第6話 傲慢な救済

 サタユキさんが千切れそうな勢いで腕を振り、わたしを呼んでいる。

『立ってキュアラちゃん、さあ』

 後ろからエリーさんに声をかけられて振り向くと、茨がうじゃうじゃと壁のように迫ってきていた。

「ひぃっ!」

 それでも抜けていた力は体を起こしてはくれなかったけど、おじさまが肩を持って立たせる所までは助けてくれた。

 悲嘆に暮れる時間を強制的に終わらせ、わたしは走った。ベルさんの首は赤かったけど、サタユキさんの救助のおかげか、頭と体は繋がっていた。

「メレザちゃん、またこいつに蘇生魔法を! 俺が、今度こそ死なせねぇ!」

「サタユキさん……」

 見上げるその顔は汗まみれで必死で、その中には色々な感情が混ざっているように見えた。親友を殺したのは親友自身だったなんて知って、彼はどんな思いでわたしに救いを求めるのだろう。

 わたしはベルさんに向かって膝を着いて、杖を置き、両手を組んで。だけど、それ以上踏み込もうとして、あの目と、言葉がわたしを責める。

「……できません……」

「どうし――⁉」

 隠しきれなかったわたしの弱さ、笑顔以外の暗い表情を初めて見たサタユキさんが言葉を詰まらせる。

「もしかして……蘇生の回数に、制限とかがあるのか……?」

 わたしは首を横に繰り返し振って、涙を拭う。

 同じ人を、三度までなら蘇生させたことがある。きっと、わたしが望む限り何度だって、レイナ様は応えてくれると思う。

 何も語らぬ死者が、何を願おうと。

「ベルさんがわたしに言ったんです。蘇生を願ってないって。自分の救済を……押し付けるな、って……」

 わたしたちはベルさんの事を何も知らない。自ら命を絶ち、心を閉ざす彼の思いを知らない。

「わたしが今ベルさんを助けても、それは助けにならないんです……わたしの願いは、祈りは、迷惑にしかならない……むしろ、傷つけてしまう……」

 わたしが差し伸べた手は茨だ。差し出したつもりの薔薇の奥にあった棘だ。

 それを知ってしまった上で、再び自分の思う救いの手を差し伸べる行為は、もはや暴力と言っていいのではないだろうか。

 いや、それどころか。知らないまま手を差し伸べた行為も、酷い暴力だったのではないか。

 さらには、シルメンの村で話を聞いて、知った気になっただけの蘇生も、果たして救済と言えただろうか。ベルさんのように、一方的に蘇生された後の人生を、楽しめなかった人もいたのではないか。わたしは放り投げるようにして、何もしていなかった。

 考えがどんどん深くに沈んでいく。どうしよう、どうしよう。

「わたしには……もう誰も、救えないのかもしれません……」

 突如、視界が揺れる。頭が揺れる。サタユキさんがわたしの肩を凄い勢いで揺すっていた。

「何言ってんのさ、メレザちゃんは俺を救ってくれただろうが!」

「で、でもっ……」

「ベルだって、生き返った後に飯食ってる時は笑ってた! 生きてる時しか出来ない事で、ちゃんと喜んでたんだ! メレザちゃんはそれを与えてくれた、間違いなく救世主なんだ!」

 光が灯り、エリーさんが姿を現す。

『あの子、ワタシと別れる時はいつも辛そうな顔してた。けど、話してる時はずっと笑ってて、楽しそうだった。ワタシに消えて欲しくなかったのは、ワタシが小さな救いだったのかもしれない』

「そう、きっと俺達が救いになってみせるさ! だからもう一回で良い、チャンスをくれないか……?」

 サタユキさんが人差し指を立て、笑いかけてくれる。わたしの闇は、まだ晴れない。

「でもそれじゃあ、わたしはいつまでも独りよがりじゃないですか! 強引に叩き起こされて、引っ張り出されて、傷付いたベルさんを二人が癒せたとして。わたしはいつまでも、酷い人のままです。辛そうだ、可哀想だって、助けてあげようって、好き勝手に手を差し伸べるわたしは、とっても悪い子で――」

「ならばいっそ、手を差し伸べなければ?」

 おじさまが低く、鋭くわたしを刺す。

「恨まれるくらいならいっそ、その場に伏したままでいてもらおうと?」

 息が詰まりそうになる。吸おうとして息が逆に荒くなる。

「そうありたいと、思うのですかな?」

 そんな事思ってない。はずだ。わたしは言い聞かせるように、首を振って否定する。

『キュアラちゃん。独りよがりでいいの。傲慢で良いの。救済なんて。あなた自身が、どうしたいか。それだけ考えればいいと思うわ』

「エリーさん……サタユキさん……おじさま……」

 わたし自身が、どうしたいか。周りに何を言われたか、願われたかじゃなくて。

 考える。答えは、すぐに出てきた。

「わたしは――やっぱり、ベルさんを救いたいです! こんな道しか選べなかった、ベルさんの奥深くの真実を知って。もっと幸せな、これからを与えたいです!」

 三人が頷く。わたしは膝を動かしてもう一歩、ベルさんに歩み寄り、祈りを籠める。

「ごめんなさい、ベルさん。あなたの気持ちを知っても、わたしがあなたを助けたい気持ちは変わりません」

 白い光が辺りに満ちる。レイナ様がわたしの思いに、覚悟に、応えてくれる。

「蘇生魔法を発動します。強い光が放たれるので、皆さんは目を閉じて――共に、祈ってください」

 みんなの祈りを注ぎ込んで、ベルさんは再び世界に降り立つ。

 それは酷な事かもしれないけれど。ただ、どうか、と。ひたすらに祈り続けた。

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