第40話 ゆびきり

 ゆびきり


 望は中学生のとき紫と手を繋いだことを思い出していた。きっとあのとき中身が大学生だった紫は、今の菫と自分と同じような恐怖に支配されていたのだろう。紫にとっては頼りない話し相手だった。だから、紫と再会したセンター試験の夜、自分を道連れにはしなかったのだろう。

 望は菫の察した通り紫の呪縛から逃れたいと思っていたのかもしれない。だからすんすんに希望を見た。あの日、どちらを選んだとしても、あの時できた後悔の少ない最良の選択だったと信じている。望の追憶の彼方菫はしっかりした口調で告げた

「未来の私はきっとここで小夜の死を思いとどまらせればきっと抱えている悩みが解消されると思っていた。でも実際はパラレルワールドでここの歴史を変えても、未来の私と称する人の歴史は変わらない」

「さすがは名探偵ビオラ。でも、もし小夜が僕たちのせいで命を絶ったら、やっぱり菫さんは時空を彷徨うのかな」

 望は菫の推理が的を射ていると思いながら何かがおかしいと考えていた。未来の菫がそんなに凡庸とは思えなかったからだ。ここ数日会話しただけで有美や紫と同じような波長を感じている、今の菫が持て余すような頭脳を持っているのに、未来の菫が物足らないというのは信じられない。あるいは菫に憑いているのは菫でないのだろうか。

「ねえ、2つ目の依頼、小夜と何を話したの?」

 望はできる限りの冷静な顔で

「菫さんに幕を閉じていない物語を簡単に話す人なんだって思われたくないな」

「80点。さっき望は私が1番だって言ったわよね」

 望はその言葉に嬉しくなった

「100点。才媛の返答だね。惚れ甲斐のある人だよ、菫さんは」

「望はそういうところがあざといよね。女慣れしていていやらしい」

「菫さん以外には話さないよ、こういう状況になっても」

 菫は薄笑いを浮かべた

「どうしてかしら?」

「さっき指切りをしてくれたから」

「…」

 望は菫が期待した言葉と違っていることは分かっていた。望は深淵に落ちることを覚悟しているつもりだった。しかし菫が自分を深淵の中に光を与えて出口を知らせてくれることを期待していたのかもしれない

「点数をつけてくれないの?」

「バカ」

 菫は望の頭を力なく叩いた

「小夜さんは前の学校で地獄を見せられたんだ」

 菫は驚いた顔をして

「地獄?」

 望は予備校の恩師と最初に話したときに希望する専攻について聞かれた。望は環境化学を志望していると伝えると恩師は突然不思議な話をした。

 日本にまだ侍がいた頃、お金持ちの商人が病気にかかった。病気は重かったが医者にかかると大分症状が改善した。でも完治はしなかった。

 商人は発病後12年ほど後に亡くなったが、亡くなるまで医者に通い続けた。

 商人の妻や子は、夫が12年も生きられたのは医者のお陰と死後も感謝を忘れなかった。

 実をいうと、医者は病気を治せる手段を知っていた。しかし、直してしまうと商人が医者のところに来ることがないことが分かっていて商人を完治させることはしなかった。

 恩師は笑って望の肩をたたいた。

 この話を小夜にしたら、小夜は両目に涙を浮かべ黙々と泣いていた。このとき天河の大将が話しかけるかどうか迷っていることが印象的だった。

「望は元々環境化学志望していたんだ、いつ構造屋に心変わりしたの?」

 望は菫の返答に驚いた。望は、自分が小夜の話をするのを聞き続けるのが辛いのだろうと推測した

「偶然旧友と会って、ウチの大学を受けることを決心した」

 7月に、本屋で偶然旧友の斎藤に会った。斎藤は美しい女性と一緒だった。望は”ゆき先輩”と呼ぶ女性に、いままで感じたことのない印象を受けたというのが言葉としては一番近い表現である。同時に初対面の女性からこれほどの劣等感を受けたことは初めてだった。この感覚は競技場で選手を見て、自分がピッチに立っていない屈辱感の要素を含んでいるがそれだけではない。そこまで説明すると菫は

