第8話:犯人

 翌日、僕らは風紀委員長ピエール氏を、昨日の広場に呼び出した。

 理由は占いの結果を伝えるというものだけど……本当の目的は、違う。

 開口一番、エレナは言った。


「風紀委員長ピエール・アルモンドしゃん。あなたが、この広場で女子生徒の姿を消した、犯人ですね」


 ピエールさんはきょとんとした。僕も、エレナの言葉を聞いたときは同じ思いだった。

 けれど……


「わ、私が? すまないが、話が見えない。私は、占いの結果を聞きにきたのだが」

「占いには、正しい情報が必要。消えた男爵令嬢、サシャ・マレットを、あなたは、見つけたい。そのためには、まずは謎を全て解く必要があります」


 エレナに言わせれば、謎はこんがらがった糸に似ている。

 どの糸を引っぱればするりと結び目が解けるのか。それを見つけるのが、謎解きのコツだ。

 そして――今は、それが女子生徒が消失したトリックだ。


「わたし達は、なぜ女子生徒が消失したのか、仕組みがわかっています」

「ほう? なら、まずはそれを聞こうか」


 ピエールさんは壁に背中を預ける。後ろ側に結われた金髪を、神経質そうに右手でかき上げた。


「ローランド」

「はいはい」


 僕は、隅の花壇近くに汲んでおいたバケツを、エレナの足元に置いた。

 僕も女子生徒が姿を消した理由は、まだ聞かされていない。完全に謎の準備だけど、エレナのことは信じていた。

 ピエールさんは怪訝そうな顔をする。


「なんだ、それは」

「これが、女生徒を消した原因でしゅ」


 エレナが目を閉じる。次に青い瞳が見えたとき、両の目には、青白い、炎のような輝きが宿っていた。


「水よ、我が意に沿って、鏡面をなせっ!」


 エレナが手を振る。

 すると、バケツからうねりながら水が飛び出し、広場の中央へと舞い上がった。

 水はだんだん細かくなり、霧のようになる。

 僕は言った。


「霧――!」

「広場に霧が出たことは、たくさんの水を動かした証左。そして、使われた魔法は――」


 やがて、広場の中央に、高さ2メートルを越える巨大な水の壁が立ち上がっていた。

 ただし、厚さは薄い。1センチもなくて、薄いガラス板のようにさえ見える。


「水に入った光は、水から出るとき、角度によっては鏡のように反射する。この鏡面効果をつかって、薄くした水を鏡のようにする魔法――『水鏡』」


 エレナはピエールさんを見た。彼の右人差し指にはめられている指輪は、魔法を使うための触媒スタッフだ。


「魔法の力、『幻惑』、『変質』、『操作』のうち、『操作』を用いる魔法。あなたは、これを使えるはず」


 ピエールさんはバケツに残った水を手のひらに集めて、同じように水の鏡を作る。


「……こんな風にか?」

「風紀委員長をするほどの実力であれば、魔法の技能も、高いはずでしょう」


 ピエールさんはふんと鼻を鳴らした。


触媒スタッフもなく魔法を使える魔女に、褒められるとはね」

「これを、広場の中央に、斜めに設置すればいい」


 水鏡は広場の中央。

 T字路の上側の横棒、その真ん中に置かれている。


「状況を再現してみます。ローランド、T字路の、広場に入る方へ向かってもらえる?」

「わかった。女子生徒が走ってきた方角だね」


 僕は広場から出る。

 T字路の上側の横棒、その左側から広場を見た。


「あ……!」


 斜めに置かれた鏡で、広場の向こう側は塞がれている。

 代わりに、鏡にはある光景が映っていた。それは、T字路の下側の棒。つまり、校舎側に戻る道だ。


「ピエールさんは、女子生徒サシャの進路を塞いでいなかった。女子生徒の進路から、丁度、直角に折れる道で『水鏡』の魔法を使った」

「それだと、ええと……」


 頭に絵を思い描いてみる。

 T字路。

 追っ手の風紀委員や男爵家は、上の横棒、その左側だ。女子生徒サシャは右側に逃げている。

 ただその時、道の合流地点に鏡が置かれていた。だから、追っ手が見ているのは全然別の通路になる。

 そこにいるのは――魔法を使った後の、ピエールさん。


「風紀委員や男爵家にとっては、広場の入口で、ピエールさんと鉢合わせたように見えたはず。この場合、女子生徒とピエールさんがすれ違っているはず、と思った」

「でも、ピエールさんはすれ違っていない……」


 そもそも、別の路地にいたのだから。


「それで、『消えた』ということになるの」


 ピエールさんは腕を組んで、口を開いた。まだ動揺は見られない。

 僕は唸った。


「そうか……一瞬、逃げていくマレット嬢の姿が歪んで見えたっていうのは……」

「大量の水が、『水鏡』を作るために集まり始めたから。『水鏡』が鏡として機能し始める前、あそこには水面があったということ」


 ピエールさんが口を開いた。


「……確かに、俺ならできるかもな。癖で使ってしまうほど、水鏡は練習した魔法だし、十分な量の水があれば可能だ」


 そこで、ピエールさんははたと気付いた顔をした。


「そうか、それで……ローランド君に水場を探しに行かせたのか」

「はい。予め予定していたのであれば、鏡を出す近くに、バケツで水を汲んで置く方がいい」


 広場には花壇があり、バケツもある。準備はやりやすかっただろう。

 水場と広場があまりにも離れていた場合、広場にバケツを運び込んでいる姿が目撃された可能性も高い。

 僕は口を挟んだ。


「井戸は、広場を曲がって校舎に戻る方の道に、ありました」


 Tの文字で示すと、下側の縦棒に井戸はあった。


「だが、どうして私がそんなことを? 可能だからといって、やるのは全く別の話だ」

「それは、もちろん。女子生徒サシャが消える瞬間を隠すため」


 小さな魔女が、その目に宿す理知的な光。

 見つめられたピエールさんは、さながら壁に追い詰められたかのようだ。


「このやり方では、一時的に、女子生徒の姿を隠すだけ。この間に、彼女は完全に追っ手から姿をくらませる必要があった。たとえば、協力者に路地の塀から引き上げてもらったり」


