第3話 メレザとしての初蘇生

 食材が入っていそうな箱や、斧や薪など、物置スペースになっている部屋。さっきの大部屋からつたの火をひとつ持ち込むと、全方位の壁が照らされる狭さだ。

 その中央に眠る、緑の髪を背中まで伸ばした男性。身長はサタユキさんと比べるとかなり低く、まだわたしと比べた方が差は無いくらいだ。

 他の特徴としては、耳が横に長く尖っている。元は魔物で、レイナ様がその魔力や魔法に高い知性を備える能力を与えた結果、長い年月を経て人間に似た新種族として発展したとか。名前は確か、エルフ。人と関わる事は少なく、生活圏も魔物寄りになるため目にするのは初めてだ。シルメン島にもいるにはいるらしい。

「茨の強い締め付けで、最後にゃ首が切られてたよ。そこだけはくっつけた風に置いてでかい葉で隠してるけど、刺激が強かったら悪いね。――って、意外と余裕そうだ」

 服の隙間から見える体は傷だらけだけど、切り傷みたいなものは無かった。毒に侵されたような感じも、魔力を浴びた感じもしない。純粋な締め付け攻撃だ。

 わたしは膝を着き、手を合わせる。エルフの蘇生は初めてだけど、きっとやれると信じたい。

「色んな怪我とか、死因を見てきましたから」

 怪我を見る目も、血を嗅ぐ鼻も、最後まで足掻く呻きを聞く耳も麻痺してる。ただ人の死という、その現実を受け止める心だけが、しぶとくわたしを苦しませてくる。

「ベルは森で長い事生きてたらしい。ボロボロになって倒れた俺に食い物転がして、もっと自分を大切にしろ、楽しめ、短命なくせに勿体ないって言ってきた」

 サタユキさんも傍に正座して、ベルさんを見下ろす。

「チビのくせに偉そうだって言い返したら怒って、初対面ですぐ喧嘩したよ。他人と素直に話せなかった俺だ、エルフのコイツとの方が相性いいのかもなって。勝手についていって、暮らして、もう何年たったか」

 思い出を振り返るように目を閉じて、俯くサタユキさんの声は、なんとなく楽しそうで。表情も笑っているように感じた。

「……で、どうだメレザちゃん。蘇生なんて出来るのか?」

「やってみます。あと今更ですけど――いえ、なんでもないです」

 できればキュアラちゃんの方が慣れてるからー、なんて。そんな事言える場でもないし、わたしも向き合わねばならなかった。名前と、その重みに。

 疑うような目で見られて、わたしはひとまず回復魔法の発動を試みる。緑の光が部屋に満ちる。安堵は表情にも出た。

「良かった、できました。では始めますので、サタユキさんは目を塞いだり、背を向けたりして、こちらを見ないようにしてください」

「時間、かかるのか?」

「いえ、そうではないですけど……この暗い部屋でやると視力を奪われるほど、強烈に光る魔法なので」

「ははっ、そりゃ大変だ。なら警告通り、見ないでおくから。頼んだよ」

 片手で顔を割って会釈したサタユキさんは、座ったまま足をズラして反転した。

 お互い笑って話を終えられた。これは大切な事。世界に降り立った人が、自分を迎え入れる人の顔を見る。それは間違いなく、笑顔であった方が良いから。この世界に、希望を持たせられるはずだから。

 押し込んだ感情が、少し漏れ出す。けど涙までは流れなかった。わたしにしては落ち着いている。

 気を取り直して、蘇生魔法を発動。白い輝きが部屋を満たす。わたしは目を閉じ、祈った。

 明日は通称ユウレイを調査しよう。以前のわたしは無力だったから、蘇生させた人を傷つけた魔物や事件、過去に触れられず、ただ祈る事しか出来なかった。

 残った憂いまで晴らして、癒してあげよう。新たに得た力の使い道の一つを、見つけた気がした。

 だから安心してください、ベルさん。あなたのこれからが、幸せでありますように。

 思いを籠め、目を開ける。再び世界と繋がり、首も繋がったベルさんが視力を取り戻す。

 わたしはレイナ様に感謝しながら、祝福するようにベルさんに微笑んだ。



 その夜は遅くまで続いた。作ったお肉の丸焼きと、わたしのタルトをみんなで食べた。記憶障害中のベルさんの肩を組んで、サタユキさんはお喋りしっぱなしだった。その笑顔に陰りは一切なく、ベルさんにもその笑みが移っていた。

 四人揃って就寝。布団は二人分しかなくて、サタユキさんはベルさんに、おじさまはわたしに使用権をくれた。けど草を被せた程度の二人は、横になって数秒で寝てしまった。

「僕は何故、ここにいるんだ……」

 ベルさんは天井へ手を伸ばし、呟く。

 食事中もよく繰り返していた言葉。そろそろ記憶も戻り始める頃だけど、エルフは少し遅いのかもしれない。

「いて欲しいと、願ったからです。どうか今は、おやすみなさい……」

 手の届く距離にある隣の布団。わたしは彼の頭や、伸ばした腕の根元を撫で、言葉をかけた。

「願いか、そうか……願いは、こうも、届くか……」

 腕を下ろしたベルさんは、そのまま寝息を立てた。

「あなたにご加護が、ありますように」

 初めての布団と天井。気温に湿気に、虫の声。思えば初日から、色んな事があった。明日も明後日も、新しい、色んな事ばかりなのだろう。

 体が疲れを思い出す。わたしも目を閉じると、意識は一瞬で落ち――なかった。

「ううっ、尻尾つぶれる、気になる……どうするのこれ、器用に曲げながら寝ろって事なの?」

『昨日は横向きに寝ていたであろう、ぐっすりと』

「だってその日は、お姉ちゃんのベッド……見ていたかったし……今日はどっち向いても男の人だよ、お兄ちゃん以外は初めてだよぉ……」

『目を瞑れば同じだろうに、面倒な女子おなごめ』

「むー。というか、どういう仕組みか知らないけど、デバイスってわたしが寝てるのずっと見てたの? 恥ずかしいんだけど……」

『体の一部なのだから、見るも何も、お主の感覚で分かる事は分かるだけだ』

「待って、ひとまず考えるのやめたくなったかも。頑張って寝るから喋らないでね」

『少々理不尽ではないか?』

 寝るまでけっこう時間がかかった。結局横向きの結論に至った。

「……明日もよろしくね、デバイス」

『…………うむ』

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