占いの魔女、貴族の恋愛を解く
mafork(真安 一)
第1話:占いの魔女
占いの魔女エレナには、特筆すべきところが2つある。
まず、占いが当たらない。そして名探偵である。
◆
机を挟んで二人の女子生徒が向かい合っていた。
片方は豊かな栗毛を緩くカールさせた、おっとりした印象の女子。ここ、グランワール学園の一年生だと言っていた。
僕の1つ年下である。
素性をよく知らないけれど、可愛らしい女性だと思う。
けれどその目は不安げに泳いで、爪まで整えられた指を何度も組み合わせていた。
来客である彼女の悩みは、『恋愛相談』。
それを引き受ける占い師は、女子生徒の正面に座っていた。
「お願い、しかと承りま
座高の高い特製の椅子に、幼児がちょこんと腰掛けている――と、きっと誰もが思うだろう。
彼女が僕と同じ学園2年生、つまり17歳であるとは、他生徒と比べるとちょっと信じがたい。
これまた特製の制服で腕を組み、『占いの魔女』エレナはうんうんと頷く。ふわふわの黒髪に、ぱっちりした青の目。結ばれていた口元に、自信ありげな笑みが浮かんだ。
「占い師エレナが、しっかりと、答えてみせます」
魔女の血を引くという彼女は、肉体の成長が遅い。だから17歳だけれど、身長は10歳くらいだし、たまに舌足らずなしゃべり方もする。
女子生徒は身を乗り出した。
「お願いします……!」
「ではっ」
エレナは机の下から青地の布を取り出し、机にしいた。さらに、50枚ほどのカード束を取り出し、慣れた調子で切っていく。
占い師と、それに見入る来客に、僕はひっそりとため息を落とした。くしゃりと茶髪を掴んでもいいだろう。
「……ここ、歴史同好会なんだけど」
ちなみに僕は部長。
他の部員は、占い師のエレナだけだ。
けれども来客のほとんどはエレナの評判を聞きつけてのもので、部長の僕の存在も、歴史同好会という団体も、占い師エレナの添え物程度だろう。
お茶でいえばマカロン――いや、角砂糖くらいの存在感しかないかもしれない。
部室の入り口では、『歴史同好会』の看板の下に『兼・占いの魔女の館』と紙が貼られているくらいだ。来客数的に、上下が逆転する日も近い。
切っていたカードを布の上に置いてから、エレナが言った。
「おつきあいして半年の恋人。でも、最近、ほとんど一緒に過ごせていない、ですね?」
「はい。しかも誕生日の時に、これをもらったのですけれど」
そう言って、女子生徒は髪に触れる。
手入れが行き届いた豊かな茶髪だ。耳の少し上に、白い花の髪留めがされている。可愛らしいデザインだけれど、豊かな髪が持つ華やぎに少し負けているように思えた。
「彼からもらうときに、確かに聞こえたんです。『ごめん』って。しかもその後――」
声が震えて、涙ぐむ。
「あ、あの。隣のクラスの女の子と、彼がよく一緒にいるのを見るんです。最近、放課後も一緒で――!」
苦い思いが胸に広がった。
浮気――か?
この人には恋人がいて、誕生日プレゼントを渡された後、急に疎遠になったらしい。
エレナがカードを示し、重々しく頷いた。
「今からお見せするのは、おばあちゃ――祖母から受け継いだ、タロット・カードです」
たろっと、と少女の口が動く。僕は助け船を出した。
「様々な絵柄の入ったカード使い、運勢を占うものです。とても歴史が古いもので、魔女が使ったというとおり、効果の高い占いと知られています」
僕は部屋の隅に置かれたカートで、砂時計の砂が全部落ちていることに気付いた。
決して広くはない部室だけど、普段は部員が2人だけだからスペースは余っている。だから本棚とは別に、僕は趣味と実益を兼ねた器具を置いていた。
「どうぞ」
カートを動かして、2人の側に持っていく。
2つのカップがハーブの爽やかな香りをたてた。
女子生徒の目が輝く。
「わぁ……!」
「僕、実家がお茶の問屋なもので。試作の茶葉をもらうことがあるんです。――お気に召しましたら、僕の実家、ローランド食品店をごひいきに」
僕、トマス・ローランドの両親は、都で11代も続く食品店を営んでいるのだ。ただいま、流行のお茶にも乗り出して拡大中なり。
決まり文句の宣伝をしつつ、そろそろエレナの目が怖いので引き下がった。
グランワール学園は、貴族も平民も両方が通う。だから試験を突破しつつも懐が寂しい僕のような平民は、隙を見て貴族に営業して、少なくない入学金の元を取ろうとするのだ。
学生の中には、貴族や商人の息子から仕事を請け負い、放課後のアルバイトに精を出す強者もいる。
けほん、とエレナが咳払い。
「では、占います」
カードの山を崩し、テーブルの上で円を描くように混ぜる。そしてもう一度、束の形にまとめてから、エレナは一枚ずつカードを伏せていった。
テーブルの中央で、三枚のカードが横に並ぶ。
「あなたから見て、左から順番に、カードは意味を持っています。左端が過去、真ん中が現在、右端が未来」
「ええと……恋人との関係の、過去、今、そして未来がわかるということ?」
「いかにも」
エレナはえへんと胸を張る。まだ何もやってないでしょ。
「では――」
めくられていく、3枚のカード。
占いはこういう結果になった。
1枚目(過去):節制 ~水を移し替えている天使のカード~
2枚目(現在):女帝 ~玉座に座った女性のカード~
3枚目(未来):カップ1 ~水が湧き出す杯のカード~
ふむ、と僕は腕を組む。
占いには詳しくないけれど、なんとなく、過去は『関係良好』、そして未来にいくに従って『関係悪化』とみた。
なぜなら、現在を示す『女帝』と、未来を示す『カップ1』の図柄が、上下が反対向きになっていたからだ。
めくった時に上下が反転――これは逆位置といって、タロット占いでは悪い意味になりやすい。
「どう? エレナ」
エレナは深く頷いた。
「今まで、仲の良い恋人同士だった」
「はい。でも、最近は――」
言いかける女子生徒を制して、エレナは言う。
「わかります。真ん中、つまり現在を示す『女帝』のカードはひっくり返って、未来を示す『カップ1』のカードも同じです。つまり……」
エレナはじっと考え込んでいる。
やがて、くわっと目を見開いた。
「上下逆さまの『女帝』のカードは、女性がすっころぶ未来を暗示しています」
「……え?」
反対に女子生徒の目は点になっている。
僕は目を覆って、自分のお茶をあおった。
「上下逆さまの『カップ1』のカードは、ひっくり返ったカップを暗示しています」
そ、そのままじゃない……?
