第5話 肉の檻を抜ける者

 そして夕刻。昨日と比べかなり早くに夕食を取る。そしてわたしとおじさま、サタユキさんで、数日前ユウレイさんが発見されたポイントとされる場所を目指した。サタユキさんは、家に残ると言ったベルさんの身を案じていて、同行しない事は賛成のようだった。

「メレザちゃん、昼ちょっと元気無さそうだったけど、大丈夫かい?」

 松明を持って先頭を進むサタユキさんが、こっちに振り向いた。それで転びそうになって隣に並んでくる。

「いえっ、そんなことは! でも、心配してくれてありがとうございます。今夜はベルさんのためにも頑張りますよ! ユウレイなんていないって証明してみせます!」

 重たい悩みはあるけど、ずっと抱え込んで沈んでもいけない。強引にでも切り替えて、進まなくてはいけなかった。

『もしやキュアラよ、お主ユウレイとやらを信じて怯えておるのか? 杖を握る両手はあまりに強いし、声は進む度に震えておるぞ』

「絶対魔物! でも一応調査しないと、大地を浄化してからも残り続けたりした時困るでしょ、ねっ!」

 日が沈んで少しずつ暗くなる森が怖いだけだから、ほんとに。

 でも杖はお姉ちゃんの形見だから、握る手には本音が出てる。

「はははっ、ほんとに元気そうだ! てか浄化ってなにさ、それがメレザちゃん達の使命ってやつか?」

 デバイスの声が聞こえなくても大丈夫そうなサタユキさんが、体を揺らして愉快に笑う。

「はい。魔法が使えなくなったりもしますけど、いずれ来たる危険な魔物による被害を防ぎます」

「確かにそうなると、幽霊は不安要素かもしれませんな。歩く膝が曲がるキュアラ様の気持ちも分かりますぞ」

 おじさまが笑ってて、ようやく自分の情けない膝に気付いた。

「や、ちがっ……もーっ! ユウレイなんていないのにーっ!」

 二人と一体が笑って場が和み、夜の森が明るくなった。



 さらに進んで、違和感を覚える。森が明るくなったのは、雰囲気の問題だけじゃない。

 水玉のような青い光がいくつも空中に浮かびあがり、森を染める。全員ほぼ同時に歩みを止め、その光を注視する。

「おでましですかな」

「前はこの光の中から茨が飛び出した。二人とも注意してくれ!」

 サタユキさんは松明を持っていない左手を背中に回し、背負っていた木の盾を掴んで構えた。

「だったらわたしが、真実を見定める!」

 震える体に鞭打って、やけになるように杖を光のひとつに向ける。

「アウェイクフレイム!」

 射出された炎は水玉を貫き、蒸発するように消え去った。連動するように他の水玉も消え、森が本来の暗さを取り戻す。

『きゃあああっ! ちょっと待って降参降参、戦う意思なんて無いわよぉ!』

 デバイスじゃなくてお姉さんの声が、耳から響いてきた。

「幽霊が茨を出す前に勝っちまったのか……?」

 同じ声が聞こえたらしいサタユキさんが呆然としている。

「よし、高い知能を持った魔物さん、もしくはエルフさんだ! わたし達もできれば戦いたくないので、姿を見せて話し合いませんか?」

 ユウレイ説の否定が出来たわたしは胸の前で拳を握り、勝利を喜んだ。

『いやぁ、残念ながらそれはハズレね~』

 水玉の光が再び浮かび、わたし達の前方で横方向に茨が伸びる。複雑に絡まって固まるその傍に、二十代後半くらいの大人の女性が微笑んでいた。

 光が無いと視認できないのだろう、その半透明の体をくねらせると、同じく半透明の長い赤髪がさらさらと揺れる。服はほとんど着ているように見えないけど、光る体のラインがうっすら見えた所で、裸とも思わない。

『ワタシはエリファネル。肉体と離れて魔力だけになっちゃった、フツーの人間よ。エリーって呼んでね、ちゅっ!』

 サタユキさんとわたしが投げキッスをかわしたら、おじさまが片手で収めるようにキャッチして、そのまま胸の前に持ってくる。もう片方の手を横に伸ばし、優雅に礼をした。なにやってるんですかおじさま。

「ご機嫌麗しゅうエリー譲。こちらは、貴女を調査しに来た者です。詳しい話を、お聞かせ願えますかな?」

 顔を上げた時、爽やかな笑みはきりっとしたお仕事フェイスに早変わり。エリーさんは胸の上を掴むようにして『きゅん……』とわざわざ口にした。



 プロ(?)の対応で壁を越えたおじさまのおかげで、エリーさんは茨で組み立てた椅子に座り、テーブルに肘を乗せるリラックスモードになっている。わたし達の分も椅子は用意されたけど刺々しくて、肉体のある状態だと遠慮するしかなかった。

 わたし達も名乗った後、エリーさんがそのような姿になった事情を尋ねると、迷いなく話してくれた。

『カルロ・ゼニムスって人は知ってるわよね?』

 貧困地域で一瞬聞いた名前、くらいしか知らなかった。しかもゼニムスなんて名も付いてるなんて、余程の要人。今後会って話をする必要がありそうだった。

 わたしはおじさまと顔を見合わせてから首を振ると、サタユキさんが腕を組んだ。

「俺が元居た場所や、その周辺地域も広く治めてる野郎だ。貧富の差を気にしないどころか悪化させて、でっかい遺跡を根城に好き放題してる」

 エリーさんが頷いて、続ける。

『そいつ、人の手で人間に新たな異能を覚えさせる実験をしてるのよ。ワタシはその実験台の一人として捕まって、体弄られて、意識ごと魔力が分離しちゃったってワケ。茨の魔法は体の方のワタシが持ってなかった魔法だから、成功っちゃ成功なんでしょうけど』

