第2話 手荒な歓迎
坂を下り、光の集まる場所へ。想像以上に大きかったその空間が視界いっぱいに広がる。わたし達は観察しながらさらに近付く。
光の正体は篝火、松明。大量の火だった。周囲と比べて光の場所だけ地形が盛り上がっていて、刺々しく並び立つ木の柵が境界を作っている。
「物見
先頭を歩くおじさまが呟く。その声は楽観的ではなく、真剣な鋭さがあった。
「栄えた集落……。あの柵は、肉食動物から身を守る工夫ですかね……?」
猪に似た動物の突進を思い出しながら発言してみるわたし。直後におじさまが手を伸ばし、わたしの歩みを制止した。
驚いてかかとを浮かせ、一瞬高くなる視界。高い柵の隙間から、炎とは違う、青い光が一斉に並んで輝くのが見えた。
「動物だけではないようですぞ、早急に退避の準備を!」
「えっ⁉」
夜空に飛んだ青い光は水へと変わり、滝となって乾いた地を打ち付ける。それは凄まじい勢いの川となってこちらに流れ込んだ。
「なんて大規模な魔法! 走っても逃げられない――」
「傾斜で流れは読めますぞ、こちらへ!」
おじさまが体をこちらに向け、両腕を広げる。わたしは反射的におじさまに飛び込み、しがみついた。肩より後ろに頭を出し、片手に握った杖をおじさまの背中に押し付ける。
ぶら下がるわたしの下半身を、おじさまは片腕で軽く抱える。おじさまの背後を見ているわたしの視界には、もうすぐそこまで水が迫っている。
「おじさま跳んでっ!」
「ぬぅん!」
おじさまは岩を盾にするように跳んだが、川の水は小さな岩程度軽々破壊して、危険な飛来物に変える。体の向きを整え、おじさまは川と対峙する。岩がわたしのすぐ隣を通過し、空気の音が耳を圧迫する。
「きゃあぁっ!」
走るおじさまに揺られて悲鳴を上げる事しかできない。頼りない小さな岩を次々に破壊されながら、僅かな傾斜を登って川の流れから外れた。目の前には、岩を転がしながら通り過ぎる川があった。
双方合図の声と共におじさまから降りる。ここまで来た道と違い、大した坂ではない。僅かな傾斜をよく把握できたものだ。
柵を見上げると、再び青の光。既に魔法は発動されていて、今度は氷の塊が降ってくる。
「拙僧の後ろに! 幸い強固な氷ではありませぬ」
「はいっ」
目まぐるしい展開についていけず、ただ返事をして転がりこむ。修道服が少し尻尾に巻き付いて苦しい。
「あっ、そうだデバイス、あれどうにか出来ないかな⁉」
『よくぞ気付いた。炎は燃え広がり、範囲も広がる。もう少し近付ければ、だがな』
「スゥーーッ」
おじさまが長く鋭く息を吸い、構える。
「シェェァァアアッ!」
そして迫りくる氷を、手刀や蹴りで的確にさばいていった。わたしに当たらない場所なら無理に破壊せず避けたりもしている。通り過ぎる氷の断面を見ると、全て側面に迎撃が当てられているのが分かった。
氷が止み、一旦攻撃が落ち着く。わたしはおじさまに前進すると伝え、杖を構えて駆け抜ける。
「やめてください! わたし達にあなた方を害するつもりは――!」
川が発生した場所付近まで戻ってくると、再び光が並ぶ。
「そんなご立派な服装が、カルロの手下でないものか! 放てぇ!」
柵の奥から、男の人の大声が聞こえる。警戒されてしまったか、今度は数も、光の強さも違う。
『思い知らせてやれ、我らが力を。世界の理に依存する者共の、真実の弱さを』
「そんなつもりでやるわけじゃないけど――アウェイクフレイム!」
炎を纏う杖で、薙ぎ払うように横に振りぬく。炎は夜の空間に残像として残るように見えたが、射出されたようには見えない。けど、不可視な力自体は広がったようで、青い光は全て消え去った。
静まった世界。柵の向こうで動揺の声が広がる。冷えた手をさすりながら悠々と歩くおじさまが、わたしの少し後ろで膝を着いた。
「キュアラ様、まずは名乗りましょうぞ」
そうだった。まだ手下と疑われてるなら、また魔法が飛びかねない。
まずは息を整え、直立。右手に杖を立て、左手を胸の前で握った。
叫ばずに大声を出すなんて出来るのかな。ちゃんと噛まずに言えるかな。色々心配事はありながらも、緊張はしていなかった。まあ戦闘直後だし。
「わたしはメレザ・キュアラ・サクレリテス。東のシルメン島より参りました、女神レイナ様に身を捧げしシスターです。わたし達に戦いの意思はありません。あなた方の警戒する存在ではない筈です。だからどうか、話を聞いてはくださいませんか!」
よし、噛まなかった。こんな感じで良かったかな。ちゃんと聞こえたかな。
不慣れな行動を自分で振り返りまくっていたら、いつの間にあちらの魔法使い達が腰を下ろしていた。
「姐御! メレザを名乗るレイナ様の――」
走り去っていく男の人の声は聞こえなくなっていく。でも僅かに聞こえた部分だけでも驚きがあった。
「あの人達、レイナ様を、メレザ教を知ってる……?」
「友好的な関係となれるか、はたまた……」
いつの間に隣に立っていたおじさまが、顎に手を添えて笑っていた。
しばらくして、柵の一部が四角く切り取られたように開く。あそこは扉になっているんだ。
「こちらを受け入れるようですな。参りましょう」
「信じてくれたのでしょうか? わたしは、まだちょっと不安です……」
