第2話:魔法と推理

 エレナへの恋愛相談があった翌日。

 困っていた女子生徒は、無事に恋人と和解できたと部室にお礼を言いに来た。エレナの推理通り、疎遠の原因は浮気ではなかったらしい。

 よりよいプレゼントを贈れるようになるため、恋人がアルバイトを始めたことが原因だった。

 平民と貴族がおつきあいするには、そうした苦労もあるのだろう。

 女子生徒は何度も頭を下げ、晴れ晴れとした表情で部室を出て行った。


「本当にありがとうございました!」

「まいどあり、でしゅ!」


 エレナの声が後を追う。

 静かになった部屋で、僕はお茶の準備を始めた。春らしく、サクランボの香りがするお茶を準備しよう。


「仲直りできてよかったね」


 これから、恋人と別のアクセサリーを選び直すという。お代は、彼女と恋人で半分ずつだ。


「さすがエレナだ」


 褒めた直後、後からバタンと音が聞こえた。

 見ると、エレナが机に突っ伏している。はぁあ、とどこまでも重たいため息。魂が外に遊び出ていそうだ。

 黒髪がわさぁっと机に広がっている。


「……また、占いじゃなくて、推理で解決してしまった……!」


 歯ぎしりでもしそうな声に、僕は苦笑してしまった。


「いいじゃない。結果が大事だよ」

「『占いの魔女』の後継者が、占いを外してどうするの……!」


 小さなエレナだけど、これでも『魔女』だ。

 魔女とは、簡単に言えばとても魔法が得意な人ということ。姿形は普通の女性と変わらないが、さまざまな魔法を使いこなし、寿命も長い。

 無意識のうちに体に魔法をかけて長持ちさせるため、長命だと言われている。

 僕はお湯を沸かすため、カートに置いた魔導式のコンロに近づいた。

 コンロが赤く光り、ポット内の水を温めていく。


「魔法ねぇ」


 かつて、魔法は魔女だけのものだった。

 けれどもだんだんと原理が解明され、今では装備と訓練によって魔女同様に魔法を使える人も少なくない。僕がお湯を沸かしている魔導式コンロも、僕自身が魔力を送って動かしているものだ。

 道具と訓練さえあれば、もう魔法は大多数の人が使えるということ。

 折しも、蒸気で動く機関車や、機械も現れている。魔法でちょっと水を生み出したり火を出したりしても、産業という意味では機械に敵わない。

 かつて王宮で特別待遇を受けていた魔女達は、今は街や森の奥に隠れ、何十年も歴史の表に出てきていない。

 それでも『魔女』とはやはりさるもので、訓練も道具の補助もなく、生まれながらに魔法を使い始めるのは、『魔女』だけと言われていた。


「ねぇ、お茶まだぁ?」

「もう少し」


 ――僕にお茶を催促するこの魔女は、表に出たがらない魔女の中でも例外だ。

 だって、学校に通っているのだから。

 時々、本物の事件捜査に呼ばれるくらい頭がいいのに、なんで学校にいく必要があるんだ?


