子抜けのある驚きの質問にアイリスは困惑した表情を見せた。
それもそうだよね。何せ私自身の名前について尋ねられたのだから、アイリスが驚いた顔をしているのも無理もない。
そもそも、本当に私の名前がディアなのか念のためちゃんと確認したかったとは言え、言葉を考えず、こんな「私の名前分かる?」的な質問をするのは流石におかしいのだ。
もしこれで、「コイツはお嬢様の偽物、始末しなければ」的な展開になったらゲームが始まる前で私がジ・エンドを迎えるかもしれない。ディアのメイド兼エスターク家の暗殺者の彼女ならやりかねない。早く誤魔化さなければ!
「あ、いや別に深い意味はないよ。ただ名前を覚えているか自身無くてアイリスに私の名前を呼んで欲しいな〜って、」
あははは、と歯切れの悪い笑顔を見えながらあまりにも雑過ぎる誤魔化し方に自分でも何言ってんだ、とツッコミたくなるようなそんな誤魔化し方をしてしまった。
こんな台詞を言う悪役令嬢キャラじゃないでしょが、私の馬鹿!と自分を自分で責めていた。
やはり、こんな誤魔化し方では火に焼け石に水であった。アイリスは困惑した表情から今度は無表情に鋭い視線で此方を見つめている。そんな状態から推定して完全に私の事を相当怪しんでいる。
どうしよう、なんて誤魔化せばいいのだろう。
私はアイリスの不信感を解く言葉を考えるのに一人で頭を悩ませているとアイリスがため息を吐いていた。
「お嬢様は私の名前をご存知でしょうか。」
「それはもちろん知っているよ。アイリスでしょ。」
アイリスに質問されていた事に私は考えることもなく答えた。私がアイリスの名前を間違えるわけがないよ。
「正解です。ならお嬢様は自身の名前を答えられますか?」
「私を馬鹿にし過ぎだよアイリス。私の名前はディア・エスターク……あ、」
あまりにもアイリスに小馬鹿にされているような質問をされ、つい勢いよく自分の名前を答えてしまった。
本当にこの体が『ディア・エスターク』なら良いのだけどこれでもしも「不正解」なら私はディアの偽物として拷問の後に殺されてしまう。そんな最悪の結末を思いながら恐る恐る私はアイリスの方を見る。
「正解です。別に私に答えて貰わなくてもお嬢様はご自身の名前を覚えていらっしゃいではないですか。」
アイリスの表情は変わらないが、少しだけ声が穏やかになった気がした。どうやら今さっきの答えは正解らしく、知り得たかった私の名前を確認することできた。
できたのだが、アイリスに手玉に取られた感があって癪に障る。正直なところ、アイリスに私の名前を何としてでも言わせたいのだが今の私じゃどう頑張っても私の名前を言わせることは出来ないだろうし、不可能に違いないのだ。
まあいつかはアイリスに私の名前を言わせるとして、とりあえずこの国の事や近隣の国について質問してみよう。これならアイリスでも疑いを持たず、答えてくれるはずだ。
「ねえアイリス、もう一つ質問宜しい?」
「ええ、別に構いませんよ。さっきみたいな質問以外なら私が知っている範囲でお答え致しますよ、お嬢様。」
うっ、それは確かにさっきのはおかしな質問だった。私自身、言葉足らずの部分が多いにあって反省している。けれど、流石にもう同じことは繰り返さない。私はこれでも心は十七歳の大人なんですから。
「あはは、流石にさっきみたいな質問はしないよ。それより私たちが居る国と近隣の国ついてと国同士の関係性について聞きたいなのだけど。」
「国こことその隣国について……、ですか。それはまた妙な事を質問してきますね。」
アイリスは言葉を濁して再び困った顔を表した。私、そんなに難しい事を質問したのだろうか。
「やはり、今の質問は答え難い事だったかしら。」
「ええ、本当にそうですよお嬢様。この国での行政の事については兎も角、隣国についてになりますと知識も少なくお嬢様に詳しくお答えできませんので。」
ぐぅ、一言も隠さず、オブラートに包むこともなくはっきりと言われた。私としては隣国の行政についてそんなに詳しく答えなくてもいい気がする。
「そんなに詳しく言わなくていいから、こうもっとふんわりとして簡単な説明でいいから。」
「フン、ワリ…というのは意味分かりませんが、お嬢様がそう仰るなら私が知っている限りのことは説明をいたしましょう。」
