第5話 即位宣言(見栄も王様の仕事です)

『国民のみなさんにお知らせします。中央広場にお集まりください。くりかえします……』


伝言鳩が町中を飛び回る。


「なんだなんだ。何がはじまるんだ。」


「国王陛下が亡くなったってのは本当なのか。」


「お城に勤めてる娘の話では、既に新しい王様が即位したとか。」


不安そうに、けれど真実が知りたい人々が中央広場に集まる。


城門に面した中央広場からはお城のバルコニーが見える。

そのバルコニーから王族のお披露目やご挨拶、重要な知らせを行うのが習わしだという。


「あ、誰が出てきたぞ。」


騒めきがピタリと止み、みなバルコニーを見上げる。

まず現れたのは細身の中年男性だった。


『あー、えー。私は宰相補佐官レックス・スピアーと申します。』


拡声魔法を使い、レックスが業務的に淡々と語りあげる。


『昨夜、アルデルーナ城が何者かに攻撃を受けました。城は全焼、倒壊し、現在分かっているだけで死者150人を超え、いまだ捜索が続いている状態にあります。』


衝撃的な知らせに国民がざわめく。


『まだご遺体は確認できていないものの、王冠が消滅したことによりシルバー国王陛下は崩御したものと判断し、空位期間を長引かせないため、急遽新しい王が即位するに至りました。』


静かに口を閉じ、レックスは周囲を見渡した。


「そんな、陛下が。」


「城がぶっ壊れちまったってことは……」


「シルバー陛下以外の王族は?」


騒めく国民たちはこれ以上話をしても聞いていられないだろう。


ショッキングな出来事には、同じようにショッキングな出来事をぶつけなければ収拾がつかない。


レックスはタイミングを見計らい、右手を挙げた。


–パンパカパーン!


ファンファーレが響き渡る。

突然の音に国民は再び静けさを取り戻した。


『それではご紹介いたします。新たに即位されましたアイリス女王陛下です。』


国民の皆が息を呑む音が聞こえるかと思った。

しんと静まり返り、新しい君主はどんな人物かひとめ見届けなければ、という空気がピリピリと伝わってくる。


私は深呼吸をし、着慣れないドレスでゆっくりとバルコニーへと進んで行った。


「おお……」


「まぁ、きれい。」


見る者の口から小さな声が思わず漏れる。


ロイヤルブルーの布地に金糸で控えめな刺繍の施されたドレス。

王族の象徴である赤いマント。

黄金に輝く王冠と宝杖を手に国民の前に出た。

私が指定し、かき集めたコーディネートだ。


『国民のみなさん。お集まりいただきありがとうございます。』


かの有名な映画会社が制作した、史上初の長編フルカラーアニメーション映画は世界的に有名なお姫さまの物語だ。


彼女のドレスには、赤、青、黄色の3色が特徴的に使われている。


三原色を彷彿とさせるこの組み合わせは、その後も様々な作品のキャクターに使用されてきた。


その色を身に纏う人物は自然と観客の視線を集め、そして無意識にこう認識するという。


その人こそ主役であると。


『突然の訃報に私たちは皆、混乱と深い悲しみにあると思います。このような状況の中、私のような若輩者が王位を継ぐこととなり、不安に思う者もいると思います。』


さて、ここまではレックスの台本通り。

ここからは私の演出でやらせてもらおう。


『私は悔しく、そして悲しい。このような恐ろしいことを成した者がいるということが、私には信じられません。』


ゆっくり、はっきり語りかける。

素人の私ができることはそれだけしかない。

語ることで安心させる。勇気を与える。

それに全力をかけるんだ。


『これからのことに皆さん不安を抱いていることでしょう。ですが、どうか私たちを信じ、今のように上を見上げてください。』


私はきれいに編み込まれた、自分の三つ編みポニーテールを背中から前に持ってゆき、肩に掛ける。


『私はその場しのぎの楽観的な言葉は好みません。それよりも現実を見据え、いま辛くとも最善の方法を探ることがより良い結果を手繰り寄せると信じているからです。』


生前は薬の副作用で髪なんてぜんぜん生えなかったから、生まれ変わってから切るのが惜しくて伸ばし続けていた髪。


今までありがとう。

最後に綺麗にしてもらえて嬉しかった。


−ザシュッ!


「おおぉ!?」

「きゃああ!」


風魔法で一気に切り落とすと、観衆がどよめく。


『私はここに誓います!いかなる困難にも、私の全てをかけて立ち向かうと。』


切り落とした三つ編みを持って、高々と掲げる。


『だから、このドレスすら借り物の、王冠しか自分のものと言えるもののない私ですが、どうか信じて、力を貸してください。私たちの国を共に守りましょう。』


−わぁああああっ


人々の歓声や拍手が響き渡る。

その声に、自分のお披露目が成功したことを実感した。


「すごいね、彼女。」


トラヴィスが嬉しそうに拍手を送る。


「あぁ、お髪が……わたくしの結った黒髪が……」


「リザさま、髪はまた伸びますから。」


身支度を手伝ったメイドたちは、ショックを受けている侍女のリザを慰めながら、自分たちの新しい主人の背中を真剣に見つめる。


みな、胸に抱いていた不安が、波が引くように晴れていくのを確かに感じた。


しかし、それは一時的なものでしかないことをすぐに思い知らされる。


「伝令、伝令!」


ひとりの騎士がレックスの足元に転がり込む。


「なんです?」


「ま、マーフォーク族の軍勢がアルデルーナ海に……」


「あぁ、思いのほか早かったですね。」


レックスはため息をついた。


「式が終わり次第、陛下を執務室に。」


そう言い残し、その場を去って行った。

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