「つまり、近い未来、カップにつまずいて転ぶということです!」
僕はたまらず問うた。
「恋人の話どこいったの!?」
「こ、転んで死にま
「絶対違うでしょ!」
『魔女の血を引く』というのは伊達ではなくて、エレナは明晰な頭脳を持っている。成績は、優秀な貴族と平民が集まる本学でもトップクラス。
知識も観察眼もある。
なのに、占いのことになると、知能は獲物を見つけた鷹のように急降下する。
「え、ええと……?」
ぽかんと口を開けている、依頼主の少女。こんなエレナなのだけれど、相談の評判はそこそこいい。
なぜかというと――
「さ、さすがに死ぬことはないと思うけど」
あまりにも外れた占い結果に、女子生徒はフォローするように言った。
彼女はハーブティーを飲んで、ほうっと息をつく。事前に出しておいてよかった、と不満げなエレナに耐えながら思った。
「……マイ・レディ。確かに、私の恋人は、疲れてもいるようです。いつも話している女の子と、どこかへ行くようになって、帰りも遅いみたいで……」
エレナの目が、ちょっと光った気がした。
「その子と、どこへ行っているかは?」
「教えてくれません」
「あなたが、とても不安に思っているって、はっきりと伝えたことは?」
「それは……怖くて」
誕生日プレゼントと一緒に、『ごめん』なんて言われたのだものなぁ。下手につっついたら、そのまま別れ話が始まってもおかしくない。
とはいえ、いつまでもズルズル引き延ばしても、仕方がない。
それを分かっているから、彼女も占いを受けに来たのだろう。
「その、髪飾り」
エレナが小さな指で、示した。
占いが外れたからむくれている。
「セイビアの花、です。花言葉は『素敵な恋愛』。その時に別れるつもりで渡すには、少し不自然ね」
僕は合いの手を入れた。
「花言葉なんて知らなかったんじゃない?」
「男性から女性にアクセサリーを送る場合、『身につけてほしい』という気持ちがあるはず。別れる前に、長持ちするアクセサリー、送りますかね……?」
言われて、僕も考えてしまった。
そういえば、そうかも。恋人は渡すとき『ごめん』と言ったそうだけど、別れを決意していたら、もっと、こう……お菓子とか、形が残らないものを贈らないだろうか?
「貴族の女性に、髪飾りを贈る場合、地域によってはプロポーズ。まぁ、そこまでは気にしなかったかもですが」
女子生徒がはっと口に手を当てた。
「私、貴族の出だって、言いましたっけ……?」
そこから、とエレナは言葉を継いだ。くりっと空色の目が女子生徒を見つめる。
「ここからは想像。でも、もしかして、その男の子、平民の出では?」
この学園は、『学びの機会を平等に』という考えの基に建設された。
かつては貴族令嬢、令息が集まって魔法や礼節を学ぶ場所だったのだけど、10年ほど前に血筋を問わずに入学できるようになったのである。
だから貴族以外にも、成績の優秀な平民も入学できていた。
「そう……です」
「正確に思い出してください。『ごめん』は、もらって、どのタイミングで言われましたか?」
「それは……ええと。もらって、こうして――着けた後に」
エレナは深く息をついた。半目になっている。
「恐れずに、恋人に聞くべきですね」
「な、何を」
「無理なアルバイトはやめて、と」
彼が疎遠になった原因は、お金を貯めて、もっといい贈り物を買えるようになるため。
会っていた女子生徒は商家の娘で、アルバイトを斡旋してもらうため。
誕生日プレゼントを渡すときに言った『ごめん』は、別れではなく、『安物でごめん』という意味だった。
小さな魔女の推理に、僕は首をひねってしまう。
「そんなものかな……?」
同じように半信半疑の様子ながら、お礼を言って帰っていく女子生徒。
結局、エレナが正しかったことは、翌日に女子生徒がお礼に現れたことで証明されてしまったのだけれど。
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