フラッシュバック・フラッシュフォワード・クォンタムリープ

『どう? 緊張してる?』

『そうですね、少しだけ。憧れの監督とまさか一緒に仕事することになるとは思ってもみませんでした』

『あーなるほどね。まあ運転中いろいろ聞かれると思うけど、正直に答えてくれればいいから』

『はい、了解です――』


 石段を駆け上がりながら、マヌーは考えていた。もしあのときプロデューサーの要求を断ることが出来たなら――瞬時にはねのけるほどの力が自分にあったなら――未来は少しでも変わっていただろうかと。


『それじゃあ、送迎よろしく。まあ、気をつけて。いつも通りで大丈夫だから』

『はい。承知しました。それでは――』

『あ、あとゴメン。言い忘れてたけど。演出志望で入社してきたってことにしてあるからそこだけ話合わせといてくれる?』

『え、演出志望…………? いや私は〝役者〟志望で――』

『合わせてくれるだけでいいから。あ、ちょっと電話きちゃった。それじゃ。はい、はい、あ、お疲れ様です~』

『いえちょっと待ってください、プロデューサー!』


 脳裏によぎったのはスーツ姿のプロデューサー。カーブミラー越しに見えたプロデューサーの携帯画面はあの頃のまま真っ黒であったが、そんなことよりマヌーには今、気になっていることがあった。



「あぁ、やっぱり!」



 石段の先に二つ目の広場が見えるやマヌーは声を上げた。黙ってなどいられるものか。壁はやはり壊れていたのだ。でもそんなことより今は……あぁ、あれはかの懐かしき愛しのカエル君の姿ではないか――! 


「おーい、カエル君!」


 マヌーは石段を思い切り蹴るやカエルの元へ急いだ。

 第2の広場を照らしていたはずのガス灯はいまやぺしゃんこにひしゃげている。落雷にでもあったのだろうか?

 よく見れば粉々に飛び散った黒曜石の破片の真ん中には見覚えのある井戸――シアタールキアノス名物『月の鏡』――があるではないか。

 

 はっとしてマヌーが見やれば、小さなカエルは井戸の縁に腰かけて、両手の水かきで耳を塞ぎながら何やらぶつぶつと呟いていた。


「おやめください……おやめください……もうそこから先は聞きたくないのです」


 マヌーがいくら声を掛けても届いていないらしい。カエルは次第に深淵にのめり込んでいった。


「おやめください……もうここから先は聞きたくない……聞きたくないんだ……うぅ」

「カエル君!」

「え……プロデューサー……? どうしてこんなとこに」

「え? 違うよカエル君、僕はプロデューサーじゃ――」

「どうしたんですか、プロデューサー。こんなところに、一人きりで」


 暴走したカエルは「あ、そうだ」と小さく呟いたかと思うと、広場に転がっていた鋭い黒曜石の破片を拾い上げるや、ふたたび井戸の縁によっこいせと腰掛けた。


「ご存知ですかプロデューサー、この劇場のジャンル、ファンタジーなんです。だから別に良いですよね。ちょっとR指定つければいいだけの話。別にどうってことないでしょう? だってこれはつくり話。ただの〝ファンタジー〟なんですから」


 復讐心に囚われたカエルは、小さな水かき一杯に握りしめた黒曜石を勢い良く振り上げると、どこか悲しそうに笑った。


「やっと復讐できますね、プロデューサー。ここで会ったが10年目。今度こそ、叩っ斬って差し上げますよ」

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