第12話 無事帰宅(マイルズと仲良くなれたようです)

美しい歌声が、瓦礫だらけの城跡に響き渡る。

歌の内容はわからないけれど、みな目を閉じて聞き入っていた。


心に響き、中には涙を流している人がいるのを鼻の啜る音でわかる。


シェリールがマーフォート族代表として慰問に参加し、人魚の歌を届けてくれた。


回復効果の付与された歌は、救助活動に疲れた兵士たちや消防団を癒やし、あわよくば、まだこの瓦礫の中で懸命に生きようとする者に力を与えるかもしれないとシェリールから申し出てくれたのだ。


こうしてアルデルーナに来た目的は、結果的に最良の形で達せられた。


◼︎◼︎◼︎


「マーフォート族長の娘を連れてこられた時は、ついに寝不足で自分に都合のいい幻覚を見たかと思いました。」


城に戻ったレックスは大きなため息をついてそう言った。

たぶんこれは彼なりの褒め言葉だと思う。


「慰問の下準備ありがとうございましたレックスさん。寝てください。」


「はい?」


「レックス様、あの夜からぜんぜん寝てないでしょう?ぼく側近から聞いたよ。」


お前かチクったのは、という鋭い目でレックスがトラヴィスを睨む。


「レックス様。」


マイルズが背後からグイっと肩を掴み、その長身に乗った小さな頭を傾けてレックスを見下ろす。


「このまま俺が淑女のように抱えて寝室に行かれるのと、自ら寝室に行かれるの、どちらがよろしいでしょうか?」


有無を言わさない美形の笑顔は怖い。


「いやしかし……」


「陛下は私が命をかけてお守りしますから、安心して寝てください。」


マイルズのダメ押しの一言にレックスは黙る。

そしてやっと納得したようだった。


私の方を見て、口元に笑みを浮かべる。


「陛下、よくぞこの気難しい男を乗りこなしましたね。連れて行って正解でした。」


「え?」


「おかげで少しは休めそうです。」


失礼致します、と言ってレックスはゆっくりと執務室から出て行った。


残された私たちはしばらく無言で立ち尽くしてしまった。


「ええと、マイルズさん。」


「……なんですか?」


あ、なんだか初めての時より柔らかい話し方だ。


「この度は本当ありがとうございました。交渉が滞りなく進んだのは貴方のおかげです。」


「いいや、貴女さまがシェリール嬢との関係を築いていたからの結果だ。」


「そんなことないわ。シェリールのことはごめんなさい。貴方に大事なひとがいたら大変だし、なんとか穏便に別れたことにするから。」


「ああ、いや。それは大丈夫だ。」


「え、で、でも。」


「勘違いしないでほしいが、国のために自分を犠牲にしているわけじゃない。シェリール嬢ともきちんと話し合った結果、お互い個人的に有益だからしばらくこれでいこうということになったのさ。」


「えー?どういうこと?」


トラヴィスが興味深そうに首を突っ込む。


「俺はこの通り若く優秀で、女性に人気だ。」


「あ、はい。ソウデショウネ。」


「だが、気のない女性たちからのアプローチは時に業務の妨げになる。だから恋人が居た方が助かるということだ。しかも相手は姫君。対抗心すら抱けない。遠距離恋愛のため普段は取り繕う必要がない。シェリール嬢は……」


少し間を置いて考えるような素振りを見せると、マイルズはまた饒舌に語り出した。


「意中の相手はいるが、まだ想いを伝えられていないそうだ。」


「え!?そうなの!?私ぜんぜんそんな話聞いてない!」


「まぁとにかく。その相手に想いを伝えるまでは、族長から政略結婚やら見合いを勧められたくないそうだ。あと、貴女さまの近況を定期的に教えてほしいそうだから、俺がたまに彼女と交信をする約束をした。」


「なるほど。それは楽しそうだね。」


トラヴィスが、それはそれは嬉しそうに頷く。

今にも笑い出してしまいそうな顔をしている。


「だから気に病むことはない。俺たちは俺たちのタイミングでどうにかするさ。」


少し笑みを浮かべて話すマイルズは、アルデルーナで護衛をしてくれていた時よりずっとフランクで、心からの気遣いも感じた。


ああ、レックスの言う通りマイルズは本当に私を認めてくれたようだ。


「はい、では、お言葉に甘えさせていただきます。でも何かあったらすぐ言ってくださいね。」


「ああ、彼女の機嫌の取り方でも教えてもらおうか。」


マイルズの言葉に、お互い軽く笑い合う。

少し壁のある人だけど、心根は暖かい。


この大きなお城の中で信用できる人が増えた。

任務を無事に終えることができたこと以上に、私は嬉しく感じた。

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