あなたの恋文、代筆します
兎ワンコ
プロローグ
時々、そいつを友と呼ぶべきか、お客と呼ぶべきなのか迷う時がある。
夕陽が差し込む誰もいない教室。机に上半身を突っ伏して、スマホを眺めながらそう思う。
──ありがとう。お前のお陰で無事に付き合うことができたぜ
メッセージとともに添えられた写真のサムネイルをタップ。画面いっぱいに、奴と一回り小さい女の子の初々しい笑顔のツーショットが引き伸ばされた。ぎこちない笑顔だが、どちらも心底嬉しそう。
――おう。それがオレの仕事だから。それじゃあ、あとで請求書回すわ
――マジかよ~
即座に送られてくる苦笑いしているブサイクな猫のスタンプ。
――なるたけ安くしてくれよ。俺、記念日にペアリング買いたいからよ
オレもスタンプを添える。猿が鼻をほじっているやつ。
――そのペアリング買えるようにしたの、オレの力のおかげだろ? ま、お前の気持ち次第だな。ただ、万越えはやめてくれよ
このやり取りは友達的でもあるが、かっこよく言えばビジネスでもある。
オレの仕事はライター。それも、誰かのために文章を作るゴーストライター。主な依頼内容は片想いの相手に送るメッセージの代筆。
オレがすべきことは顧客と想う相手を分析し、相手に沿いながら顧客らしい文章を送る。時には、メッセージを送るタイミングや何気ない会話の話題の振り方までアドバイスを送る。
仕事の内容は実に簡単。想い人に対して、恋文を代筆するだけ。シンプルなものもあれば、笑っちゃうような歯痒いものまで。
嘘だと思うかもしれないだろ? そこでカスタマーレビューを紹介する。
――いやあ、結局フラれちゃったけど……。本音を伝えられたからいいかな?(17歳 男子 卓球部)
――どうしても、好きって言葉だけじゃ足りない気がして……だから代筆屋にお願いしちゃうんだ。(18歳 女子 匿名希望)
実績はこんな感じ。どういうわけか、オレには相手がなにを望むのか見抜く素質があるみたいで、ある程度そいつを観察したら、だいたい喜ぶものを見つけられる。髪を褒めて貰いたいとか、趣味で見ている大阪出身のお笑い芸人のネタで語りたいとか。もちろん、オレの観察眼だけではカバーできない部分はあるので、友人やSNSは駆使させてもらうけど。
最初は友達の相談ってこと無償でやっていたけど、実績を積むと自然と依頼が増える。三か月前はひとりくらいだったのに、今月に入ると四件にも膨れた。ちなみに、さっきの奴は三件目の案件。
またスマホがピロンと鳴った。メッセージアプリに二件の通知。
――少ないけど、これで足りるかな?
奴からのメッセージで、その下には電子マネーで五千円分。労働力と比べると大した金額じゃないかもしれないけど、高校生には悪くない賃金。すかさず自分のアカウントにチャージする。
――毎度あり。あとはお前の頑張り次第だからな
返事を送ると、奴とのトーク画面を閉じて別のトーク画面を開く。トップにはコトハというアカウント名。
――安吾。いまから例の子がそっちに行くって。緊張してるみたいだから、仲良くしてやって~
ピロンと着信音が鳴り、可愛いウサギがニシシと口に手を当てて笑ってるスタンプが届く。
同じクラスの
当然だが、琴葉への見返りは支払っている。たいがいはコーヒーチェーン店のフラッペだったり、パフェだったり。恐らく、今月は体重が増えるかもしれないと忠告してもいいかも。
(ま、そこでオレの出番ってわけど。)
オレの仕事は相手が退屈しない話題作りや、好感が持てるような文章を考えてやること。(場合によってはアカウントを借りて直接やりとりするけど)
だいたいは親密になったあたりで手を引くことが多いが、稀に告白の文章までお願いされることがある。正直、自分の気持ちを伝える言葉を他人に委ねるなんて、理解できない。(そんなこと口が滑っても言えないけどね)
好きです、の一言で充分なのに、どうしてみんなそこに何かを付けたしたがるのか、さっぱりわからない。日本語は難しいようで単純な面もあるのに、だ。
そんなオレ自身も、どっかで言葉を冒涜している気がする。軽んじている気がする。わかってない気がする。先人たちから叱られないはずがない。
もちろん、中原中也とかランボーといった詩人には敬意を払うし、語彙力の高いアーティストには感謝ばかり。
思慮に耽っていると教室と廊下をつなぐドアの前で気配がした。
「あの……」
視線を向ければ、そこには気弱そうな女の子が立っていた。伏し目がちでペコリをお辞儀し、ポニーテールを揺らす。
「あ、あの……私が依頼したオオサキソラといいます。あ、その、以前に文化祭の実行委員で……」
