第7話:吊られた男

 ヘンな出来事だ。部室に帰った後、僕は概要を整理する。

 『占いの魔女』エレナに僕の助力なんて不要かもしれないけれど、古書の入手は歴史研究部の目的でもある。僕も何かしないと、部長として、エレナに悪い。

 机に両手ほどの紙を広げて、事件の『謎』を順番に書き出していく。使っていい紙に困らないのが、実家が商人の強みだ。

 いらなくなったり書き損じた帳面を、僕は学校で使わせてもらっている。


「さて……」


 乱暴に整理すると、女子生徒サシャの失踪は二つの謎にわけられる。


 1.追跡の中、女子生徒サシャはどうやって消えたか。

 2.脱走から二日経った今も、出てこないのはなぜか。


 謎の1、2は、さらに細かく分けられる。


 1.追跡の中、女子生徒サシャはどうやって消えたか。

   ①なぜ消える直前に、霧が発生したのか。

   ②女子生徒の姿はなぜ見えなくなったのか。

   ③見えなくなった後、女子生徒はどうやって路地から姿を消したのか。


 2.脱走から二日経った今も、出てこないのはなぜか。

   ①そもそも、今、どこにいるのか。

   ②匿われているとしたら、その人物は謎1の協力者なのか。


 ……あれ。

 どれ一つとして、わからない。


「まとめてくれたの?」


 前からエレナに覗き込まれて、声をあげそうになった。

 小さな体が、机で四つん這いになって僕の手元を眺めている。


「あ、危ないよ?」

「ローランドは真面目で助かる」


 エレナは椅子に戻り、頬杖をついて僕の帳面を逆側から見つめた。

 苦笑して、紙を彼女の方へ向けてやる。背筋を伸ばして胸を張ったのは、小柄な彼女に部長の威厳を見せつけたいわけじゃない。多分。


「友人の評判のためだからね」

「そして、古書のためでもある?」

「ま、そうだけどさぁ」


 考え込んでいたせいで、ちょっと頭がじんとなっていた。

 窓の外は陽も傾いてきて、暗くなり始めている。春先とはいえ、そろそろ帰る頃だ。

 エレナは目を閉じて、両手でカップからお茶を飲んでいる。ドングリを抱えたリスみたいだと、失礼なことを思った。

 ……エレナを、寮まで送ってあげないと。


「ポイントは、ここ」


 やがて紙に書き付けた一文を、エレナは指差した。


 ――③見えなくなった後、女子生徒はどうやって路地から姿を消したのか。


「魔法でできることの、おさらい。人への『幻惑』・物体の『変質』・物体の『操作』。瞬間移動の魔法は、魔女でもできない」


 つまり、とエレナは言葉を継いだ。


「路地から、瞬時にマレット嬢が『いなくなる』方法はない――」

「路地や、学校からの脱出を助けた人がいる、と考えた方が筋が通る」

「少なくとも、協力者の存在は確定的」


 彼女は、誰かに助けられた。

 エレナは告げる。


「ただ、協力者がいたにしては、準備不足だと思う」

「準備不足?」

「用具入れが荒らされて、なくなっていたのはタオルだけ」


 タオルか。

 僕は首をひねった。


「――なんでだろう」


 エレナは、頭に何かを巻く仕草をした。


「ピエールさんによれば、マレット嬢は目立つ赤毛。頭に布を帽子のように巻けば、遠目には、貴族の生徒にくっついてきた侍女のようにも見える」

「でも……」

「近くにいけば、さすがに不自然。だから一時しのぎ、最後には馬車にでも押し込んで、校門を出たのだと思う」


 実際、そうした姿の侍女は、確かに校内でもよく見かける。


「ま、想像だけど。ポイントは」


 エレナは続ける。


「マレット嬢の目立つ赤毛を、目立たないように隠した方がいい。そんな当たり前の準備を、用具入れを漁って行わなければいけないほど、準備不足だってこと」

「ああ……」

「広場に霧が立ちこめたということは、かなりの量の水を動かしてる。つまり、魔法の技量も高いはずなのに、逃げている途中で助けること自体、かなりギリギリよね」

「うーん……」


 考えれば考えるほど、変な出来事だ。頭を抱えてしまいそうになる。


「本当に……どうして、こんなことになったんだい?」

「それを知っているのは、この人」


 エレナは指で紙を示す。


 ――②女子生徒の姿はなぜ見えなくなったのか。


「広場で魔法を使って、女子生徒サシャの姿を隠したこの人」


 エレナは言った。


「私の考えでは……今の状況で、一番困っているのも、この人」


 そう言って、エレナはタロット・カードを一枚机に置いた。

 吊られた男ハングド・マン

 逆さに吊られた男の人が、カードには描かれている。

 にっちもさっちもいかない状況を示すカードは、エレナにとっては、僕らではなく、事件の犯人こそそうだという。


「彼こそ、地味に一番困っている吊られた男ハングド・マン。この人は、もう私達が会っている」


 小さな魔女は、片眼をつむってみせた。

 名前を告げられて僕は目を見張ってしまったと思う。


「……その人が?」

「動機は、本人もいっていたはずでしゅよ」


 ぽかんとする僕に、エレナはお茶道具を乗せたカートを示す。ピエールさんが来る前、部室で僕とエレナが食べていたお菓子の箱が、そこにあった。


「これがなに?」

「お店の名前を見て。マレット菓子店――ここ、多分、くだんの男爵令嬢のお店」

「へぇ……」


 偶然があるものだ。僕は箱を持ち上げてみて、書いてある『もの』に気づく。


「ひまわりのマークだ……」

「お店のマークなんでしょうね。貴族だし、家の紋章からとったのかもしれないけど……」


 エレナはそこで言葉を止めてしまう。


「……だから?」

「あと一息。自分で考えてみて」


 小さな魔女は呆れた口調で、箱からクッキーを一つ取り出すと、美味しそうにかじった。

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