第8話 理不尽に抗う炎

 最前線に立つサタユキさんが盾で茨を防ぎ、勢いの弱まったそれをおじさまが蹴り飛ばす。

「次、右から来ます! 左の茨は任せてください!」

「くっ、了解……!」

 霧を纏っていない物理攻撃は、サタユキさんの盾で。霧を纏った魔力の茨は、わたしの炎で対処する。特に霧の茨は一度受けたら最後、回復魔法が反転してしまう危険性があるので、ミスは許されない。

「ジリ貧ですな。こちらに大きな被害は無くとも、相手も同様。サタユキ殿にも疲れが見え始めております」

「檻の隙間から、エリーさんが苦しんでいるのが見えます。どうにか攻撃のチャンスを作らないと……!」

 こちらを切実な表情で見るエリーさん。手足を拘束する茨が、エリーさんの体を蝕んでいる。

『奴に疲労は無く、戦術に変化もない。攻めるならこちらが変化を起こすよりほかないぞ』

 サタユキさんは防御と、注意を引く行動。わたしも茨の対処と、挙動の注視、回復魔法で手いっぱいだった。戦闘経験の浅いわたしは、おじさまとデバイスに相談し、次なる作戦を決定する。

「では、おじさまは隙を見て突撃し、内部の魔力部分を露出させるか、エリーさんを救出できないか試してみてください! サタユキさんはその分、少しの間斧による迎撃もお願いします!」

「承知」

「しゃあねぇ」

 サタユキさんが茨のひとつを斧で切断。再び生え始めるタイミングで、おじさまが姿勢を低くして地を蹴った。

「シェェアッ!」

 根を張るように地に固定された無数の足のような場所に、おじさまがつま先で蹴りを入れる。僅かに揺れたもののダメージは小さく、茨の攻撃対象が一部おじさまに移る。

「炎よ!」

「やらせねぇ!」

 わたしが魔力の茨を焼いたと同時に、サタユキさんがさらに前進。おじさまを狙った茨を早期に斬り落とす。すると次に生えてきた二本の茨の先が、後ろで構えるわたしに向いた。

「嘘……」

 今まで最も近くの人しか狙われなかったから油断した。目も無いのに目が合った気がして、立ちすくむ。

「マジかよ……っ!」

 サタユキさんが気付いて駆けつけようとするけど、ちょうど始めてしまった作戦のせいで遠すぎる。

「っ……燃えてーっ!」

 片方の魔力茨は消せたけど、その間に迫ったもう片方の茨に腹をぶたれる。

「きゃああっ!」

 殴り飛ばされ、数メートルも吹き飛ぶ。サタユキさんが防ぎ続けた攻撃は、わたしにとっては一発で相当な痛撃となった。

 杖を握ったまま背中で地面を滑る。受け止める草がせめてもの救いだった。

「ぅあっ! はぁっ、はぁっ……!」

 衝撃の残る腹と、痙攣する尻尾が、痛みを伝えてくる。呼吸を強引に整え、立ち上がろうにも、足に力が入りにくい。

「お、おい、大丈夫か……?」

 目を開けると、怯えた顔のベルさんがいた。わたしに手を伸ばそうとして、途中で引く。

「逃げてください、ベルさん……今の、わたしじゃ……あなたを、守りきれない……ごめん、なさい……」

 わたしが狙われたくらいだ。同じ場所にいると危険が生じる。

「お前……。僕は、僕は……くっ……!」

 ベルさんは拳を握って立ち上がり、魔物と逆方面に走った。

 安心したのも束の間。足元から茨が伸び、わたしの二の腕と胸の下あたりに巻き付いた。そのまま上半身を引っ張られるように起こされる。両腕が離れたけど、右手に杖を握りしめる。

「うぅっ……」

 前方を確認。わたしが対処出来ないうちに魔力の茨が増えている。二人は回避に精一杯でまともに戦えなくなっていた。失敗した。

「多少強引にでも、まとめて燃やして――」

 右肘を曲げ、低い位置からでも狙いを定める。瞬間、茨の締め付けが強まり、大量の棘で痛みが走る。

「えぁぁっ!」

 目が大きく開き、呼吸を止められたように声が漏れる。遅れて開いた手の感覚が戻り、気付く。杖を取り落としてしまった。

「いかん、キュアラ様!」

「ちっきしょぉぉっ!」

 巨木の魔物は徐々に知性を得ているように、茨で壁を作って二人とわたしを隔離した。壁を飛び越えようと模索するおじさまと、本体を攻撃して怯ませようとするサタユキさんの姿が、見えなくなっていく。