「どうぞ。サクランボのフーレバー・ティー。ローランド食品店の新作です」


 十分にむらしたお茶を、僕はエレナへ差し出した。

 ぷわりと香る、サクランボの甘い香り。エレナが目をきらめかせた。

 密かに注目しているお菓子屋さんの、新作お菓子もつけてあげよう。


「すごい……!」


 大事そうにカップを両手で抱えて、一口ずつすすっている。


「わたしが『占いの魔女』として有名になったら、ローランドのお茶を宣伝してあげる」


 占いの魔女。

 彼女の祖母にしてお師匠様は、『占いの魔女』とも呼ばれた占いのエキスパートだ。

 長い寿命のかなりの期間、王宮で相談役もしていたらしい。

 よく当たる占いは、魔法による予知だったのか、それとも何か仕掛があったのか、今もわかっていない。


 予知だとした場合、『物体の質量は変化させられない』と並ぶ魔法の原則――『時間の流れに干渉できない』に反することになる。

 魔法や歴史の専門家が、占いの魔女について研究した時期もあったようだ。

 でも占いの魔女が王宮を去ってから、30年ほども経っている。その後、亡くなる数年前まで、『占いの魔女』は占いをしなくなり、技法は失伝した。

 占いの魔女、その占いにまつわる『謎』は、やがて存在さえ忘れられてしまうだろう。


 ただし、エレナがいる。

 両親が早逝した彼女にとって、『占いの魔女』は一人きりの親であり、師匠でもあり、祖母だ。エレナは魔女の『占い』について原理を解き明かし、魔法であれば引き継ぎたいと考えている。おばあさんへの寂しさのような気持ちも、手伝っていると思う。

 彼女が使っていた道具タロットも、おばあさんが使っていたものの1つだ。

 だから占いを請われれば、修行と実験を兼ねてどこへでもすっ飛んでいく。

 ただ――結果は、いつも惨敗。

 以前、天気予報を10日連続で外し、むしろ当たらないことに胸を打たれた。

 きれいな夕焼けを見て、明日が晴れるって思わなかったの?


「ありがとう。ところで」


 僕は話題を変えた。


「今回はどうやって答えに辿り着いたの?」


 黒髪の下で、目がきらりとした。


「まず、髪飾り。あの人は貴族出身で――」

「ストップ。というか、どうして貴族だと気付いたの? この学園、貴族の人も、平民の人も、どっちもいるけど」


 エレナは腕を組んだ。


「見ればだいたい……でも決め手は、言葉遣い」

「丁寧な物腰だったけど」

「それだけじゃない。貴族の令嬢には、きちんと相手の立場によって使い分ける呼称がある」


 聞いたことがあるような。

 カーテシー・コードだったっけ。


「宮廷に居た頃の名残で、わたしのような魔女も敬称で呼びかけられる」

「ああ、『マイ・レディ』って……」

「伯爵くらいの貴族の娘につける敬称ね。下から呼びかける場合は、『レディ』だけじゃなく、『マイ・レディ』。あの子は後輩だから」


 なるほど……。

 幼児そのもののエレナが、『後輩』と呼ぶ違和感は、顔に出さない方がいいだろう。


「正式な呼び方は、この後に姓がつくけどね。だから、マイ・レディ・リリーホワイトが正式」


 えへんと胸を張ってくる。

 姓を父方から、名前を母方から受け継いだエレナ・リリーホワイトという名前は、この小さな魔女のお気に入りらしい。

 僕はちょっと微笑んでから、続きを促した。


「なるほど……その2は?」

「その2。髪飾りは、ちょっとあの人の姿では浮いていた。すかれてツヤツヤの髪に、白い肌、制服も手入れされてピッカピカ」


 僕が机にお茶を置くと、エレナは指をぴんと立てた。


「ローランドが、お店を開いたとして。開店祝いに、花束をもらったとしましょう。もらった花束は飾っておくけれど、その中に一つだけ、花の本数が少なかったら? 例えば、一本だけだったり――」

