第10話 水中決戦(ケルピーって名前だけはかわいい)

(シェリール、シェリール……どうか無事でいて!)


自分の足をイルカの足に変え、海水の中を突き進む。


こんなことをして、マイルズとレックスに怒られるだろうな。


(でもこうしたほうが話は早いはず。)


ジャンジャンは国境警備を任されている以上、私たちが「そちらが大変そうなので退きます」と言ったって全軍を首都に向けることはできないだろう。


だったら私が侵入者になって、追いかけてきてもらうのがいちばんいい。


「あれが首都ね。」


大きな珊瑚礁のような色彩美しいお城のような建物が見えた。


その周辺で、黒い影がいくつか旋回している。


「すごい、あれがケルピー。」


初めて見た。

上半身が馬、下半身が魚の獰猛なモンスター。

上半身が馬なのになぜか肉食で、人間を食らうこともあるという。


「大丈夫ですか!?」


岩陰に深傷を負った人魚の兵士が隠れていた。


「あ、あんたは……?」


「助けに来ました。あなたはここで隠れていて。これを借りますね。」


私は兵士の槍を有無を言わさず奪うように借りると、魔法をかける。


『回復速度上昇。保護バリア実行』


本来の回復魔法と違い、自己治癒能力にブーストをかける魔法だ。これで私がそばにいなくても怪我が治っていく仕組みだ。


冒険者になった時に役立つと思って編み出した魔法がこんなところで役に立つとは。


「あなたはシェリール姫を見た?」


「あ、あれ、見間違いかと思ったが……」


「いたの!?」


「警報を出したのに、外に女がいるなんて変だと思って……あっちの赤い珊瑚の中に引きずられて……止めようと思ったのに……」


「ありがとう!」


私は身体をひるがえして、兵士の指差した先へ一直線に泳いで行った。


私の姿を見て、何匹かのケルピーが追いかけてくる。


「いいわ、来なさいよ。」


それだけ人魚の被害は減るもの。


珊瑚の中に到達すると、すぐにわかった。

ひときわ大きなケルピーが何かに覆い被さっている。


この群れのボスだろうか。


その下から美しい髪が漂っていた。

見間違うはずもない。

あれはシェリールの髪だ。


「シェリールから離れろおおぉ!!!」


水中では火魔法も風魔法も水の抵抗で効果が無いだろう。


雷魔法は自分やシェリールも巻き込まれる。


物理攻撃だけでは心許ない。どうしよう。


——ああ、組み合わせればいいか!


考えを頭に巡らせたのは時間にしてほんの数秒だった。


水魔法を纏い加速する。

気配を察知して振り返ったケルピーの胸元めがけて弾丸のように槍を突き立てた。


『槍の先端に走れ!稲妻!』


——ギョオオオ!!!


初めて聞くようなおぞましい叫び声。

ケルピーの体内にだけ電流を流すことに成功したようだ。


「アイリス!?」


「シェリール!助けにきたよ!」


シェリールは一見して無傷だった。

すかさず抱きしめ、すぐさまその場から離れる。


私を追いかけてきたケルピーが、勢い余って珊瑚にぶつかりひっくり返るのを横目にここから逃げようとした。


しかし、


「きゃあぁ!」


行手に別のケルピーが立ち塞がる。

ああくそ、やっぱ水中生物の機動力には負けるか。


こっちに触れてきた瞬間、もう一度電流を流そう。


そう身構えた瞬間、ケルピーの首が胴体から離れた。


「——え?」


そしてその先にいたのは剣を握ったマイルズだった。


口の周りに気泡を作って海に潜る、漁師達がよく使う風魔法だ。

器用に足元にも風魔法を纏わせて、セルフ潜水艦のように泳いできたのだ。


——間に合った


口の動きでそう言った気がした。


「シェリール!」


「ジャンジャンお兄さま!」


ジャンジャンが他の兵士を連れて現れた。

ボスを失ったケルピーたちは打ち取られたり散り散りに去っていく。


「怪我はないかシェリール?」


「ジャンジャンお兄さま……」


家族の顔を見て、シェリールは目に涙を浮かべた。


本当に、無事でよかった。

私もマイルズにお礼の目配せをしようとしたら


「ひえっ」


怒ってる。

すっごい怒ってる。

目で殺さんばかりに怒ってる。


私が「ごめんなさい」と口パクだけで伝えると、とりあえず剣を納めてくれた。


マイルズのその動作が視界に入ったのだろう。


シェリールがパッとマイルズの方を見ると、涙を拭いて、ニヤリとイタズラっぽい笑みを浮かべると、突然マイルズの腕に飛びつき絡みついた。


「大丈夫よぉ。ワタシのダーリンが命懸けで助けてくれたからぁ。」


「な!!??」


「え?!」


——ガボガボガボッ!!!


あわれマイルズ。

否定の言葉は全部気泡の中に消えていった。

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