「美人な彼女ができて、ヤキモチを焼いたんだ」

 言葉としてはそれで合っているが、大きな違和感がある。美人というのは誰が見てもほぼ共通に認識できるからである

「いや、電気科といえば女性が少ない学科だ。それであの容姿を持つならば、奈緒みたいに大学ではお姫様の位置づけになってもおかしくないのに、ゆき先輩は斎藤を選んだ、彼女には斎藤のポテンシャル(潜在能力)を見抜く感性を持っていることに驚いたんだ」

「望は斎藤君に惚れていて、ゆき先輩に取られたことに嫉妬したとか?」

 望は菫が笑っていないことが怖かった

「小夜さんと奈緒さんじゃあるまいし、僕はパウリの排他原理よろしく、”対”になる相手を望んでいますよ。ゆき先輩が数多の男の中から斎藤を選んで、ゆき先輩が会話を通して斎藤のポテンシャル(潜在能力)を見抜いていることが分かった。 彼女自身の能力が高くてお互いが相補しながら大学生活を謳歌していることに嫉妬した。だからゆき先輩のような人と出会う確率を高めるために身の丈に合わない難関大に挑んだってこと」

「ゆき先輩ってそんな美人なの?」

 望はそれが枕詞と解釈した

「菫さんや有美さん程じゃないかな、相対的に見ると奈緒さんくらいの美人かな」

 菫は渋い顔をして

「なんか、その表現ムカツクわ」

「女性を褒めるのは難しいな」

「40点。主語が広いぞ」

「菫さんは美人ですよ」

「今ここで聞いても嬉しくない」

「僕が消滅しなければ、菫さんが慶んでくれる言葉をもっと勉強します」

「条件付きの言葉か・・・、消滅と言えば、紫さんは元の世界に戻れたのかしら?」

望は菫の魅力は質実剛健であるとほくそ笑んだ。菫は自分の許容能力を理解して、許容範囲内のことは容赦なく言葉にする

「どうだろうね、今はヒルベルト空間で実体がないかもしれないけど」

「複素関数か、化学科は手を出さない世界ね」

 望は19歳の菫が発する言葉に選ばれた女性を感じた。きっと自分以外には発する機会のない言葉だ。重い話を切り替えようと思った。あの日、2人に会ってウチの大学と化学科を志望した。そして絶望を祓えた理由はまだ自分が競技場のピッチに立ちたいと思ったからだ。そして今は来た。

 大学に行けば、きっとゆき先輩みたいな人に会えると思って、何かに憑かれたように勉強したな、女が絡むと必要以上に力を発揮しちゃうんだな・・・。僕は」

「で、期待通りだった?」

「まるで楽園に来たみたいだったな。女性に関して言えば一生のうちで一番いい環境かもしれない。ここには不快を感じる女性がいない。そしてその中でも菫さんと2人きりで出かけているなんて…もう思い残すこともないかな。1番の女性だし」

「嘘つき、小夜に声をかけたくせに」

「小夜さんには潮時が過ぎていて引き際を感じていたし、小夜さんから引導を渡して欲しかったのかもしれない。今更小夜さんに声を掛けないってのも失礼かと思って・・・

 実は有美さんの友達でかなりヤバそうな人がいたので、小夜さんにけりをつけてその人紹介をしてもらおうかと思っていたんだ」

 望は言うべきではないと分かっていた、しかしこの話は昨日奈緒にしている。奈緒だけが知っている話にする気はなかった。菫は大きく息を吸った

「そういう事情なのね。よ~く分かったわ、で、そのヤバい人ってどんな人?」

「高校時代の忘れ物かな。名前も知らないし、写真も見たこと無いが」

 菫は望の耳を引っ張った。望は彼女面される筋合いはなかったが

「痛いんですけど」

 菫の目は据わっている

「何故なんでしょう?言葉にできない位、腹が立つのですけど」

「高嶺の花は眺めているだけでいい、自分の能力を自身で知っていないと命がいくつ有っても足らないよ。まともな人間なら崖を登って落ちることが分かっているのに昇ったりはしない。マングースは砂漠にいて食べ物がないからコブラと戦うんだ。食べるものが他にあるなら、コブラとの戦いに挑んだりはしない。