「痛い痛い痛い痛いっ……」

 涙が溢れるのもお構いなしに、茨の縄がわたしを高く持ち上げる。地に転がる杖との距離が離れてしまうのが怖くて、足と尻尾をばたつかせるも、かえって痛みが増してしまう。

 杖無しでも炎を放とうとして、失敗。集中すれば出来そうだったけど、強まる痛みが邪魔をする。

「ヒール、ヒールっ……ぎいぃゃ、ぁ……っ!」

 回復魔法で塞いだ傷がある場所には、既に棘が刺さっている。復活させてしまった苦痛に悶え、それでも反射的に、本能的に回復したくなってしまう。

 どうしようもない現状に絶望しそうになった時、背後で音がした。木の扉が勢いよく開け放たれる音。

「見つけた……! おい、これなら今の僕でも扱っていいだろ……!」

「ぇ……?」

 わたしはちゃんと首も動かせず、まともに返答できない。

「このぉっ!」

 真下から響いたベルさんの声。夕焼けのようなオレンジ色の光が、下の方から淡く灯り、わたしの足に熱を伝える。煙が昇って顔にかかる。

「けほっ、えほっ――えっ、火っ⁉ きゃあぁっ!」

 わたしの体を絞めていた茨が炎で燃え、力を失ってわたしごと落下する。衝撃に備えて目を閉じ、両手を握ったけど、地面に背中は打たなかった。

「ぐっ……! お前、見た目以上に……っ」

 目を開けると、ベルさんがわたしをキャッチしていた。お姫様抱っこだったけど、必死に力を込めている顔と、震える腕。次第に高度も落ちて地面に降ろされた。

「あ、あなたの筋力不足です! ぜ、ぜったいそうです!」

「それもあるにはあるが……とにかく、今話すべきはそれじゃないだろう」

 ベルさんが手に持っているのは、火を起こす魔晶石。遺跡の家から持ってきたのだろう。

 立ち上がって杖を手に取り、ベルさんに頭を下げる。

「助けてくれて、ありがとうございます。どうかわたしと一緒に、みんなを助けてください!」

「そのつもりだ。自分の責任くらい、ちゃんと取る」

 ベルさんが魔晶石を握りしめ、踏み出した膝を曲げて走る姿勢になる。わたしは自分の傷を癒してから、茨の壁に杖を向ける。

「邪教の力――霧を纏う茨はわたしが消せます。ベルさんは――」

「さっきまで黙って無様に聞いていた。普通の茨は任せろ、全て焼き尽くしてやる」

 ベルさんの表情には強い感情が宿っていた。わたしは信頼を込めて頷き、メレザの炎を射出する。

「行って、ベルさん!」

「うぉおおおおっ!」

 魔力の茨が焼失。そしてベルさんが魔晶石を投げ、壁にぶつけるとさらに燃える。両方の茨で重ねられていた壁はそれぞれの一撃で崩壊し、奥の二人との隔離状態を解放した。

『賢い奴め、手に持ったまま使えば魔晶石であろうと反転する危険性があると判断している。実際の結果は知らぬが、用心すべき要素だ』

「キュアラ様、ご無事で!」

「ベル! ここまで来て大丈夫なのか⁉」

 内部にいた二人がこちらに気付く。二人はあれから本体に攻撃を重ねていたようで、巨木の正面に大きな凹みが出来ている。外側の紫と比べて奥の色は緑で、強化されていない弱点と思われた。

「おじさま、サタユキさん! ベルさんを守ってあげてください!」

 距離を詰めるため走りながら呼びかけると、二人はすぐに頷き、迫る茨を見上げ、迎撃を始めた。

 ベルさんは二人の動きを見て意図を読み、地に転がる魔晶石を拾い上げる。わたしがおじさまとサタユキさんに回復魔法をかけた時には、ベルさんは巨木の凹みに肉迫していた。

『トナベル君、下っ!』

「フッ!」

 檻からのエリーさんの呼びかけに反応し、ベルさんがジャンプ。突然急激に伸びた根が、地を荒らす。ベルさんは無事、動きを止めた根に着地した。

「いつの間に僕を監視していた邪教とやらは、願いを歪んだ形で叶えるつもりらしいが……」

 エリーさんを一瞥してから、ベルさんは弱点を凝視し、魔晶石を振りかぶる。

「言ったはずだ。お前の思う救済を僕に、勝手に押し付けるな!」

 弱点の凹みのど真ん中に命中した魔晶石は、炎の魔法を発動する。それは茨を焼き払い、内部から巨木を崩壊させていった。

 魔力で出来た中心の檻は、焼き崩れる木から転がり落ちるように抜け出した。

『んーっ、しょっ!』

 拘束が解かれ、檻の隙間から抜け出したエリーさんは、そのまま力尽きたように倒れた。檻を構成する茨が一部抜け出し、エリーさんを捕らえるべく迫ってくる。

「もう終わりです。美しき自然の世界に、あなたは必要ありません!」

 杖から射出した炎が、魔物の核となる檻を消し去った。

 戦闘終了。空を漂う闇の霧が晴れ、本来の森の姿を取り戻した。

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