第11話 光を探すあなたのために

 木の実の汁だけで済ませず、その後みんなでちゃんとした夕食を取る。

 昨日と同じく並んで眠り、一日を終える。今日も今日とて、波乱の日だった。

 そして翌朝も、波乱の始まりを迎える。

 わたしが一番に起きて東にお祈りをしていると、尻尾が勝手に跳ね、背中を叩いた。

「ぴぇぇ!」

『キュアラよ。今すぐ遺跡に戻り、ホルクスを起こせ。いや、奴は叫んでも起きるから、今すぐ叫べ』

「どうしたの、デバイス。普段お祈りの邪魔はしないのに――」

『いいから急げ! 蘇生魔法の無い環境で死なれては面倒だ』

「っ――!」

 物騒な警告を聞き、わたしは瞬時に足を動かす。地面の杖も忘れて走り、両手を口の両端に添えた。

「おじさまーーーっ! ホルクスおじさまーーーっ! 起きてっ、逃げてぇーーーーっ!」

 喉を潰す勢いで必死に叫んだ。何が起こるか分からないけど、絶対死んじゃ嫌だ。

 数秒後、遺跡の家の木がミシミシと音を上げ、分断されたように裂ける。やがて半分が力を失ったように沈み、轟音と共に崩れ落ちた。玄関と台所の方じゃない、炉と寝床の方だ。

「おじさまーーっ! うっ」

 砂煙が凄まじい勢いで吹きすさび、咄嗟にわたしは両腕で顔を覆った。フードが脱げたのも気にせずに、再び遺跡の方へ目を向ける。

 するとそこには、遺跡を抜け出した鋭い目のおじさまが、サタユキさんとベルさんを両脇に抱えて歩いてくる光景があった。おじさまに起こされたか轟音で起こされたか、二人は現状を理解出来ない様子で目を泳がせている。

「ご心配をおかけしました。キュアラ様、デバイス殿も」

「お、お……っ、おじさまーーーっ!」

 全速力で駆け出してその胸に飛び込む。腕が塞がったままでも、わたしが痛くないように優しく受け止めたおじさまは、そのまま押されて倒れていく。

「「うぉわーーーっ⁉」」

 いつもの穏やかな笑みになったおじさまの両隣で、状況を認識した二人が叫ぶ。そのまま仲良くみんなで倒れた。

「良かった……良かった……二人も助けてくれて……」

 その胸に顔をうずめようとして、角が先に当たってしまう。刺さりそうで危なかった。その後おじさまの体が押し返してきた角は額を歪ませるように刺激し、脳まで揺らすようだった。

「うぇぇ……」

「ほっほ。キュアラ様も随分と活発になられて。飛び込む力がこれほど強いとは驚きです」

 お姉ちゃんにいつもやっていた事なので、実はこんなに強いおじさまなら平気だと思ったけど、普通にその辺りの指摘はしてきた。

 隣で空を仰ぐベルさんが、こちらに首を向けないまま口を開いた。

「それは力というより体重だろう。昨日抱えた時、サタと同程度はあったぞ」

「ベルさん⁉」

「マジかよメレザちゃん! そうは見えねぇけど、修道服の中に色々仕込んでたりするのか……?」

 サタユキさんが純粋に興味津々といった感じでわたしに聞いてくると、ベルさんがそっぽを向いた。

「いや、どうだかな……実はあの時下から見上げた際に知ったんだが、むしろ……」

「ベルさん……見たんですか……?」

 ベルさんは黙ったまま反応しない。

「ひーんっ……」

『体重に関しては我の影響が強いだろう。角と尻尾による増加がおよそ二十、そのままお主に乗っておる』

「……もうやだ、おうちかえる……」

 下で寝転ぶ男性陣が全員、笑いを堪えて震えていた。



 起き上がって全員一旦落ち着き、わたしは杖を拾って戻ってきた。

「で、そのおうちを見てみれば……」

 丁度半分が倒壊した遺跡。サタユキさんが背伸びして見回す。

「老朽化にしては不自然だな。左右で建築の手法が違っていたりしたのか……?」

 ベルさんが片目を細め、さらに近付いて観察する。わたしはデバイスに聞いてみる事にした。

『倒壊した側のみ、魔力により補強を行う壁が使われていたようだ。その力が祝福によって消滅され、朝には限界が来ていたと考えられる。――ホルクス、ちとその辺りに鉱物が無いか調べてみよ』

「お任せを」

 おじさまが瓦礫の中を歩く。どこからか取り出した白い手袋を装着して、大きめの黒い石を拾い上げた。手袋がすぐに汚れる。粉でもついているのだろうか。

「今となっては魔力の確認は不可能となりますが、恐らくこれでしょう。うっすらとですが、表面に波紋のような模様が確認できます。同じ物が周囲にズラリと」

『うむ。この遺跡が異常なほど健在だった理由のひとつやもしれんな。詳しい事は我も知らぬ。後ほどレイナと情報を共有し、未知の存在であるようなら、今後の調査対象となるな』

