ファントム・カエル・シンドローム
「さようならプロデューサー、永遠に」
振り下ろされた黒曜石。
その夜空に煌めく一閃を、マヌーは美しいと思った。
憎しみに駆られたカエルの瞳の奥にちらと見えた哀しみを僕は知っている。
不意に心臓のあたりに衝撃が走って、マヌーは束の間の夢から覚めた。
「こんな顔、してたんだ」
「え……?」
マヌーは胸の辺りをさすりながら、小さなカエルの瞳をただまっすぐに見つめていた。
あの頃はプロデューサーの筋書きを再現することにばかり気を取られていたが、ほんとうはもっとカメラを向けたい人がすぐそこにいたのではないか? スポットライトを当ててあげたい誰かが??
「どうして避けなかったんです」
言葉の真意が読み取れずにカエルは逡巡していた。
「だって僕プロデューサーじゃないし」
「知ってますよそんなこと」
「え、知ってたの? 酷いや僕を騙すなんて。結構本気だったのに」
実際、マヌーはこのままここで死んでもいいと思っていた。チアキにはわるいが(見守ってくれているかもしれない誰かにも大変申し訳ないが)、このカエルを放ったまま物語を終わらせることなど到底できない。
ただ偶然に生かされてきた者の一人として、命の限り出来ることはするけれども、まあここで死んだら死んだでそれが自分の人生だったというような一種の諦めが、マヌーの根底には流れていた。
「このまま私を殺人カエルにするおつもりですか?」
「べつにそんなつもりは……」
「そんなつもり、あったでしょう? ちょっとは」
「……うん。ちょっとね」
と呟きながらマヌーは、胸の辺りをさすっていた手を止めた。
そして懐から見覚えのある本――シアタールキアノスを出る時に彼女から貰った聖書ほどの厚みがある古びた本――を取り出すと、ボロボロの革表紙に突き刺さった黒曜石の欠片をそっと撫でた。
「どおりで衝撃のわりには血が出ないはずだよ」
「その本、なんです?」
「うん、ちょっと出てくるときにもらってそのまま懐に。でもちょっと王道過ぎない?」
「そうですか?」
不思議そうに天を見上げるマヌーとカエル。
その束の間の出会いを祝福するように、宙には美しい星々が瞬いていた。
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