第11話 喪失と使命

 目を開けると、夜。

 頭上で燃える篝火の熱を感じて、意識が落ちる前までの記憶を思い出す。

「わたし、何をやったんだろう」

 魔物に溢れた村を、島を救った。邪教とやらの影響を消し去って、恐らくレイナ様も救った。

 でも、それだけだ。分からない事が多すぎて、あまり達成感は無い。

 わたしの努力が報われたかどうかを知るためには、ひとまず聖堂に帰る必要がありそうだった。

 起き上がると、おじさまも腰を下ろして眠っていた。あまりに静かだったのでほふく前進で近付く。ちゃんと息をしていた。

 わたしのせいで苦労をかけてしまった。起こさないように首を下げてお礼を言う。

 階段を少し降りて、彼のもとに跪く。ダリュくんの顔は勇ましく、未だ命を残しているようにも見えた。

「あなたの事、まだちょっとだけ、恨んでるよ。だから、逃がさない」

 両手を組み、祈りを捧げる。ダリュくんには、まだ生きていてもらわないと。

 祈りにレイナ様が応える感覚がある。レイナ様は今再び、長い眠りについたのだろう。

 レイナ様がわたしに向けた表情を思い出す。レイナ様もあの異変が怖かったんだ、悲しかったんだ。わたしが安息に導けたなら、嬉しいです。

 ダリュくんは、わたしの魔法でおかしくなっちゃった人々を、どうにかして元に戻そうとしていた。お母さんのことを思ってか、それ以外の理由か。ともあれ彼は今の、これからの村に必要な存在だった。

 だから、もう少し長く、苦しんで欲しかった。

「魔法が、効かない」

 魔法自体の発動はしている。その感覚はある。まさかと思って、問いかける。

「デバイス。ダリュくんが蘇生しないの。どうしてか分かる?」

 眠っていなかったデバイスは、すぐに返答した。

『当然のこと。我らは覚醒の篝火にて祝福を与えた。ここは今、魔法が効かぬ土地となったのだ』

「どうして? 分かるように言って」

『これでも努力しておるのだが……。邪教のオーラは魔法、魔法は神の力。その脅威から守るため、神の力を遮断したというのが今回我らが行った事よ。邪教の脅威が、女神が乱心する心配が無くなったと判断されたなら、再びこの地に神の力を許可しよう』

「な、なるほど……」

 とんでもない事をしてしまったみたいだ。でもつまりそれって、邪教の脅威とやらがあろうが、それを食い止めようが。レイナ様の力を使うだけのわたしは、ダリュくんやみんなを蘇生できないって事だ。