「俺らが明日の飯を探す間によぉっ、あんの野郎は……!」

 サタユキさんが茨の椅子を蹴る。弾かれる。

「痛ってて……。確か魔法って、人間が超常的な神の子孫だから、僅かに残る血のおかげで奇跡を起こせる、だったよな? 強い魔法使いの血でも飲まさせたのか?」

 力を授かっておきながらなんという解釈を、なんて言いたくなるのを堪える。きっと現代の一般人の常識がそっちで、わたしが話しても笑われるかもしれない。というか真実はそれこそ神のみぞ知るところで、わたしはそれを知るために角と尻尾を生やしているのかもしれない。

『もっと別の事をされたわよ、同じくらい気持ち悪い方法でね。まあそれはいいわ。とにかくそれで分離したワタシはあいつらから見えなくなって、死んだ扱いをされたからそのまま逃げて来たの。で、魔物として討伐対象にならず、覚えた魔法を使ってもバレなさそうな場所でセカンドライフね』

 こんな感じでどうかしら、と、エリーさんはサタユキさんの盾と、わたしの杖を下ろすように手で促す。あまりに気になった正体を明かせたけど、元々知りたかった事は判明しなかった。

「もう一つ、聞かせてください。ベルさん――トナベルさんという男の人を、知っていますか」

 話の中で聞けると思った名前を、こちらから出す。エリーさんが驚いた顔をすると、サタユキさんが松明を向けて構えた。

「心当たりあるんだな⁉ なら言え! 俺とあいつはお前のせいで――」

「サタユキさん待ってください! わたしの蘇生を、無駄にしないでください……」

 ベルさんは生きてる。だからエリーさんが過去に何か事故を起こしてしまったとしても、失っているものはない。それは憎しみを和らげる力になる。

 そしてベルさんは、わたしの蘇生を否定した。だからサタユキさんが心穏やかでいないと、わたしの行動の全てが独りよがりになってしまう。

 意図の半分が伝わったサタユキさんが足を戻してから、エリーさんは話し始めた。

『森の魔物に襲われてたのを助けてくれた子よ。それから仲良くなって、ほぼ毎日話したわね。肉体が無いと徐々に魔力が霧散していくって気付いてからは、あの子が魔力を分けてくれて。今もこうして存在できる。別に消えても良かったけど……そう言ったらあの子、寂しそうにしてたから』

 目を細めるエリーさん。おじさまが顎に手を添え、唸る。

「エリー譲。魔力を分けるといった儀式は、どのように行われますかな? 茨で体を締め上げたりなどでしょうか」

『何よ怖い、そんな事しないわよ。展開魔法陣の光の中に手でも突っ込んで貰えば、簡単に吸収できちゃうわ』

 サタユキさんが踏み出したいのを耐えている。わたしが代わりに切り出す事にした。

「数日前、ベルさんが茨に首を絞められて、命を落としました。蘇生魔法で今は生きていますが、今後の為に調査しに来た、というわけです」

 勢いよく椅子を立ったエリーさんは、目を見開いて狼狽えた。

『何よそれ、わたしはそんな事してないし、魔法の暴発も有り得ないわ!』

「じゃあどうしてあいつは死んだんだ! 俺はこの目で見てる。間違いなくあいつは自然じゃ有り得えないほど伸びた茨で首を切られていた!」

『形跡じゃなくて、その瞬間はちゃんと見たの⁉ わたしの茨は使った後もしばらく光る。別の魔物による可能性だって……!』

「あっ……!」

 わたしの声で二人が静まり、視線が集まる。もしかしたらサタユキさんやエリーさんは、見た事が無いのかもしれない。あの暗く、虚ろな瞳を。

「いや、まさか、そんな」

 心が勝手に現実逃避していた。実はもっと早くに気付いていたかもしれない。

 でも、怖かった。あんな事を言われて、それでも彼のために動き続けようとするのが。

「どうしたメレザちゃん、言ってくれ、何か知ってるなら、何でも」

 額に多量の汗をにじませたサタユキさんの方に視線を向け、恐る恐る口に出す。

「あの、ベルさんの魔法って……蔓とか以外にも、どんな植物でも動かせるんでしょうか。例えば……茨、とか」

「は……?」

 思考が定まらないサタユキさん。直後、茨のテーブルが蹴飛ばされ、サタユキさんとわたしの間を通過する。

『何ボーっとしてるのよ、今すぐ走って案内しなさい! 今すぐ!』

 脳に響くような鋭い怒号を聞いた瞬間、わたしたちは駆け出していた。

 長い道のりを越える一瞬に、疲れを感じる余裕もなかった。

 わたしと、それに並んできたおじさまより先に遺跡に到着した、サタユキさんがベルさんの名前を叫んでいる。

 地に転がるベルさんの上空には、木から木へ長く繋がった茨。その棘からは、赤い雫が滴っている。間に合わなかった。

「どうして……どうしてですか……ベルさん……!」

 近くに駆け寄る事も出来ず、わたしは膝から崩れ落ちた。

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2024年11月30日 20:05
2024年12月3日 20:05
2024年12月7日 20:05

双璧のメレザ 高嶺バシク @Bashiku_takamine

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