背景、ゴースト様

〈背景 ゴースト様へ

 私はあなたのことを想うと夜も眠れないのです。

 この気持ちをなんと表現していいのか、言語化していいのか、わかりません。

 ですが、この胸の底から湧きあがる――〉


 こりゃあ、怪文書だ。自室で唸りながら、スマホを机の上に放り投げる。

 あれから三日経つが、オレは架空の相手のために、自分の為のラブレターを書いている。もうこれで三十八通目を代筆してるのが、さすがにネタが尽きた。

 別に、誰かを本気で好きになったことがないというわけじゃない。ただ、オレの恋愛において、文通といったメッセージで想いを伝えるという概念がないだけ。だって、目と目を合わせて話した方が、想いは伝えられる。言葉より、アクション派。言葉はあくまで手段。大切なのは、目の前に立つこと。

 さんざん頭を悩ませて作った宛名のないラブレターをソラには送った。最初こそは喜んでくれたが、すぐに納得はしてくれない。その後、様々なラブレターを送る度に、具体的かつ抽象的な――もっと相手が喜ぶようなイメージでお願いします。安吾くんの本心が出ているような――ダメ出しばかりで、一向に納得してくれない。

 そもそも、ソラはどういう目的で俺に依頼したんだ? 俺にも知られたくないような相手なのか? じゃあ、それって誰だ? 教師か? どっかのタレント? ……いや、それとも本当に相手なんかいなくて、ラブレターが欲しいだけの変人か? まったく理解できない。

 深いため息を吐き出し、投げやり気味にベッドにダイブした。


 ◇


「大崎青空?」


 翌日、俺は体育館の外通路で、学校で一番女に詳しい及川翔を呼び寄せた。及川は眠たそうな腫れぼったい瞳をしているが、それ以外の顔のパーツは非常によく、身長も高いからメンズ雑誌の外人モデルみたいな男。なにをしていなくても、女から寄ってくる無条件の勝者だった。

 及川は「あー」と頭を前後に振って思いだす仕草をするもんで、耳につけたリングピアスが太陽光に反射し、キラキラしていた。


「前に誰だっけ? 大崎青空のことが好きだったやつ──」

「大原ヒロイチ」

「そうだ。あいつの時に調べなかったっけ?」


 大原ヒロイチはかつての顧客。元野球部でイケイケチームの金魚のフンのやつ。さやえんどうのように飛び出た顎に、キザに尖らせた前髪。大崎青空と連絡先を交換した後、オレのところに来た。気取った雰囲気を出しながら「女が喜ぶような話題を教えてくれ」って。明らかな照れ隠しで来るもんだから、ちょっと引いた。仕事したのは二週間にも満たない。


 ──あいつとは終わった。だから、もうありがとう。


 奴からのメッセージは実にわかりやすかった。オレは「わかった」とだけ返信した。元々、あまり好きなやつじゃなかったからどうでもよかった。


「情報はいつだって最新がいい。それに、あいつの依頼はもう先月だ」

「だったら、大原に聞いてもいいんじゃねえの?」


 めんどくさそうに答える及川。仕方ない、及川もあくまで情報ブローカー。真に情報を集めるのは及川と付き合っているの方だから。当然、オレはこれでもかと言わんばかりに首を横に振った。


「絶対に嫌だ。死んでも嫌だ。それに、そういうのはビジネスとしてはよくない」

「カッコつけていうけど、要は嫌いなんだろ」


 ご名答。オレはにっこりと頷いてみせる。及川はやれやれといった顔をした。


「わかった。じゃあ、ここでの立ち話でもなんだし、歩きながらしようか」


 スリッパの底を引き摺るようなだらしない歩き方をする及川について行く。


「俺が知っているのは、生まれてこの年まで彼氏はいたことがない。趣味はティックトクのダンス系動画を漁ることと、成人向けの恋愛漫画。名前は知らないけど、教師と生徒が恋に落ちるBLのやつ。運動はからっきしダメ。胸のカップはC。自宅は三島西町の三丁目。弁当は母親が作ったもの。テストの成績は上の方。親の意向で、駅前の進学塾にいっている」


 サラリと言ってのける。及川のすごいところは、この記憶力。聞いたことはなんでも覚えてしまう。(特に女の話ばかりだが)ただ、この話は前回に聞いた覚えがある。もちろん、口を挟むことなく頷く。

 校舎に入る。通り過ぎる女子生徒の何人かが「及川くーん」と甘い声をかける。及川はダルそうに手を振り返しながら話を続ける。


「最近聞いたのは、大原が接近してフラれたってこと。ま、フラれるもなにも、告白する前から大崎青空に好きなやつがいるってオチだけど」


 やはり、ソラには好きな人がいた。これだけでも確かな情報だ。


「あとは同じクラスのやつからコトハのことを聞いて、お前に辿りついたってことだけ」

「そこまで知ってるなら話は早い。そのソラの好きな人が誰かって、聞いたことがないか?」


 怠そうに首の後ろを掻きながら「んー」と思い出す素振りをする。


「残念だけど、聞いたことないな」


 そりゃあ残念。


「そもそも、急にどうしたん?」

「あまり多くはいえないけど、頼まれたことで困ってることがある」


 んー、そう。と素っ気ない返事。いろんなことにやる気のない奴で助かる。

 怠そうな足取りでたどり着いたのは校舎二階の空き教室。


 ドアガラスに顔を近づけたあと、「ほら、見てみ」と顎をしゃくってみせる。見れば、教室にはただひとりだけソラがいた。一心不乱にノートと教科書に向かっている。


「いかにもな真面目ちゃん。昼休みだっていうのに、次の授業の予習なんかしちゃってさ」


 じっと観察してみる。程よいなんとも華奢で、ちょっと力を入れてしまったら折れてしまいそうな、繊細な首筋。うなじには太陽の光でうっすらと産毛が見えた。


「及川はどう思う?」


 匂いでも嗅ぐかのようにサッと一瞥するなり、即答した。


「ないなー。あれは処女だもん。処女っていろいろめんどくさいし」


「あ、そ」と今度はオレが素っ気なく返す。悔しいけど、オレはまだ童貞。こいつの気持ちはわかりたくない。これぞ、童貞のヒガみ。


「一応、安吾の頼みだから調べてみよっか」


 ありがとうな、と素直に言えない。及川にお願いすると妙なウワサが立つからだ。


「あーやっと見つけたー」


 二人の女の子が横並びになって及川を出迎えていた。及川家の大奥一号と二号。つり目でスカートと髪が短いのが一号。糸目でリスみたいな丸顔をしてるのが二号。ウワサじゃあ、毎日及川と夜な夜な秘密の遊びに興じてるそう。

 大奥はオレの間を通り抜けて及川の両サイドをがっちりホールド。


「安吾くんじゃーん」

「ごめんねー。ショウはうちらと約束あるからさー」


 甘ったるい声でいう。及川はあーとめんどくさそうな顔をしながら、「わりぃな、安吾。じゃあまた」と手を振ったあと、何かをつまんで口にヒョイといれる仕草。 “あとでメシでも食おうぜ”のサイン。オレは頷いてやる。


「またねー安吾くんー」


 大奥Aがいたずらっ子みたいな笑顔を振りまきながら及川を連行していく。どうせ、及川はハーレムから抜け出すことは早々できない。メシは後回してでもいい。

 結局、オレが知りたいことはなにも解決しないまま、また愛の手紙に悩まされるのだ。

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