「そっか。じゃあここは、ダリュくんの望んだ、ごくごく普通の世界なんだね……」

 夜空を見上げ、すっぱり諦めた。そして改めてダリュくんを見下ろして、ダリュくんや、ケンジくん。犠牲になってしまったみんなを想って、深く悲しんだ。



 傍で寄り添うようにして、生まれ変わった島を眺め、おじさまが起きるのをゆっくり待った。

 その後二人で神殿に帰り、眠るレイナ様に祈った。戦いの跡は残っておらず、ただいつも通りの光景が広がっていた。

 もう夜も遅いし、色々ありすぎた。朝になってから改めて今後の話をしようと言われ、ちゃんとしたベッドで寝る事になった。

「ただいま」

 慣れ親しんだ自室の扉を開けて、挨拶をする。小さな窓から、夜空だけが照らす暗い部屋。小さな声は壁に当たり、帰ってはこない。

 なんとなく、そんな気はした。闇を消し去ったって、帰ってはこない。

 たまにお願いしたら、入って寝させてくれた、わたしじゃない方のベッド。そこに杖を置き、隣の床で膝をつく。

「頑張ったよ。わたし、言われた通りに、いっぱい頑張ったよ」

 同じ目線の高さにある杖に向けて、声をかける。しばらくそのまま待ってみる。静寂。何も聞こえてはこない。

「だからね、今日はいっぱい、褒めて欲しいな。頑張ったねって、偉いねって。頭を、撫でて欲しいな」

 しばらくそのまま、待ってみる。静寂が続くと、口を開きたくなる。

「ぎゅーってして、なんて、欲張らないからさ。わたし、我慢も覚えてきたから。キュアちゃん、って。呼んで欲しいな」

 しばらくそのまま、待てない。膝を擦って、近くに寄って。ベッドの上に、頭を乗せて、顔をうずめて。両腕を乗せて、手を握って。

「わたしのそばに、いてほしいな」

 だめかな。だめなのかな。お姉ちゃん。



 朝。ベッドから起き上がって、フードを被る。靴を履いて、引き出しの中の物を取り出し、部屋を出る。

 行ってきますは言わない。この部屋には、誰もいない。

 扉を閉め、廊下が伸びる。今日も一日の始まりだ。

「笑顔笑顔」

 笑って。

「笑顔、笑顔」

 よし。



 シスターのみんなと、朝のお祈りをする。朝食を食べる。笑って挨拶できた。良かった。

 礼拝堂には珍しく、お父さんとお母さんが並んで立っていた。ホルクスおじさまがお父さんと話している中に、わたしが突入する。

「おはようございます。司教様」

「おお。キュアラ、くん。おはよう」

 お母さんは喋らない。お父さんが司教になって、その補佐になってから、一切口を開かなくなった。

 おじさまは一歩その場を退いて、話の場を作った。

「今日は君に、重要な使命を与えに来たのだ。キュアラくん、いや――メレザ・キュアラ・サクレリテス様」

 名前を呼ぶ順番は貰った順番の逆だ。生まれる前、生まれた後、そして昨日。

「あなたにはその力で、この世界――アクラウムに現れてしまった不浄を、どうか浄化していただきだいのです。御付き兼護衛に、ホルクス殿も同行します」

 レイナ様の暴走によって、世界は不安定になった。シルメン島はこれから少しずつ元に戻っていくけど、影響は島嶼群全域に及ぶ。それを正せるのは、メレザだけだ。

「引き受けて、いただけますかな?」

 わたしは即座に頷く。明るく笑うと、お父さんも笑顔になった。

「ええ。わたしに成せるのでしたら、喜んでお引き受けします。レイナ様のため、身を捧げる思いで頑張らせていただきます」

 祈るようにして目を閉じ、頭を下げた。お父さんと一緒に顔を上げ、目を開ける。

「しばらく留守になりますので、どうか聖堂のこと、よろしくお願いします。それでは」

 既に準備は出来ている。礼拝堂の扉に足を向け、歩き始める。おじさまは無言で隣に付く。

「あ、あぁーその、キュ、キュアラ」

 呼ばれて振り返る。言葉を待った。

「父として、謝らせてくれ。世話をレスカに、ジェムスに任せきり、私たちは何もしてやれなかった。二人がいなくなってなお、重い責務を背負わせるだけの私を赦せとは言わぬ。ただ、本当に、すまないと思っている」

 真っ直ぐ降ろした拳を腰の下で握り、険しい顔で俯くお父さん。わたしは微笑みを絶やさずそのまま、答える。

「わたしの親は、これからもレスカとジェムスの二人だけです。司教様はいつまでも、皆さんのための司教様でいてください」

 会釈し、今度こそ大聖堂を後にする。振り返る事は無かった。



 荒らされたって、まだそこに命も安らぎも残っている。島が再びレイナ様の加護を受ける時、このお花畑もかつての姿を取り戻すだろう。

 祈りを終え、立ち上がる。大聖堂に、神殿に、もう一礼。

「心残りは、これで全部ですかな?」

 おじさまが優しく問いかける。わたしは頷いた。

「はい。これで大丈夫です」

 旅立ち。出立の時だ。わたしは使命を受け、十五年過ごしたこの島を後にする。

 各大陸を巡り、異変を調査し、メレザの炎で浄化して。最終的に一度、アクラウム島嶼群から魔法を消し去る。そうした後に改めてレイナ様が力を与え、万全のリセットを行う。

 とまあ、そんな事はわたしにとってそれほど重要じゃない。正直、規模が大きすぎてわたしの頭じゃついていけない。レイナ様や聖堂のみんな、デバイスには悪いけど、今の所優先度がとっても低い。絶対怒られるから口には出さない。

 わたしはこの立場と使命による、力や護衛がある遠征環境を利用して、お姉ちゃんとお兄ちゃんの捜索をする。見つけて、捕まえて、必要に応じて説得して。みんなでここに帰るんだ。

 お姉ちゃんを消した霧が魔法なら、篝火に火を点けた時点で解放され、体が神殿に吐き出されるはずだった。そうなっていないという事は、あの穴はどこか遠くへ移動させる魔法だったという事だ。

 探せば見つかる。絶対に。世界のどこに飛ばされたとしても、わたしはお姉ちゃんを迎えに行く。

「では、参りましょうか。まずはシルメン島の隣、東方大陸とも呼ばれるゼニムス島です」

 おじさまと共に、橋を渡る。杖を握り、決意を固める。どんな小声でもデバイスは聞いてくるので、空を見上げ、想いを飛ばす。尻尾は左右に揺れた。

 待っててね、お姉ちゃん。

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