第2話 城倒壊

学術都市であり港町でもあるこのアルデルーナの夏は、夜になっても湿った風が吹いてくる。


磯の香りを吸いながら、孤児院の屋上からぼんやりと街の灯りを眺めるのが私は好きだ。


「陛下は今ごろ舞踏会とかされてるんだろうなぁ。」


街外れの小高い丘の上に、別荘である小城が建っている。


この街は避暑地としても有名で、この季節は多くの貴族の方々が遊びに来ては社交パーティーが開催されている。


卒業式がついでか、卒業式のついでか、陛下もご家族としばらく滞在されるのが毎年の習わしだ。


「お城、綺麗だなぁ。」


火が灯り、暗い中に淡く浮かぶその姿はまさに絵に描いたよう。


生前に一度だけ連れて行ってもらったテーマパークを思い出す。


「着て行く服が無かったから断ったけど、経験として卒業パーティーくらい行けばよかっ……なにあれ?」


空を見上げると、赤い光が見えた。


月でも星でも無い。


それはどんどんと距離を縮め、大きな火の塊だと気づく。


「なんだあれは?」


街のを歩く人々もそれに気づき、上を見上げる。


「おい、まずいんじゃ無いか?」


それは一直線に、速度を落とさず、私が見ていた建物へと落ちていった。


ドーーーーン!!!!


突如爆音が鳴り響く。


ビリビリと地鳴りを感じ、膝が震えた。


「あ、あぁあ……」


バタンバタンと扉が開かれ街の家々から人が外に出てくる。


皆一様に同じ方向を見上げ、口をあんぐりと開け、指を指す。


「お城が……」


燃えていた。


上の斜塔部分は崩れ落ち、ぽっかり空いた穴から黒煙を巻き込んでごうごうと炎が立ち上がっている。


「へい、か……」


呆然と立ち尽した私の脳裏に、数時間前の陛下の笑顔が浮かぶ。


自分の将来の就職先とか、そんなちっぽけなことは二の次だ。


あんなに良い王様がこんなところで、こんな急に死んでいいはずがない。


「陛下、へいか……!」


ザワザワと背筋に冷たいものが走る。


慌てて石段を駆け降りるも、足の感覚がない。

今にも絡まって転けるんじゃないかと思った。


「どうなってんだ!?」


「ドラゴン族の奇襲か!?」


「おい、消防団はまだか!?」


街の人たちの動揺する声を聞きながらお城に走ってゆく。


近づくにつれて炎の熱が肌をじわじわと攻め立てる。


「あっつい!」


ザパーー!


頭の上に水の塊をつくり、頭からかぶる。

これで少しはましだろう。


火の粉が服に燃え移る心配もない。


城の近くにたどり着くと、焦げ臭さと熱風で鼻がおかしくなりそうだった。


「こ、んのぉ……」


今までこれほどの力を使ったことはない。

頭の上で水の塊をどんどんと大きく形成してゆく。


これでどうにかなるだろうかなんて考えている暇はない。迷っていられない。


とにかく炎が消せるくらいの特大の水の塊を作り上げなきゃ意味がない。


しかし、それは急に阻まれた。


「やめるんだ!」


途切れた集中力のせいで水の塊は水蒸気になって消え失せた。


「これ以上の力を使ったら、きみ自身がどうなるか分からない!」


ローブを着た若い男だ。

少し長めの茶髪に丸眼鏡をしている。


「そんなこと分かってる!でも誰かやらなきゃ!」


「ダメだ!きみは、ダメなんだ!」


「なにが!?なんで!?」


腕を掴まれ、引き寄せられる。


「きみはアイリス・ホワイトで間違いないね!?」


「そうですが、なんで……そもそもあなた誰ですか!?」


ごうごうと燃え盛る炎の熱風や、到着した消防団員たちによる消火活動の音があちこちで交差していて聞きづらい。


だから互いに大声になる。


「トラヴィスだ!宮廷魔導師をしている!」


「え!?まど、え?!」


「とにかく!きみはこちらに来るんだ!」


そう言ってトラヴィスと名乗った男は懐から手鏡を取り出した。


訳がわからない。


魔導師が危険な魔法の使い方をやめろ、と言ってくれただけならまだ理解できる。


でもこの人は私の名前を知っていた。


『大鏡へと導け』


男がそう言ったかと思うと、ふわりと体が浮いたような感覚と共に視界が揺らぎ、気づいたら地下室のような場所にいた。


「ここは……」


「ここはぼくたちの研究室だ。」


山積みの本と、フラスコやら巻物が散乱してるこの部屋は確かに魔法使いの部屋といった感じだ。


「強引に連れてきてしまってごめんね。どうしても落ちついた場所で話をしなければならなくてね。」


「はなし、ですか……」


無理矢理連れてきて落ち着いて話できるわけないでしょうが。


と思いつつ、相手のテリトリーに連れてこられた以上、おとなしく従う姿勢を見せることにした。


「トラヴィスさんは宮廷魔道師と言いましたよね?あの状況で陛下を助けるより大事なこととは?」


「あの状況でもうぼくの名前を覚えてくれたのかい?素晴らしい記憶力だ。」


おや、少し話が噛み合わない人かな。


「前置きは抜きにしようアイリスくん。」


「はぁ。」


「きみはこの国の第6王女なのだよ。」


「……えぇっ!?」


「お父君にあたるシルバー陛下、およびご兄弟姉妹は先ほどの別荘倒壊により全員が崩御なさった。だからきみの保護を優先したんだ。今現在きみしか王位を継げるものはいないからね。」


「ま、まってください!王女!?私が!?ううん、それより、まだ陛下たちの安否ははっきりしていないじゃないですか!?」


「確認しなくてもわかるよ。おいで。」


そう言ってトラヴィスはローブを翻し、部屋から出てゆく。


私は頭をかかえながらあとをついてゆくしかなかった。


王女?おうじょ?私がシルバー陛下の子供?


「きみは我が国の王位継承者がどうやって選ばれるか知っているかい?」


「えっと、精霊王が選ぶと習いました。」


「うん、半分正解だ。」


大きな扉の前に来た。

厳重そうなその作りに、ひとめで重要な部屋だと分かる。


「精霊王がまず選ぶのは、王位継承者『候補』だ。選ばれた候補者達には彼、彼女らの魂をカタチにした王冠が与えられる。つまり。」


トラヴィスが人差し指で扉に触れると魔法陣が現れ、ゆっくりと開かれる。


「王冠が保管庫から消滅したということは、持ち主の死を意味するんだ。」


私は息を呑んだ。


部屋の中に10近いガラスケースが整然と並んでいた。


その中は全て空っぽで、広い部屋がさらにがらんとして見えた。


空っぽのガラスケースの中に何が入っていたのか、先ほどの説明で嫌でも理解してしまう。


「アイリスくん」


部屋の奥からトラヴィスが宝杖を持ってきた。


「きみの記憶力なら即位宣誓もすぐに覚えられるよね。」


「……え?」


「きみにも王冠を呼び出してもらうよ。いまから、すぐに。」


こうして私はいまに至るのであった。

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