第11話 和平(新たな疑問)

「この度は娘の命を救っていただき感謝する。」


「そんな、どうか面を上げてください。理由はどうあれ、勝手に国境に侵入してしまい申し訳ありません。」


マーフォート族族長ウォーレンの前に連れられると、私たちはまず感謝の言葉をいただいた。


「しかしシェリールがまさか……その……」


「命がけで助けてくれるなんて、さすがダーリンねぇ。ますます惚れ直しちゃったぁ。」


ぎゅううぅと渾身の力で、話を合わせろと言わんばかりにシェリールがマイルズの腕にしがみつくと、


——ガボガボゴボ


「当然のことをしたまでです」と口で言った感じだ。


腹をくくったのか、外ヅラMAXでとても真面目な騎士を演じている。


このイケメンなら、シェリールが恋に落ちても仕方ないかという雰囲気が漂い始めている。


「その者にも感謝している。してシェリール、彼の名をなんというんだ?」


「えっとぉ、ワタシは月の……月の君と呼んでるわぁ。」


シェリール完全にマイルズの名前忘れてるじゃない。


「ま、マイルズ・クランシーです。我が国の月騎士団副団長を任されているたいっへん有能な若者です!」


すかさずフォローに回る。


「さようか……」


少し複雑な顔をして、ウォーレン族長は少し考え込むと、私に視線を合わせた。


「人払いをして2人だけで話をしてもよろしいかな?」


「は、はい。構いません。」


「ジャンジャンよ、皆を連れて部屋から出るように。」


その言葉を聞いたジャンジャン以下兵士たちやシェリール、マイルズは部屋から去って行った。


広い応接間がさらに広くなり、がらんとしてなんとも落ち着かない。


「アイリス殿。」


ウォーレン族長の低い声がずしりと腹に落ちてくる。


「この度の件、心からお悔やみ申す。」


「恐れ入ります。」


「早速だが、お主に見てもらいたいものがある。こちらに来たまえ。」


くるんとヒレを翻し、ウォーレン族長が吹き抜けになっている応接間の上へと昇っていったので追いかける。


「これを見たまえ。」


お城の真上までくると、その先端を見るよう促された。


ミルククラウンのような形になっているそこには、王冠型の珊瑚の先端に白い宝玉のようなものが付いている。


しかし——


「ひとつ、なくなっている?」


「そうだ。それは原始の頃より精霊王から賜った魔力のこもった宝玉だ。その宝玉の発する魔力のお陰で、城壁を築くことのできぬ我々の領土は守られてきた。しかし……」


そうか、ドーム状に結界を貼らないと海中都市は侵入し放題だものな。


「4日前、何者かによってそのひとつが奪われた。」


「え?」


「おかげで結界が脆弱になり、今回のような侵入を許してしまった。」


「いったい誰が……?」


「それがわからぬ。しかし、宝玉はひとつでも大きな魔力を生み出す神具。そしてそれが盗まれた翌日、あのような惨事が起こった。」


「なるほど。偶然とは思えませんね。」


「我々は、下手人がヒューマンだと思った。だから国境に兵を配備したのだ。」


「なるほど、確かに。」


ずっと違和感があった。


これだけの大規模なことを成した犯人が誰であれ、いまだに何もアクションを起こさないことが不思議で仕方なかった。


「他種族が犯人なら大手を振って侵略に来るはずですもの。」


「ほう、さすがシルバーの娘だ。頭の回転が早い。必ずや下手人を捉え、宝玉を取り返してくれ。」


「もちろんです。犯人を見つけるのは私の悲願でもあります。」


そう言って私達は硬い握手を交わした。


「貴重な情報をありがとうございます。でもいいんですか?国防に関わる大切な事では?」


ふっ、とウォーレン族長が笑った。

その顔は族長ではなく、父親の顔だった。


そのままポン、と私の肩に手を置くと悲しそうな顔で口を開いた。


「シルバーの目によく似ている。」


「あ、ありがとうございます。」


「娘を、頼んだぞ。」


そう言ってウォーレン族長は再び応接間へと下って行った。


どうやらあの三文芝居を信じたようだ。


シェリールが前に言っていた。


『パパはワタシのこと溺愛してるからぁ、なんでも言うこと聞いてくれるのよぉ〜。』


本当に、まったく、その通りだった。


もともと小競り合いの絶えなかった、あのマーフォート族との和平がすんなりとうまくいってしまった。


「マイルズごめん。せめてお給料が上がるようレックスさんにお願いするわ。」


私は手を合わせた。


◼︎◼︎◼︎


一方その頃、シェリールとマイルズは別室で待たされていた。


「うふふ良かった。上手くいったわねぇ。」


——ガボガボゴボ


笑みを顔に貼り付けながら、マイルズは不満らしき言葉を漏らしているようだった。


しかし、不満を漏らしながらも分かっていた。


2人の関係が続いていると思われている間は、両国の関係は穏やかでいられるだろう。


国内が混乱しているときに、他種族と揉めるのはなるべく避けたい。


「ライバルはちゃ〜んと牽制しておかないとぉ。ワタシ、泡になって消えるつもりはないの。」


なんの話をしているんだ?というマイルズの視線に、シェリールは首を傾げる。


「あらぁ?アイリスに教えてもらったんだけど。ヒューマンの間では有名なおとぎ話じゃないの?まぁいいわ。」


ぐぐぐっとシェリールがマイルズに顔を近づける。


「ポッと出のあなたにアイリスは渡さないわよぉ。」


——ガボガボガボガボ!!!??


シェリールの言葉に、マイルズは赤くなって気泡の中の酸素を使い果たさん勢いで何かを言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る