3-5 ✦ 思い出と決意

 本日の夕食は、好き嫌いの激しいジルが食べられる貴重な野菜数種と鶏肉のトマトパスタ。例によって飲みものはそれぞれ珈琲と紅茶。

 魔導書にしがみついている彼女を無理やり書庫から引きずり出して食卓に着かせる。ちなみに椅子はもともと一脚しかなかったが、リオは何度か通っている間にしれっと自分用のを持ち込んでいた。

 この際だから今度は寝袋と洗面用具も常設してやろうかと企んでいる。


「あ~、そうだよねぇ」

「なんだその反応」

「んとね、集中してると忘れちゃうんだけど、やっぱり食べものを見ると、ちゃんとお腹減ってるなぁって感じる。……ん、おいひぃれす」

「そりゃよかったな」


 ジルは口いっぱいにパスタを頬張ってご満悦である。茹でて炒めて混ぜただけの代物で喜んでもらえて、臨時コック冥利に尽きるというものだ。

 ちなみに今回はリオの母直伝「初心者でも失敗しないレシピ」参照だ。感謝しかない。

 幸い料理自体も性に合わないことはなさそうだし、次はもう少し凝った料理を作れるようになっておこうか、などと考えた。即席レトルトでは食べられないようなものならジルが喜ぶだろう。


 さて、出だしはほのぼのしているが、一応は世界滅亡の前夜かもしれないのだ。真面目な話もしなければならない。

 フォークの先でパスタを巻きながら、リオは聞くべきことを尋ねた。


「で、ペイジへの対抗策は見つかったか?」

「ん~まだ。でも方法は思いついたし、ちょっとは希望が見えてきたかも」

「方法?」


 ジルは頷いて、細い喉を上下させる。


「杖と竜は相互関係にあるの。これを分断できないかなって……とくに竜が怖いから、こっちを先に無力化できれば杖の力も弱くなるし。――……ん、ごちそうさまでしたっ。おやつは何?」

「間髪入れずか。……ほらよ」

「アップルパイ!? やったぁ大好き! お茶淹れ直そっと」


 真剣シリアスな空気が一瞬で消し飛んだが、まあいいか。パイのことだろうけど大好きって聞こえたし。

 ジルから沸かし直した熱湯を分けてもらって、リオも新しい珈琲を淹れた。


 半月型のアップルパイをトレーから出し、真ん中で二つに切り分ける。

 直角の扇形になったそれを見て、懐かしいね、とジルが言った。リオははっとして彼女を見る。


 このところ、ジルの言動に奇妙さを覚えることが続いていた。それに幼いころの共通の思い出を忘れてしまっている節すらあった。

 だから、あるいはこれも、と……リオの中では不安と期待が半々になっていたのだ。


 杞憂だと言わんばかりに、ジルは明るい声で続ける。


「ほら、一緒に入院したときに、ベルが持ってきてくれたやつ。あれ美味しかったよね」

「……ああ……実を言うと、それを思い出したんで買ってきた」

「ふふっ、だから珍しく自分のぶんもあるのね? じゃあこれも一緒に食べましょ」


 ジルはそこで、乾杯するような風情でフォークを掲げた。こちらの不安を溶かしてしまう温かい微笑を浮かべて。

 自分もカップを持って応えながら、リオは手が震えるのを感じた。


 ――俺は、決めたんだ。

 血の海に沈んでいたジルを見たあの日。そして今も、彼女の笑顔を前にして。

 絶対に、なにがなんでも、この手でジルを守りたいと願ったんだ。



 …✦…



 夕食後、洗い物をしていると背後からジルが話しかけてきた。


「ところでリオ、これは憶えてなかったわけ?」

「は?」


 振り向くと、彼女はちょっとつまらなさそうに唇を尖らせながら、指先で何かをひらひらと弄んでいる。

 それは捜査の初日に彼女が身に着けていた、――二重の意味で見覚えのある、茶色の格子柄のリボンだった。


「それ……まだ持ってたのかよ。捨てろよ。つーか未だに使ってんじゃねえ、菓子箱のだぞ」

「いいでしょ、私の勝手よ。……気に入ってるの」



 ✦続く✦

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