第6話:魔女の読み

「ふむ……」


 エレナは青い目を開いて、辺りを見回している。大きな瞳に、周囲の状況が鏡のように映っていた。


「もっと詳しい状況を、誰かから聞きたいです」

「それは構わないが……」


 その時、後から声がかけられた。


「委員長」


 風紀委員の腕章をはめている。初めから広場にいた人とは違う人だ。

 ピエールさんが言った。


「丁度いい、彼は当日、令嬢の追跡に参加していた委員だ」


 ええと……広場のT字路に、左側から入ってきた人、ということか。

 ピエールさんは僕とエレナを簡潔に紹介する。なお、この人もエレナの身長に少し驚いているようだった。

 小さな魔女が、上目遣いに問いかける。


「まず、どんな風に消えました? あなたが見たとおりに、話してください」

「そ、そうですね――広場にもやというか、急に霧がかかったように見えました」


 おっと、これは新情報だ。


「霧で見失ったということ?」

「いいえ。霧はすぐに晴れましたし、そんなに濃くもありませんでした。向かい側の道は見えていましたし。ただ、すぐにマレット嬢の姿が、こう――」


 風紀委員は、困ったように眉根を寄せた。


「なんというんでしょうか。歪んで見えて、その後、完全に消えました」


 エレナに負けないよう、僕は頭を働かせる。

 懐からメモを取り出して書き付けた。


「霧は、空中に浮き上がった水の粒だから……」

「魔法で発生させられる。『操作』の領分ね」


 小さな魔女に、風紀委員の人も頷いて見せた。


「魔法で、霧を……なるほど」


 僕がひととおりメモを終えると、風紀委員は話を再開した。


「霧の後は、我々は広場の手前の道で止まりました。魔法が使われたかもしれないので。仮に我々が『幻惑』の魔法にかかっていた場合、壁に向かって走ったり、仲間同士でぶつかったりする恐れもあります」

「賢明、だと思います」


 エレナからの賛辞に、風紀委員は胸を膨らませてピエールさんの方を向いた。


「委員長からそのような指示が。的確な指示をなさったのは、ピエール先輩ですよ」

「ああ、確かに……『広場に入るな』と、警告したように思う」


 僕は、ふと、妙なものを感じた。なんだろう、変な、違和感というか……。

 風紀委員は続けた。


「我々が足止めされている間、しばらくして、また霧が出ました。晴れた時には、もう誰もいない路地があるだけでして――最終的に、広場にゆっくりと踏み込みました」

「あの、足止めされていた時間は?」


 僕は問うた。占いをしにきたのに、メモ用紙を持っていることに妙な顔をされたが、結局、何も言われなかった。


「おそらく、1分ほどだったと思う」

「なるほど……」


 エレナはスタスタと、広場の四隅にある花壇へ近づいていく。キョロキョロ辺りを見回して、何かを探しているようだ。

 僕は身を屈めて尋ねた。


「どうかしたの?」

「花壇もバケツもあるのに、水場がない」

「言われてみれば……」


 言う間に、エレナはまた歩きだした。小さな手足なのによく回る。本当にリスみたいだ。

 エレナは壁際の用具入れを開ける。

 思いつきで言ってみた。


「わかった。消えた女子生徒は、用具入れの中に隠れた?」

「まさか」


 ざっくり否定されてしまう。まぁ、わかっていたけど。

 用具入れの中は、あまり整理されておらず――有り体にいえばぐしゃぐしゃだった。


「ひどいね」

「……誰かが荒らしていったみたい」


 エレナに目を向けられて、ピエールさんが補足する。


「園芸用の資材が入っていたらしい。確かに、普段は整理されて、なくなっていたものは確か――タオルくらいと言っていたが」


 タオル?

