第4話:消えた女子生徒

 ピエールさんは『水鏡』の魔法を解いて、花瓶から浮かせていた水を戻した。

 普通の水は鏡ほどには光を反射しない。だから『水鏡』の魔法を使う場合は、水に対する複雑な操作が必要という。

 水差しのコップから、難なく手鏡ほどの鏡面を作り出してしまうとすると、この人の魔法技術はかなり優れている。

 ピエールさんは言った。


「もちろん、風紀委員も学校も、魔法の使用を疑っている」


 魔法。

 エレナがお茶のカップからほうっと息をつき、肩を落とした。視線が斜め上をさまよう。


「……いきなり話が面倒になってきたでしゅ

「魔女の君でも嫌か」

「魔法が出てくると、考えることが多くなる。今では、道具さえあれば、多くの人が魔法を使えるから、なおさらに」


 魔法を使うための道具は二種類ある。

 一つは魔導具。

 魔力を流して決められた効果を発揮するもので、使用難度は低い。5歳の子供でも可能だ。

 僕が使っていた魔導コンロは魔導具で、調理に特化したものである。


 もう一つは触媒スタッフ

 魔法の杖、といった方がわかりやすいだろうか。実際には、杖ではなくてさまざまな形があった。

 魔導具のように効果が限定されておらず、使用者の技量次第で理論上あらゆる魔法が使える。

 ただし、使用難度は高く、使える人は使えるし、使えない人はまったくダメだ。


「ふふ。だが、魔女ということは、あなたは触媒スタッフさえなくして魔法が使えるのだろう?」

「あんまり見せびらかすものじゃないですけどね」


 エレナと話すピエールさんは、さっき魔法を使っていた。

 とすると――右の人差し指にはめている指輪が、おそらく触媒スタッフ。こうした魔法を修めた生徒がいることも、風紀委員がトラブルで重宝される理由だとか。

 ちなみに、触媒スタッフは僕も持っている。

 触媒スタッフで魔法を使えるのは、割合としては100人に1人というから、僕は運がよかった。

 ただ、魔法を学んでいる僕には、気になることがあった。


「ねぇ、エレナ」

「わかってる。瞬間移動や、完全な透明化の魔法はない――」


 エレナの青い目に、冷たい光が宿る。


「なにか、原理が、トリックがある……?」


 だけど理知的な光は、ピエールさんの言葉で消し飛んだ。


「ところで、占いはまだかね?」

「そーでした!」


 あ、やるんだ。

 僕は冷めてきたお茶を一気に飲み干した。

 エレナは、物々しくタロット・カードを机に置く。待っていましたと言わんばかり。


「占いの魔女の後継が、女子生徒の居所を占いましょう!」

「おお!」


 ピエールさんが身を乗り出す。

 ……この人もけっこうノリがいいな。

 当たるはずがないと僕は確信しているけど。

 エレナは右手の指を一つ立てて、カードに左手を添えた。


「今から行うのは、タロットを用いたワン・オラクルという占い」

「わん、おらくる……?」

「文字通り、ワンひとつのオラクル神託ということ。カードを一枚引いて、いなくなったマレット嬢や今の状況について、占います」


 エレナがカードを1つ引き、敷かれた布へ伏せた。

 さすがエレナの物腰は大したもので、注目を引く所作は、大占い師だ。

 ……実力も伴えばいいのだけど。


「開きます!」


 カードの図柄が露わになった。

 僕は息をのみ、ピエールさんが呻く。自信満々だったエレナはしばらく得意げに上を向いていたけれど、反応がおかしいのに気付いてか、おそるおそるカードを見た。


 ――『死』。


 それが、カード名。

 描かれているのは、馬に乗ったガイコツ――死神だ。不気味な死神の真正面で、許しを請うように人が頭を下げている。

 名前通り意味は明白で、『死』を示すカード。

 エレナが跳び上がる。


「こ、これは――! し、死にま……モガ!」


 また『死にましゅ!』とか口走る前に僕はエレナの口を塞いだ。

 どうしたってこんな時に、縁起の悪いカードを引くんだよ!


「こ、これは……まさか……!」


 どんより沈んでいくピエールさん。


「サシャ・マレット嬢は、実は私とも幼なじみでな」


 ああ……!


「もう一人の幼なじみも、彼女を探して、学園を休んでいる……しかし、彼女自身がまさかそんなことに?」


 うわああ……!

 とんでもない占い結果を出してしまった気がする。


「う、占いはあくまで占いでありましゅので、用法用量を守って――」


 僕は本末転倒なことを口走っているエレナの肩をがっしり掴んだ。


「ろ、ローランド!?」

「ピエールさん、もう少し現地をみたり、聞き込みをしたりしたら、その女性のことがもう少しわかるかもしれません」


 むしろそっちが『本業』ですから、という言葉を僕はなんとか飲み込んだ。

 どんより俯いていたピエールさんが顔をあげる。


「そ、そうなのかね? だとするとまるで探偵のようだが」

「ええ! お手伝いします!」


 何より、こんな結果を出して帰らせたのでは、後味が悪すぎるもの。

 物言いたげなエレナと目が合った。


「でも、この事件――」

「なに?」

「なんでもない」


 僕らはピエールさんに案内され、令嬢が消えたという広場へ向かうことになった。

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