第8話 根回し(男女が2人でいたらすぐ恋人と決めつけるのはいかがなものかと思う)

「ダメに決まっているでしょう。」


アルデルーナに着いた私は、孤児院に顔を出したいとお願いした。

結果はまぁ、そうですよねという感じだ。


「顔が完全に知れ渡る前にお願い。私を育ててくれた皆さんにお礼がしたいの。しばらく会えないだろうし。私にとっては家族同然なの。」


私の必死の懇願にレックスはため息をついた。


「まぁ、確かに陛下の出自を考えても不義理な王と噂されては分が悪い。」


「それじゃあ……!」


「クランシー。お前がついて行きなさい。2人だけで内密にです。」


『えっ?』


2人同時に声が出た。


◼︎◼︎◼︎


「おい、孤児院に行くんじゃないのか?」


「まってまって、ちょっと段取りがあるから。」


孤児院に行く途中で私は市場に寄った。

明らかにマイルズの機嫌が悪くなり、申し訳ない。

そりゃあ警護対象にふらふらされたら腹も立つよね。


2人とも深くフードを被り、なるべく目立たぬよう道をいく。


「ようアイリスちゃん。いつもありがとうね。」


「おじさん、いつものお願いできる?」


「あいよーイエナくんから聞いて用意しといたよ。そういえば聞いたかいアイリスちゃん?」


「なあに?」


「新しい女王様だよ、アイリスちゃんと同じ名前だなんて奇遇だねえ!学園首席のアイリスちゃんがなった方が優秀な女王様になるのになぁ?がははは!」


「はははははは、やだーおじさんったら。」


思わずひきつった笑いが出た。

やっぱりまだ私自身が女王になったことまでは知れ渡ってないようだ。


「はいどうぞ。みんなによろしくな。」


そうこうしている間に、果物の詰め込まれた大きな袋が渡されそうになると、すかさずマイルズが横から受け取った。


「俺が持とう。」


「あ、ありがとうございます。」


あまりにスマートな動作におじさんも私も一瞬固まってしまった。


「あ、アイリスちゃんこのイケメンは誰だ?学校の彼氏か?」


「ち、ちが……」


違うと言いたいけれど、こんなべったり側に立ってて荷物も持ってくれる男性をどう説明したらいいのだろう。


「あいにく、俺が一方的にやりたくてやってるだけさ。」


野暮なこと言わないでおくれ、と言いたげにマイルズがウインクをする。


すごい。嘘は言っていない。


おじさんはマイルズの言葉を都合よく解釈し、ニヤニヤと私たち2人を交互に見つめた。


「そうかぁ。アイリスちゃんもそういう歳になったかぁ。」


うんうんと頷くおじさんに、私は、今日のことは内緒にして欲しいとお願いしてその場を去った。


たぶん数時間後には市場中に知れ渡るだろう。


◼︎◼︎◼︎


「まぁアイリス!ここに来て大丈夫なの?」


「ねぇちゃんどうしたのその髪?」


「シスター、みんな、心配かけてごめんなさい。」


孤児院に着くと、孤児院の代表であるシスター・フローレンスと子供たちが出迎えてくれた。


私の身に起こったことは既に知っているようだ。


「ひとこと顔を見てお礼がしたくて。良かったらこれ、みんなで食べて。」


さっき買った果物の袋をシスターに渡す。


「やはりあなたは普通ではない生まれの子だったのね。小さい頃からそれはそれは聡明でしたから。」


いやそれは前世の記憶があったおかげですとは言えなかった。


「せっかくお忍びで来てくれたのに、イエナはどこに行ってしまったのかしら。あなたに一番懐いていたのに。」


残念そうにシスターが周囲を見渡す。


「夕方、城の跡地で慰問と追悼をする予定です。もし私に会いたければそこに来るよう伝えてください。」


私はにこやかに伝えると、シスター・フローレンスと固い握手をし、今まで育ててくれた感謝を伝え、孤児院を後にした。


◼︎◼︎◼︎


「おい、どこに行くんだ?孤児院での用は終わっただろう?」


「残念ながらこっちが本命なの。」


私はマイルズを連れて海岸沿いに来た。


「ここよ、岸壁で分かりにくいけどここに抜け穴があるの。」


「なっ……どこにいくんだ?」


マイルズが明らかにイライラしているのが伝わってくる。