 首をひねりつつも、それもメモに書き付ける。

 エレナは瞑目していたけれど、最後に足を路地へ向けた。T字路の、女性生徒が消えていった方の道である。

 小さな魔女は、2メートルほどの塀の前に立って、ぺたりと手を壁につけた。


「ふむ……」


 上を見て、もどかしそうにしている。僕はエレナの脇の下に手を差し込み、抱きあげた。


「よっ」

「……!?」


 両腕を上へ伸ばして、エレナがなるだけ高い場所を見られるようにしてやる。


「これで、上の方も調べられるでしょ?」


 親切心のはずが、後蹴りが飛んできた。


「ろ、ローランド! 急に……!」

「で、でも」

「あ!?」


 下ろそうとすると、またエレナから蹴りが飛んでくる。


「そのまま!」

「ど、どうすればいいんだよ……!」

「これ、ここ!」


 エレナは壁の一点を指差していた。

 僕も見たいのだけど、ばたつくエレナの足が危なすぎる。なんとか魔女を地面に下ろしてから、ようやく一息つけた。


「まったく、一応、レディなんだけど……!」

「はいはい」


 いつまでも動かなかったから、それはそれで『気が利かない』とか言うくせに。

 口を尖らせながら、僕もエレナが指差したところを調べる。塀の一部に、茶色い汚れがついていた。


「これは……」


 ピエールさんと近くの風紀委員もつま先立ちし、泥の汚れに目を見張っていた。


「泥の跡。おそらく、石畳に残っていたという靴跡と、大きさが一致するはず」


 近くにいた風紀委員が声を出した。


「しかし、女子生徒は、魔法で消えたはず……」

「魔法で『消失』は不可能。完全な透明化も、遠くへ転移する魔法も、物語だけの話です。魔法で姿を隠された、と考えるべき。そしてこの靴跡は――」


 ピエールさんが引き取る。


「姿を隠した後、女子生徒がどこへ消えたのかの答え、か」

「そのとおり。女子生徒は魔法で姿をくらました後、この壁をよじ登った。おそらく――塀の上から、彼女を引っ張り上げる協力者がいたのでしょう」


 僕は、広場に来たときのことを思い出した。


「ここに、怪しい人が来ていたって……」

「その協力者が、痕跡を消しに、あるいはきちんと消せたかどうかを確認するために、訪れた可能性がある」


 まさに犯人は現場に戻る、か。

 エレナは壁に手をつけて、唱えた。


「石よ、泥よ。仲違いして、互いの場所を教えなさいっ」


 長く続く塀が、少しの間だけ輝いた。

 淡い光はだんだんと失われていくけれど、やがて光に包まれた泥の粒が、ゆっくりと僕らの方へ降下してくる。エレナが指を振ると、泥の粒は僕らの真上へ向かった。

 そこはエレナが靴跡を見つけた位置の、上端だった。


「女子生徒は壁を這い上がり、片方の足を塀の上につけた。だからその位置に、一際多く泥が残った」


 風紀委員らが顔を見合わせて、頷き合う。すぐに脚立が持ってこられて、塀の上端が調べられた。


「確かに、泥の跡があります!」


 ピエールさんが呻くように言う。


「……風紀委員も、すでに一度は塀を調べたはずだが」

「その時も泥の跡はあったはず。でも、『女子生徒が壁を登った』という考えがなければ、それは足跡ではなくて、単なる汚れに過ぎない。だから、意識されなかった」

「……なるほど」


 ピエールさんはくしゃりと金髪を掴んだ。顔を歪めて、悔しそうにしている。


「占いというより、まるで探偵だな」


 あ、とエレナが顔を輝かせる。

 また占いを始めそうだったので、僕は慌てて小さな魔女の肩を押さえた。


「今は、推理の方に集中した方がいいと思うよ?」

「む……」


 口を尖らせるエレナ。とはいえ、へっぽこな占いを続けて披露するのはさすがにマズイと思っているのか、すぐに咳払いをした。


「そーですね。でも、だいたいわかりました」


 エレナはてくてくと広場の方へ戻り、僕らの方へ振り向いた。


「あと、二つのヒントがあれば解決します。一つは、井戸」


 井戸?

 エレナが僕を指差す。


「ローランド、この近くにある水場を探してください。花壇があるから、必ず近くに水場がある」


 そして、とエレナは今度は風紀委員達の方を見た。


「令嬢が消えた時、彼女の追跡に参加して風紀委員を教えてください」


 顔を見合わせる風紀委員達。その一方、ピエールさんが微かに顔を強ばらせる。

 エレナの目に冷たい光が宿った気がしたのは――気のせいだっただろうか。

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