 路地で、泥の跡はたった数歩で途切れていたという。

 でも、それは泥が全部落ちたんじゃなくて――塀の方へ引き上げられたから。

 エレナは指を一つ立てる。


「この計画、そもそも、大慌てで練られたように思えます。おそらくマレット嬢は男子生徒の家に連れられる当日、ようやく、誰かに相談する決心がついた――怖さと不安で、そうせざるをえなかった、ということだと思いますが」


 ピエールさんが手を握りしめた。


「なぜ、そうだとわかる?」

「準備が十分にあるなら、こんな派手な計画は必要ない。婚約を進めていたとはいえ、男子生徒もずっとサシャさんを見張っていたわけでは――」

「ない、だろうな。確かに、ひっそりと消えられれば、それがあの子にとって一番よかったはずだろう」


 ピエールさんは目を細める。まるで、令嬢本人を知っているかのような口ぶりだ。

 ……そういえば、幼なじみと言っていたっけ。


「ただ、今回の消え方にも、メリットはある」

「メリット?」


 僕はエレナへ問いかける。ピエールさんは苦笑し、くしゃりと金髪をなでた。


「すごいな。『占いの魔女』は貴族の慣習にも明るいのかい?」


 ピエールさんは肩をすくめて言った。


「今回、マレット嬢が単に逃げ出しただけでは、婚約者の実家はさらに家族を締め付けかねない。だが、男の目の前で、婚約者が消えた場合は、その限りではない」

「どうしてですか?」

「エスコートの都合だ」


 ピエールさんはくだらなそうに、だけど真剣に目を細めた。


「婚約を切り出した男子生徒には、マレット嬢をきちんと護る義務がある。だがその目の前で、令嬢が原因不明で行方不明――この場合、娘を護れなかった方、つまり男子生徒の責任となる。強く文句は言えまい」


 女子生徒の男爵家は、商人でもあるという。実家に害が及ばないように、そこまで気を遣ったのか。

 きっと、いい人だったのだと思う。だからこそ、なかなか、周りに頼れなかったのかも知れないけれど。

 エレナがけほんと咳払いした。


「話を戻しましょう。この推理の場合、協力者は2人いる。女子生徒を塀の上へ引き上げた人と、その姿を『水鏡』で隠した人」


 エレナは続けた。


「協力者が令嬢の境遇を知ったのは、急だったはず。それでも協力者になったのは、どんな人か?」


 小さな魔女はさらに推理を重ねていく。


「……風紀委員には、ピエールさん以外に、マレット嬢の幼なじみがいるようですね」

「――そうだ」

「その人は、数日間ずっと学外にいるそうですね。そして風紀委員の方に教えてもらったら、その方は事件の当日、令嬢を追いかけていた風紀委員の中には、いなかったようです」


 ピエールさんは黙っている。


「消えた女子生徒と、2人の幼なじみ。ピエールさん、あなたが魔法で隠したかったのは、幼なじみとサシャさんの合流現場。風紀委員の仲間がサシャさんを壁に引き上げるところを見せたくないから、鏡の魔法で、代わりに自分の姿を見せた」


 そこで、ピエールさんが口を挟む。


「……私でなくとも、誰か、他の者が物陰に隠れて同じ魔法を使ったかもしれぬだろう?」

「このやり方は、ピエールさんが女子生徒の進路にいないことが前提。あなたの協力が絶対に必要です。それに、よくよく考えてみれば、あなたの言葉には不自然な点があります」


 ピエールさんが眉を上げる中、エレナは『水鏡』を指さした。


「あなたは女子生徒が消えた瞬間を見ていないと言った。でも女子生徒を追っていた風紀委員達に、『魔法が使われたこと』、『広場に人を入れてはいけないこと』、二つを指示している。『広場に入ってはいけない』の指示は、水鏡の魔法がバレるのを防ぐためでしょう。でも――魔法が使われたかどうかは、どうしてすぐに判断できたのです?」

「それは――」


 口ごもる。

 状況的に魔法が使われた可能性は、高い。でも瞬時に叫べたもっともらしい理由は――『ピエールさんが、魔法使用者本人だから』、だろう。

 思えば、この時からエレナはピエールさんを疑っていたのかもしれない。

 エレナは青い目でピエールさんを見つめる。


「しかし、ピエールさんは、今は困っているはずですね?」


 ピエールさんはふっと頬を緩めた。降参だとでもいうように、両手を挙げる。


「……君達は『占い師』というより、探偵だな。そうだ、それなら私が君達を頼った理由もわかるだろう」


 挑むようなピエールさんの目を、エレナは受け止めた。


「消えてしまった、もう一人の幼なじみと、マレット嬢。この人達の居場所がわからない?」

「その通りだ。もう丸2日が経ったというのに、いっこうに連絡がない。委員長としても、幼なじみとしても――心配なのだ」


 ピエールさんは、後頭部の髪飾りに触れる。

 エレナは頷いて言った。


「それは、すぐにわかると思います」

「なに」


 小さな魔女は、小さくて細い指を立てる。


「犯人は現場に戻るものですから」

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