そう言ってアイリスはこの国の事、隣国の事について知っている限りの情報を私に説明し始めた。
この大陸には東北南西と四つの国に分かれているらしい。
東に位置する魔法が主流の国リンギング王国。此処では国王の意見が絶対である絶対王政であり、王の下にいる爵位が領主となり独自の政策で自分らの領地に住んでいる民を収めている。そしてエスターク家もこの国の領主として日々、民の為に政策しているつもりだそうだ。
北に位置する武術が主流の国シャルアーツ帝国。そこではリンギング王国と同じ、王的存在である『剣帝』が君臨するがここでは完全な実力主義。剣帝がシャルアーツ国を力で支配する。全ての決定権は力にある為か他国では野蛮人扱いされている。
西に位置する精霊術が主流の国ガースト神王国。そこでは精霊の力を借りる精霊術を扱うハーフエルフが住んでいる。この国も他の国と同じ『神霊王』と呼ばれる王がその地を統べている。
南に位置する調教が主流の国ベスティカ共和国。そこでは魔物を調教して、魔物と一緒に生活している。他の国と違って国内の一つ一つに様々な国があり人が居る。国内も国民主義で統一されて政策も民衆と話して可決される。
私はアイリスの説明を聞いて『やっぱり』と一言を溢し、『ですよねー』と心の中でそう思う。
アイリスが説明してくれた四つの国は『聖女と七つ』に存在していた国名であった。そしてそれを踏まえて私の目標であるゲームエンドは平穏な生活の実現には難ありであった。
何故なら『聖女と七つ』の学園の三年生終盤にゲーム強制イベント四つの国を巻き込んだ『聖戦ラグナロク』が行われて、その影響を受けてエスターク家は没落するからだ。
私か破滅エンドを回避しても次期当主となる私の弟が家を立て直してくれる間は家の形勢を保つ為に未婚である私が家に手を貸してくれる何処かの家に嫁がないければならない。
基本的に価値のない没落した家に手を貸すのは大体性根が腐った男たちだけだから、嫁いだ証には酷い羞恥をさせられるかもしれない。
そんなのは私としては嫌だし、私が想い描いている平穏な生活では決して無いのだ。
つまり私が平穏なエンドに向かうには破滅ルートの回避とエスターク家の没落を止める事、そして聖戦の終結。
どちらにしろ難易度は高くコンテニュー有りで攻略するにも手間が掛かる聖戦は避けて通れない道だ。まさか、ゲームで苦労して攻略したのを今度は自分の手、しかもノーコンテニューで攻略しに行く事になろうとは思ってもみなかった。こんなイベントを入れた運営に文句を言ってやりたい。
聖戦のあたりは倒すべき共通ラスボスをある程度は知っているから多少は対策すれば何とかなる。が、家の没落理由がわからないから対策の仕様もない。結果として聖戦が来るまで私としても分からないのが今の現状だ。
私は深い大きなため息をついて頭を抱える。
「ため息を吐いてどうされましたかお嬢様。やはり今のお嬢様では少々難しい説明だったのでしょうか。」
「いや、違うのよアイリス。ただ世界は広いなと考えていただけよ。」
そう適当に誤魔化した。流石に今考えている事を打ち明けたら心配されるだけだろうし、この事を信じるには至らないだろう。必要となる証拠は今の私の手には無いのなら、まだこの事を他人に言うべきにもいかなかった。
「お嬢様、ご用件は以上で宜しいですか?」
考えごとをして呆然としていた私はアイリスの言葉に呼び戻された。
これ以上は何も無いし、聞くこともないので「うん、今のところはないかな。」といって私は窓の外を眺めた。
満天の青空を数羽の鳥が飛び回り、赤い花びらが風によって不規則に煽られる。庭の中央には噴水が噴き出して無色に輝く癒しの恵みが花のように咲いた。
そんな令嬢だから出来た美しい庭を見て、私は、はっと思い出してサービスワゴンを引いて部屋から出て行こうとしたアイリスに声を掛けた。
「ねえアイリス。私、屋敷の中を回ってみたいんだけど。」
そう言って私は考え過ぎた頭を一旦休ませる為、気分転換にエスターク家の屋敷内を見回ることにした。
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