「無論、警戒は怠りませぬ故。キュアラ様は堂々としていてくださいませ。先程のご立派な名乗りのように」
「り、立派でしたか……良かったぁ……」
お世辞を受け取って安心し、念のためおじさまの手足に回復魔法をかけてから歩き出した。
おじさまではなくわたしが先頭に立ち、柵の門をくぐる。左右を見回し軽く一礼、砦の中を進んだ。
別に普段曲がっているわけでは無いけど、背筋を意識的に伸ばして堂々と。両サイドから男の人がひしめき合うように並んでいて、手を伸ばせば触れられる距離で見下ろしてくる。中央の道は開けてあるけどすごく狭い。恐怖の混じった緊張で冷や汗をかきそうだ。笑顔笑顔。
「メレザってこんなに小さな子だったのか?」
「さっき魔法消されたけど、どんな理屈だったんだ?」
「なんだありゃ、あのシスターちゃん尻尾生えてるぜ、意外とごっついやつ!」
「後ろのジジイが睨んできてちびりそうになったから、俺様もう黙る……」
沢山の声が聞こえる。素性を怪しんだり、単にそちらを見て欲しそうな声の方角には、ちらりと顔を向けて微笑んでみせた。見た方角の群れは突然驚いたような楽しそうな感じでどよめく。友好的である事を示すのは成功したかもだけど、なんとなく心地が悪かった。
暑苦しい肉体のアーチを抜けると、大きな木のテーブルと、手作り感のある小さな椅子が複数並ぶ空間に。ただ一人そこに座る女性が、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。右手に握った丸い蒸しパンを食べている。
砦の人達全員が着用する青い服装や帽子は、ボロボロではあるけど統一感がある。そして後ろの男達に負けないほど大きく頑丈そうな体格をした正面の女性は、その上に赤い羽織を着ている。お姉ちゃんより高身長の女の人を初めて見たかもと感動していると、彼女の靴のかかとがすごく高い事に気付いた。同じくらいかも。
紫色の髪は長く伸びていて、同時に上の方でも結んでまとめてあってボリュームがあった。全体的に大きな人だ。もしくは大きく見せてる人だ。
「アンタたち、もうちょっと落ち着いて並べないのかい! 客人の顔が強張っちまってるじゃないか!」
羽織の女性が蒸しパンもぐもぐしながら叫んで、後ろの大衆に向かって指を差す。
「「す、すんませぇん!」」
一斉に声が響く。整列し直しているのか、ぞろぞろと足音が聞こえる。
顔が強張っていた自覚の無かったわたしも、首を振って頬を両手で叩いた。杖を持ち始めて数日、両手を使いたいときに腕に杖を挟んだりする手間に慣れてきた。浮かせる魔法を授かりたいと思う日もある。
「あの、わたし達は――」
整列の音が静まったのを察して、わたしが声をかけようとする。しかし、羽織の女性は広げた左手で制止してきた。
「悪いけど待ちな、これだけ食っちまうから」
「は、はあ……」
パンの残りを急いで口に放り投げ、喉を詰まらせたようにもがき始める。
「「姐御ぉ!」」
「大丈夫ですか⁉」
喉の詰まりは魔法で治せるだろうかと、回復発動を試みる。しかしそれより早く、男数人が水の入った樽ジョッキを持って駆けつけた。
受け渡しを終え、男達は即座に撤収した。落ち着いた姐御さんが再び足を広げ、腕を組み、不敵な笑みでこちらを見据えた。風も無いのに羽織がなびくようだった。
「待たせたね。あたいの名はドアンナ。カルロに抗うレジスタンス、海無き海賊団のリーダーさ。こちらも敵対の意思は既に無い。脅かすつもりは無いから安心しな」
実の所緊張感は、その手に持つジョッキのおかげで消え去っている。尻尾をまじまじと見られていないかと不安だった男達の印象も、さっきの流れでだいぶ好転している。
安心すると尻尾が揺れ始めた。こんなんだから見られるんだと思いつつ、笑みを返して応対した。
「ありがとうございます、ドアンナさん。皆さんやこの地について知りたい事が多いので、お話を聞かせていただけますか?」
ドアンナさんは体勢をそのままに頷いた。
「勿論さ。こちらとしても、アンタらについて知りたい事は山ほどある。まず一つだけ――アンタらは本当に、あの女神レイナんとこの使者なんだね?」
振り向いておじさまとも目を見合わせ、向き直り「はい」と頷いた。すると突然男衆がうじゃうじゃと集まり、わたしを担ぎ上げた。どこを見回しても人の海。おじさまも一緒に海面に上がっていた。
「えっ、ちょっと、なにっ」
「だったら歓迎! 丁度飯時に来たのは幸運だったね、宴だ宴だ!」
駆け出すドアンナさんに続いて、野太い掛け声を上げる海が流れていく。身体が揺れる、視界が揺れる。焦る怖い恥ずかしい。
「ほほっ。来てみれば愉快な方々ではございませんか」
だめだ。助けを求めようとしたのに、おじさまが役に立たない!
「もーっ、脅かさないって言ってたのにーっ!」
杖を抱き締めながら、波が過ぎ去るのをただ待った。
海無き海賊なんて嘘だった。連携する彼らこそが、そこにある海だった。
次の更新予定
双璧のメレザ 高嶺バシク @Bashiku_takamine
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