「はいはい。コトハの友達ね。よろしくお願いします」
オオサキソラの挨拶もそこそこに、自分のすぐ隣に招いてやる。ソラは内股気味で慎重な足取りでやってきた。まるで人馴れしていない仔猫のよう。
ソラが隣の席に座ると、俺はメモ帳を取り出し、シャープペンを握りしめる。こういうのはアナログの方がよい。顧客は、どうもスマホをいじってるより、こうやってペンを走らせるほうが親身になってくれてると感じるみたい。
「今日はよろしくね。えーと、なんて呼べばいいのかな?」
「あ、あ、あの。……そ、そのご自由に……」
「じゃあ、ソラでいいや」
「あ、じゃ、じゃあ、私は、三島くん、でいいの、かな?」
「安吾でいいよ。苗字だと、距離かんじるからさ」
実は彼女のことを知ってる。三年二組の
「あの、じゃあ、安吾くん」
「はい」
「その、安吾くんはラブレターを、代わりに書いてくれるって、聞いたん……だけど?」
「うん、その通り」
実にたどたどしい言い方。僅か一分半の会話で、ソラが人見知りで話下手なのがよくわかった。オレは自分の言葉を紡がなかったので、沈黙が生まれた。広がる静寂に、ソラの視線と指先が行き場をなくし始めたのを確認したオレは口を開いた。
「それで、相手はなんていう人?」
途端に肩をビクつくせ、「え、あ、あのぅ」と声を上擦らせてドギマギしている。まるでローティーンの少女漫画から飛び出てきたみたいなやつ。
「それが……わかんないです」
思わずすっころびそうになった。思わずソラの顔を凝視した。頬を紅く染めながら、視線は床の木目を見ていた。
「はい? わからないって?」
「はい、ぜんぜん……」
「あの、特徴とか、ぜんぜん?」
頷くソラ。そこから沈黙。小動物の瞳がより一層オドオドとしだす。
「学年とか、性格とか、顔つきとか……?」
思いつく限り、必ず答えられるであろう質問をする。だが、すべての答えに「わからない」の一点張りだった。これには参った。オレは頭をボリボリと掻きながら思考を巡らせる。今度はオレがテンパる番。
「あの……。一応、聞くけど、君はその人に恋をしてるんだよね?」
そこばかりはハッキリと頷くソラ。
「それと……実在する、人間なんだよね?」
同じように力強く頷く。
「けど、相手のことはよくわからない、と?」
今度は自信のないスローな頷き。
頭の中で整理する。相手のことはよく知らない。けど、確かにその人物に恋をしている。
「それで……その姿名前なき人に、ラブレターを書いてほしい、と」
こりゃあ参った。ゴースト宛てにゴーストライターしなければいけないなんて。困惑しているのを察したのか、ソラは慌てて
「あの、ちゃんとお礼はしますっ! ですので、どうにか代筆はお願いしますっ!」
と、机にめり込むくらいに頭を下げる。これには「わかりました」と言わざるを得ない。
「条件として、なにか……ありますか?」
正直にいえば、俺は滅入っていた。こんな珍妙な依頼、断ってしまっても良かった。だが、目の前のソラはいたいけで、純粋な少女。庇護欲を全身で表している。俺のやる気は半分は善意。残りはなにくそ精神だ。
「あ、あの……安吾くんはどんなラブレターを書くんですか?」
メモに向かっていたペンを止め、オレは首を傾げた。
「どんな……って言われても、依頼してくる人とその相手に合わせた文章を考えて、それっぽくですね」
「じゃあ、安吾くんが本当に好きな人のために書くような、そんな手紙を書いてほしいんです」
「……はい?」
耳を疑った。俺は自分のために、本気で書いたことがないから。
「お、お金は弾みます! こ、これでもお年玉とか家の手伝いとかでお金貯めてるんでっ! あ、あの……わ、私、ラブレターとか書くの苦手なんで……!」
だろうな、と思うが言わなかった。引っ込み思案を身体で表すような猫背に、落ち着かない指先。
「……わかりました。それじゃあ、こちらもやれる限りやりますので」
途端にソラの顔が晴れた。わかりやすい性格。
「あ、あ、ありがとうございます」
「それと、報酬に関してはなにもいいません。別に、支払わなくてもいいんです。一応、善意でやっているので」
でも、貰うつもりだけど。建前ってのは必要。
「そ、それじゃあよろしくお願いします、安吾くん」と頭を下げて、何度もこちらに振り返ってペコペコ頭を下げて去っていくソラ。照れくさそうだけど、どこか晴れやかだった顔をぶら下げて。
一方のオレは教室でひとり頭を抱えた。誰に宛てていいのかよくわからないラブレター。そんなもの、どうやって書けばいいんだ。
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