第6話
せっかく掴んだ糸口を逃してしまった。ケインの行き先はいくら調べても掴めず振り出しに戻る。
運営への報告も重くなる。
「原因の解明を急いでくれ」いつものように感情のない言葉で締められた。
「そっち側でやりゃ一発だろうに」法やプレイヤーとの契約で無理な事を承知でぼやいてしまう。
ケインのプレーヤーも特定出来ているようだが、その情報も教えてもらえない。
「もうそれらしいのはいないしな」以前、情報屋にもらったリストを眺め返している。
何度見ても見落としはない。
「なら、最初からね」とパラン。
「そうだな」俺には変なプライドがある。奴のくれた情報を無駄にしてしまったので、顔を合わせにくい。
「何か問題が?」彼女はAIだ、特に感情も設定していない。
「いや、王都に行こう」
久しぶりに会う店主はニヤニヤしていた。
「情報がずいぶん役に立ったそうじゃないか」
俺が失敗したのを知っている。どうやって知ったのだろう、いやこのくらいじゃ無いと情報屋とは言えないか。
「ケインの行き先は」俺は奴のニヤニヤを無視して質問をする。
「他の連中と同じ」ここで手を放り上げ「さっぱり」
「新しい候補は?」
「そうそう出てこないさ。そもそも最近じゃブーストしてる奴の噂も聞かなくなった」
新しいプレイヤーを入れなくなったのか?
運営からそんな話は聞いていないぞ。
「この世界が終わるんじゃ無いだろうな」店主が真面目な顔に戻っている。色々知っている彼ならそう考えてもおかしく無い状況か。
「いや、そんな話は聞いていない」
「お前が聞いていなくても。ある日突然っていうのは有るんだろうな」と上を向く。上の階は住居になっていてそこに美人の奥さんと可愛い娘がいるのだろう。
「無くは無い話だが、まだその段階じゃないはずだ。あくまで俺のカンだが嘘は言っていない」
今までにもいくつかクローズしたワールドはあるが、ここは人気がある閉められるのは考えにくい。
そもそも閉められたワールドはニッチすぎるマニヤ向けのものばかり。閉められた後に『やっぱりな』と言う声を多く聞く。
じゃなんで作られたんだとなると、何処かで働いてる謎の力『政治力』と呼ばれるもののせいだ。逆に言えばその『政治力』のせいで人気のあるこの世界が終わっても不思議ではない。
この世界を気に入っているので、俺はここでしか活動していない。長く潜るGMは俺みたいに1つの世界専用なのが多い、気に食わない世界に長くいるとストレスになってくるからだ。
だから多少、俺の希望も入った未来予想だが。
「一応、信じてやる」偉そうに返す。
「嫌な未来が頭をよぎったんでな、自分ができる事をやってみた」と一枚の用紙を取り出した。
「リストの名前は前渡したものと同じだ。ただそいつらに共通するものがないか洗い直してみたんだが」
リストを受け取る。以前には無かった項目が幾つか付け加えられていて、その中で興味を引いたのが
「教会を辞めているのが多いな」ケインを含め3人以外は12神教会を脱会している。
「闇神がいるので魔王領でも12神は広く信仰されている。たとえ12柱神でなくても大抵はその亜流神を信仰している。治癒魔法が効かなくなるからな」
この世界のルール、人と魔物を分ける大きな要因だ。
魔物には自己治癒能力しかなく、他者から行えるのは強化のみ。魔法領に住む魔族人は魔物でないので信仰により治癒魔法の効果がある。
身も蓋もない言い方をすれば、プレイヤー側にアドバンテージを与えゲームバランスを取るためのシステムだ。
「この世界の秘密を知れば『神なんて』と思う気持ちは理解できるが、治癒魔法は取り替えが効かない。神を全く信じていない俺でさえ教会は辞めていない」
店主はここがゲームの世界で自分がNPC、神など作りものの偽物だと知っている。その彼でさえ教会を抜けるデメリットを受け入れられないのだ。
「当たってみるか」
店主に礼を言って店を出た。
「たまには何か買っていけ」と送り出された。
「何処へ行くの」
パランは今の会話で行き先を推測出来ていない。それほど低い能力のAIじゃなかったはずなんだが、育成できてないせいかも知れないな。
「教会だ」
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「そのご友人を連れてきていただけませんか」
神官の声は冷静だが端々に怒りがある。神を絶対とする彼には信じられない話だったようだ。
「落ち着いてください白色神官殿。それと私を責めないでください、友人の話ですから」
「私は落ちついております。教会を止めようと思っているのが、貴方でない事も十分に理解できております。ご安心ください」
安心できない。これは自分の事を『友人の話』として言ってる認定だな。
「ですから私の友人が神の存在に疑問を持ってしまい信仰を捨てたい教会を抜けると言い出しまして。俺の知る限り絶対に人は神の元にはいなければならないと思っていたのですが」
そもそもがキャラクターやNPCには信仰の対象が割り振られる仕組みになっている、脱会という手続きは存在しない。なぜ出来たんだという疑問が最初に出てきた。
「教会を脱会した者がいると話を聞いたのですが、そんな事ができるんでしょうか」
白い祭服を着た神官はまじまじと俺の顔を覗き込む。
「誰にそんな話を聞いたのですか」
「誰だったかな」これではますます怪しくなってしまう。
会話で相手を丸め込めるスキルを実装してくれ、リアルなコミュニケーション能力を求められるのは厳しい。俺のリアル記憶はブロックされているが多分コミュ障だと自覚している。
「12神の教会を抜ける事は出来ます。ただしそれは別の神を信じたためにやもうえず教会の席を移すだけです。いかなる神をも信じないなどありえません」
システムに関わる内容なだけに無理だよな。もらったリストに『教会からの脱会』と有ったが実際には『移籍』なんだな。
「それに12神の教会を抜ける場合、気の迷いで無いと証明する必要がります」
「証明?」
「ええ。そうだ、よい機会ですのでムーヌス殿は絶対経験してみたほうが良いでしょう」
ガッチリと腕を掴まれてしまった。後ろに別の人の気配もする。絶対俺をおかしな人認定しているだろう、これ。
無理やり教会奥の広い講堂に連れてこられた。
「12神の教会を抜ける場合、ここで100日間正しい神の徒としての生活を行っていただきます。いままで神の意志を無視したいい加減な生活を行ってきたために、12神信仰を間違えていたのです。ここでその間違った認識を改め、100日後にそれでも12神の教会を抜けたいか再度確認させてください。」
「俺じゃないです、友人の話しで...」
「皆さん最初はそお言われます、中途半端な覚悟なんですよ。本来信仰を変えるとは相当な覚悟が必要なのです」
覚悟の問題じゃないだろうこれ。入会がネットで1分なのに退会には送り先が調べないとわからない住所への郵送が必要な手口と一緒だ。
「俺じゃ無いって何回も言ってるだろう」
もう少して実力行使しそうなところで
「もう少し彼を見習ってはどうです。いきなりでも彼はそんな見苦しい事はしませんでしたよ」
と青年を指差した。
その示す先にケインがいた。
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