第7話 絶望の呼応
蘇生後、記憶障害中のベルさんに寄り添い、声をかけ続けた。話すうちに段々と、表情や声が暗くなっていくのが辛かった。
やがてハッとしたように頭を押さえ、わたしを睨みつけてくる。わたしはそれでも優しい視線を向けようとした。
ベルさんはサタユキさんとエリーさんと目を見合わせ、もう一度わたしを見てからため息をつく。家の壁に背を預けたまま、力が抜けたように腰を下ろす。
「邪魔だったんだ。僕を縛る体が」
エリーさんを見上げ、うっすらと笑う。
「行く先に何もありはしない世界で、憂いや虚無感を忘れて飛んでいけるあなたと共に、消える事が出来たのなら。……そう、思ったんだ」
わたし達が何も言えない中、ベルさんは語り始めた。
同族のみで集まってひっそりと活動する事が多いエルフの中で、ベルさんは外への、異種族への興味を持って一人抜け出したらしい。しかし森を出る直前に満身創痍のサタユキさんと遭遇。ゼニムス島や、その人々の現状を知った。
「それでも一度は外に出てみた。カルロとやらの傘下、エルフの魔力を狙う集団に襲われかけて、早々に逃げ帰った。差別意識は無さそうだったがそれでも、期待した開放的な未来は見えなかった」
今更閉鎖的な同族のもとへ戻る事も出来ずにいると、サタユキさんが遺跡で迎え入れて。その後しばらく、二人で生活していたそうだ。
「だが耐えられなかった。百年以上静かな生活を続けてきた僕とサタでは、時間の流れが違う。愚かにも一度、身の丈に合わない日々を夢見てしまったばかりに。今鎮座する現状が、苦しくなっていた。だからといって外に出た所で希望は無い。ただただ、重い体を引きずっていた」
そんなある日、森に逃げてきたエリーさんと出会い、心惹かれ、森の中で匿った。次第にそれは生きる目的となり、どうにかエリーさんについて調べながら、存在を保ち続けようとしたみたいだ。
「話すほど、調べるほど、違う存在だと思い知った。目を凝らしても全身は見えない、近付いて手を重ねても触れられない。最初は人と関わろうとしておいて、結局、種族の差を感じて苦しむばかりだった」
「それで、あんな事をしたのか? 肉体を抜け出して、魔力だけ分離しようって」
「この体のままこれ以上関わっても、辛いだけだったからな」
サタユキさんの手を掴み、ベルさんは立ち上がる。無気力な瞳が、わたしを捉える。
「これで分かったか。分かったならこれ以上の蘇生はするな。僕はもう一度茨を使う」
「そんな……待ってください……」
『トナベル君。あなたは自らを害する事で、意識と魔力を肉体から切り離す事が出来た? その行為に意味が無い事は、もう分かっているんじゃないかしら』
「それを言うな、言わないでくれッ!」
『きゃあっ!』
ベルさんが腕を振り、茨が飛び出す。エリーさんはギリギリそれを避けたけど、ベルさんは止まらない。
「僕はもううんざりなんだ! この日々も、この世界も! また分離するチャンスがやってきたなら、僕はそれだけを試して逃げる! 今の僕にとって、死ぬのは怖い事じゃない、やるべき事なんだ!」
「ベルさん、どうか自棄を起こさないで!」
「どうしちゃったんだよベル、落ち着いてくれ!」
「うるさい、うるさい! 頼むから、僕の事は放っておいてくれっ!」
ベルさんが暴れる度、茨が飛び出してくる。その挙動はベルさん自身を傷付けるように飛び始め、至近距離にいたわたし達は回避を余儀なくされる。
「キュアラ様、あれを!」
わたしとサタユキさんの体を掴んで飛び退いたおじさまが、上空を指差す。
空間が歪み、捻じ曲がるような空。それは、脳に焼き付いた紫の霧。
「邪教の、干渉……!」
『単なる偶然か、もしくはあの者の意思に呼応したか。何にせよ、悠長が過ぎたようだな、キュアラよ』
デバイスの言葉で、ベルさんに視線を戻す。彼を包み込む茨に霧が入り込み、挙動を変化させる。
「くっ、なんだこれは! 言う事を聞け!」
ベルさんの茨は紫に染まり、川のように地を這ってエリーさんの真下へ。そのまま上昇し、エリーさんの手足を拘束した。
『ちょっと、何よこれ、なんでワタシに触れられるの⁉ い、嫌っ』
檻のようにエリーさんを閉じ込めて、茨は固まり、葉の無い巨木のような姿の魔物になった。
『自らの身を傷付ける魔法が反転し、愛しき者を守る。中央の核となる茨は魔力のみで構成されておるが故、幻魔体をも縛る、か』
「外側は魔力じゃないって事?」
『うむ。伸ばした干渉は魔法でも、その後の物体はただの茨よ。よって我の炎も満足に通らぬ』
デバイスが分析する間に、わたしとおじさまは戦闘態勢に移る。巨木は左右から一本ずつ、腕のように茨を生やしてきた。
「サタユキさん、手伝ってください! 罪なきエリーさんを、助けるために!」
叫ぶと、サタユキさんは木の盾と片手斧を握って飛び出してきた。
「おうよ任せな! 何が何だか分かんねぇけど、おねーさんを疑っちまったお詫びくらいはしないとな!」
わたしは振り向いて、ベルさんを見る。唖然としたままへたり込む彼の体は、邪教の霧を纏っていた。心苦しいけど、今のうちに伝えなくてはならない。
「ベルさん、あなたが今魔法を使うと、反転して魔物を強化してしまうかもしれません。ですから、ここはわたし達に任せてください! 必ず、エリーさんを救います!」
「キュアラ様、来ますぞ!」
おじさまの警告を受け、魔物に向き直る。霧を纏う茨が飛び出すのに合わせて、わたしは炎を撃ち込んだ。
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