「浄化されたこの地では、声も届かぬようですからな」

 おじさん二人がわたしの仕事を増やそうとしてるのを無視して、サタユキさんとベルさんのもとへ移動する。

「魔力による補強があり、それが崩れたようです。このままバランスの悪い状態でいると、もう片側も危ないかもしれません」

「ほほーう。情報ありがとなメレザちゃん。となると今日の活動は拠点建築作業だ! なあベル!」

 サタユキさんが力こぶを見せると、ベルさんは自然と口角を上げた。

「ちょうど今日から暇人だった。外部の力に頼らない家を造ってみせよう。主にサタの仕事で」

「お前も働けよ! ご老人にはきつい重労働ってか?」

「適材適所だ、設計やらなんやらは僕が担当する。あと、僕は老人ではないぞ小僧」

 二人の会話に、思わず笑ってしまった。やっぱり仲良しなんだ。この空間を取り戻せて良かった。

「わたしにも何か、手伝えるでしょうか? わたしが倒したようなものですし、助けになれれば――」

 そこまで言いかけたけど、二人が同時に首を振る。断られちゃった。

「なに、この程度俺らだけでやれるさ。それにメレザちゃんって――もうここに用はないんじゃないか?」

 そう言って、サタユキさんが困ったように微笑んだ。

 実際、使命や目的を思えばその通りだ。自分でも分かっていた。昨日の晩餐だって、それをみんな察した上で話題にしなかった。

 おじさまが手袋をしまって歩いてきて、わたしの隣で止まる。

「お待たせいたしました。心残りなどあれば、こちらも待ちますぞ」

 優しく遠回しに、再出立を告げている。

 ここにいたのはほんの僅かな時間だ。でもたったそれだけで、大事な場所になって、離れるのが寂しくて、つい理由を探して居座ろうとしてしまった。わたしは、旅に向いていない性格かもしれない。

 最後に少し話したい。その意思を伝える。おじさまは頭を下げ、音もなく数歩下がった。

 わたしはベルさんに体を向ける。言葉が出てこない。まずは笑ってみようとしたけど、すぐやめる。あえて素を出し、真剣にその瞳を見据えた。

「ベルさん。わたしは、あなたを救えたでしょうか。それとも最後まで、迷惑だったでしょうか」

 客観的に見て、わたしがやった事は最悪だった。死後遺した最後の檻を破壊して隠れ家に侵入、望まない蘇生を二度行った。そして魔法と共に大切な人を消滅させ、無理に生を与えた。あと、さっき家も倒した。

 ベルさんは腕を組んで、わたしの視線を正面から返す。

「どうだろうな。僕もまだ色々あった翌日だ。整理が出来てるわけじゃないし、実感だって湧いてるか分からない」

 一瞬細めたその目に怯え、わたしは咄嗟に息を止めてしまう。杖をぎゅっと握ったが、恐る恐る緩め、どうにかこの身一つで受け止めようとする。

 ベルさんは目をすぐに戻し、微笑んだ。

「なるほど。本当にお前は臆病で、僕以上に闇を抱えているんだな。その上で希望を捨てる事無く、明日を生きようとしている」

 わたしの止まった息が戻るのを待ってくれる。落ち着いてから、ベルさんは再び口を開いた。

「僕もどうにか、それを見習って進もうと思っている。今日を生き、明日を望んでいる。今はそれで十分だ」

 朝日はベルさんを照らしている。その笑みが伝わり、怖がりなわたしを笑顔にさせてくれた。

「ありがとうございます、ベルさん。わたし、もっと立派になりたいです。あらゆる憂いを取り除き、真の救済を与えられる、そんなシスターに」

 杖を持ち直し、背筋を伸ばす。わたしにも朝日はかかっていた。

「あらゆる憂いとは、大きく出たな。なら旅の中で、それを取り除いてくれ。僕らが過ごすこの日々に、世界に、再び闇が降りかからぬよう」

 助けた人とは、助けたい人とは、できればずっと寄り添っていたい。憂いのある明日を、未来を――乗り越えられる力を、答えを、傍で与え続けられるように。一緒に考えて、見つけていけるように。

 でもこの身はひとつだ。救いを求める人は遠く、旅を続けなければならない。それなら旅の中で憂いを取り除く。ベルさんの提案は理想にして正解だ。

『その為の力は、今やお主の内にある』

 世界を変えよう。わたしは頷き、足を回す。白い修道服が翻り、光を受けて輝いた。

 おじさまに目線を送ってから、後ろの二人に大きく手を振った。

「それではベルさん、サタユキさんも! お世話になりました!」

「メレザちゃん、こちらこそありがとよ! いつでも、遊びに来ていいからなーっ!」

 サタユキさんが呼びかけながら、両手を大きく振る。ベルさんはそのまま動かず視線を送り、おじさまも無言で一礼してから隣に並んだ。

 この森での活動で、お姉ちゃんやお兄ちゃんに関する情報は得られなかった。まあ閉鎖的空間だから仕方ない、次に期待だ。

 しかしそれ以上に、大きなものを得たと思う。もしかしたらお姉ちゃんと再会した時、とっても成長した姿を見せられるかもしれない。

 二人の姿も見えなくなり、見上げれば木々が空を隠すようになった。しかし朝の木漏れ日は明るく、先へ往く道を示している。この森って、こんなに見通しが良かったんだ。

「さて、森を抜ければ再び西を目指すでしょうが……何処か目的など、ありますかな?」

 いつもの落ち着いた調子で、おじさまが声をかける。わたしは元気よく返事をし、前を向いた。

「カルロ・ゼニムスさんに、会いに行きます。それできっと、この島の全てが分かるはずです」

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