でも力ずくで連れもどそうとせず、長身を折りたたみ、なんとか私の後を着いてきてくれた。


なんだかんだ言いながら、良い人なんだろうと思いながら私は穴を抜けた。


「良かった!来てくれたのね!」


私は穴を抜けた先に見えたものに歓喜の声をあげる。


「いったいなに、が……」


一瞬だった。


少し遅れて穴から出てきたマイルズは、私が駆け寄って行った先に何があるのか理解した瞬間、剣を抜いて私の前に立ち塞がり、その切先を対象に向けていた。


「なぜマーフォート族がこんなところにいる?」


そこには透き通るような美しい寒色の髪をした女性の人魚がいた。


「アイリスゥこの失礼な殿方はだぁれぇ?」


甘ったるい喋り方で私に視線をやる。

剣を向けられているというのにまるで動じていなかった。


「ごめんなさいマイルズさん。何も説明していなくて。でも話したらぜったい連れてきてくれなかったでしょう?」


「当たり前だ。」


びしりと言い捨てる。

力強く、全身から冷たい敵意があふれている。


「そんなこわ〜いお顔をしないでぇ。ワタシは友だちに会いに来ただけよぉ。」


豊満な胸を揺らし、歌うような旋律で話すとマイルズは苦い顔をした。


「……チャームか」


「2人とも落ち着いて!」


−−バシャッ!


次の瞬間、マイルズと人魚の頬に海水がかけられた。

驚いた私たちは海水が飛んできた方向を見る。


「どう?頭冷えた?」


その先にはオレンジ色の癖っ毛の少年が立っていた。

孤児院仲間で私の弟分のイエナだ。


「イエナ!」


「ねぇさんの言う通り果物屋に根回しして、シェリールを呼んでおいたけど、なにこれ?どういう状況?」


私が託した手紙をヒラヒラさせてイエナが私たち3人を見渡す。


「ねぇさんの彼氏?」


そしてマイルズを指して首を傾げる。


「違うわよ!マイルズ・クランシーよ!マイルズ・クランシー!双璧の!月の方の!」


「え!マジで!?あの月の方の!?」


「俺は『月の方』って呼ばれてるのか。」


「ぷ、あははは!もーなんだか気が抜けたわぁ。」


私たちのやり取りを見て、人魚ことシェリールはけらけらと笑い出した。


「ごめんなさいシェリール。はいこれ、あなたの好きなりんごよ。」


ヒョイと先程買ったりんごを渡す。


「ありがとう。元気そうで良かったわぁ。」


「うん、シェリールも大変な時に来てくれてありがとう。」


「平気よアイリスのためだものぉ。」


「おい。どういうことか説明してもらえないか?」


自分を挟んで会話する私たちに、マイルズがあきれ声で聞く。説明してくれたら剣を下ろす、と言いたげに指で剣の柄をトントンと叩いた。


「あぁ、シェリールは私の友だちなの。陸の上に興味があって、時々ここでイエナと陸のことを教えてあげたり、逆に海中のことや水魔法を教えてもらったりしてたの。」


「まぁ、お互い周りにはナイショだけどぉ。」


ねー、と息ぴったりに声を掛け合う。


「なるほど、今回の交渉の重要な鍵がこのお嬢さんだと?」


大丈夫なのか?と言う顔で渋々剣を下ろす。


「ふふん、月の方さんは見る目がないわねぇ。」


「……マイルズ・クランシーだ。」


「ねぇシェリール。」


私は膝を折り、シェリールとなるべく視線を合わせる。


「友だちとしてのお願いを逸脱しているのは分かってる。でも、今回はどうしてもあなたの力が必要なの。だから……」


話を遮るように、ぎゅう、と胸の前でシェリールが私の手を握る。


「女王様が軽々しく膝を折るものじゃないわアイリス。」


桜貝色の美しい瞳が優しく弧を描く。


シェリールの余裕のある態度に、私も緊張が解けてゆくのを感じた。


「アジュール王国女王としてお願い。りんごの安定供給を実現するからマーフォート族族長との間を取り持って。」


「ええ、喜んでパパにお願いするわぁ。」


「ぱ、パパ!?このお嬢さんは……」


面食らったマイルズの顔を見て、シェリールはクスクスと得意げに笑った。

どこの世界の人魚姫も、陸の上に憧れるようだ。

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