「そりゃ……目立つ」


 商売人の父さんにいわれたものだ。

 他店への祝い事でケチるな。

 店先に贈答花の鉢植えが並んだとき、ケチられた鉢は一目でわかるのだ。


「プレゼントを贈った男の子は、多分、あの子自身が髪飾りを着けたのを見て、やっと気付いた」


 何を、とはすぐに聞けなかった。

 あまりにも、男の子が不憫な気がして。


「お金をかけて、容姿を整えられたご令嬢。そこに、あまり高くないアクセサリーを贈ったら――」

「かえって浮くね」

「実際に贈ったプレゼントを着けた彼女を見た時、平民の彼氏は、自分の恋人は高嶺の花だと実感した」


 それで『ごめん』、か。

 彼氏も安物を買ったつもりはなかったのかもしれない。

 でも毎朝侍女にセットされる豊かな茶髪には、やっぱり相応に値が張るものを贈らなければいけなかったのだろう。

 エレナは両手でカップを抱え、サクランボの香りがするお茶を大事そうに飲んだ。


「この学園には商会に顔を引く生徒も多いし、彼らにアルバイトの口を紹介してもらうなら、放課後に恋人と過ごす時間が減るのも当然」


 僕はカップを持ったまま、固まってしまっていた。

 言われてみれば筋は確かに通っている。なんだか悔しくて、思い付いたことを言った。


「……本当に別れるつもりだったかもしれないじゃない。たとえば、平民と貴族で、財力の違いを見せつけられた、とかで」


 言ってから、ひどく嫌な質問だと思った。


「恋人同士のことだから、そういう可能性もある。ただ、それだと少し変なところが」

「どうして?」

「最後に贈ったのが、髪留め。身につけて使うものだし、別れるときのプレゼントにしては、ちょっと変ね」


 それは――そうかもしれない。しかも、昨日も検討していたことだ。

 だんだんと、エレナの考えが正しかったように思えてくる。

 占いの的中率は、驚異の0%。

 しかし顧客満足度は、おそらく100%なのだ。


「どう?」


 口の端を持ち上げ、エレナは得意げだ。悪戯好きな黒猫みたいに見える。

 部室を占拠されている部長として、少し腐した。


「よく、そんなに色々なことがわかるね」

「魔女のたしなみ。高度な魔法では、イメージが重要だもの」


 エレナは空中で指を振った。するとタロット・カードが空中に飛び出し、机の上で浮いたままとなる。

 小さな魔女がもう一度指を振ると、カードの束は勝手にシャッフルされた。3つの山に別れて、それをランダムで組み合わせ、また山に別れ――その繰り返し。


「わたしはタロット・カードが何枚か。どれくらいのおっきさか。知っている。だから手を触れないでも、こんなに丁寧に操作できる」


 タロット束はやがて空中でバラバラに分かれる。エレナが手を机に伏せると、カード達は渦に巻き込まれたように机中央に着地した。

 すでに、元のような山札に戻っている。

 エレナはとんとん、とカードを整えて、一番上を引いた。

 『魔術師』というカードだった。


「魔法は万能ではない。大きく、物質の『操作』、認識への『幻惑』、状態の『変質』の3つしかできないと言われている。でも知識があれば、変わるものがある。それは精度」


 僕はカップを傾けてから、言った。


「水や空気の性質を知っていれば、動かす時の精度が上がる。人がものをどう見るかを知っていれば、魔法で惑わすときの精度があがるし、反対に惑わされにくくなる」

「そーいうこと。魔女が山を消したとか、川を曲げたとか、そういうハナシも……けっこうそういう知識が関わっていると思う。人間には、目で見たものを信じすぎる『錯覚』というものがあるから」


 彼女に言わせれば、謎を解いてしまうのも、魔女としての修行になるらしい。

 人の心に触れられるから、と。

 僕は言った。


「探偵の方が向いてると思うけどなぁ」

「私が目指したいのは、おばあちゃんのような、人を助ける占い師、なの」

「おばあさんも、エレナのように、論理で当たる占いを作っていたのかもよ」

「そうかも……でも、自分で何度も占いして、納得したいの」


 エレナは笑う。屈託ないって、こういう感じだろう。


「ローランドの言葉を借りれば、魔女として得た知識の中に、探偵に使えるものもある」

「面白そうだね」

「『犯人は現場に戻る』。神話や昔話に出てくる悪戯好きの登場人物は、必ず、捕まる。自分の行動の影響を見たくて、結局、現場に戻ってしまう……そういう気持ちは誰にでもあるということね」


 その時。歴史同好会のドアがノックされた。

 応じると、まず目に入ったのはきれいに整えられた金髪。前髪は右側に少し長めに垂らされ、残りの金髪は後ろ側に結われている。

 僕は目を瞬かせて呼びかけた。


「アルモンド先輩……?」


 前髪をこれみよがしにかきあげて、その人は名乗る。


「風紀委員のピエール・アルモンドだ。占いをお願いしたい」


 告げられた言葉に、エレナと顔を見合わせた。


「……女子生徒が、一人、行方不明なのだ」

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