 それは、突然素手で竜と戦うようなもんだ。でも間違って勝っちゃうこともあるからな」

 菫はしたり顔で

「竜と戦う訳ね。ところで望は竜をみたことがあるの?」

「同級生の巨乳好きな奴と、あと口の悪い上方の司会者とか、先祖を侮辱して小説書いた奴かな・・・なんか腹立ってきたな、そうそう、自殺した奴は仏教の発想だと地獄に落ちるらしいな。そういう人が結構いるから住職は絶対口にしないらしいけど」

 中学の時、国語の先生が小説の作り話を根拠に先祖を侮辱したことは許せなかった。これは同じ先祖の斎藤も同感して先生に深い憤りを語った。それを指摘した紫と望に感謝を直言した程だった。興奮を始めた望に菫は涼しい声で

「小夜は望の思わせぶりな態度で地獄行きか」

「だよな、僕のせいだよな。僕は地獄に落ちる覚悟をしているからさほど気にしないけど、小夜さんは死の恐怖よりも現世にいることが嫌になったんだな。

 そのせいで未来の菫さんはずっと小夜の死を引きずっていたんだろな」

 望は言葉が乱暴になったことを些か反省した

「望はそういう大事(おおごと)に涼しい顔をしていられて凄いね・・・」

「そう見えるかい?小学生の時、憑かれて死にかけたからね。何事も経験がものをいうと思うよ、あのとき結構死が近いところにあったみたいだから。それに紫さんとの一件もあるし」

 望は言った後に後悔した。菫も自分の身体が奪われる恐怖に曝されているのだ。

「望、私のために、ありがとう」

「菫さん、お弁当ありがとうございます。美味しくて嬉しかった」

「ずっと、騙されていたいな」

 望は菫の言葉の意図が分からなかった。菫は何に騙されているのだろう。追求する気がないので話を変えることにした

「そういえば、未来の菫さんに僕がしたプロポーズの言葉を聞いたよ」

「なんて言ったの?」

 直ぐに返答が来た。望が意図したとおり、菫の食い付きは良かった

「まだ、付き合ってもいないのに、プロポーズしちゃって良いの」

「バカ!」

「そういう機会が訪れたらもっと良い言葉を考えておこうと思った」

「で、なんて言ったの?」

「菫さんが僕と結婚してくれるならば教えてあげる」

「ば、バカ! 何てこと言うのよ」

「僕はずるいよね、結婚すること聞いたから、菫さんに気を遣わず話している。それを知らなければこんなかわいい菫さんとは、緊張して言葉が上手にでなかっただろうな」

「有美さんや奈緒といつも一緒にいるくせに」

「有美さんや奈緒さんには下心がないからね」

 菫は望の頬をつねった

「私は身体が目当てか!」

「見事見破ったな明智君!」

 菫は冷たい声で笑った。望は菫に気を遣わせるのは申し訳ないと感じたが、今は2人でこの難題に挑むしか手段がない

「ごめん、推理するのは小夜の話ね」

 望は嫉妬心の強い菫にとって幕の閉じていない小夜の話は苦痛なのだろう、この1時間程度の会話の節々に菫の嫉妬心を隠している素振りが伝わって来た

「小夜さんの話を聞くのは嫌だろうが菫さんの推理で僕を助けて欲しい」

 望は自分の言葉が事務的になったことが、余所余所しくて不快だった

「小夜に負ける要素は私にはないよ」

「大きく出たな」

 菫は不意にうつむくと、徐に右手の小指を立てて憂鬱な眼差しで見つめていた。望は菫の長い沈黙に付き合っていたが、菫は突然口を開いた

「小夜は泣いていたの?」

「ああ、3年間我慢していたみたいだ」

「そっか、望は私にも親身で対応してくれたから、当然小夜にもそうするよね」

 この状況を作ったのは、小夜の話を聞けと指示した未来の菫だが、今は口にしてはいけないことは、碧や桃香が無言で教えてくれた。恋愛に”誰かの責任”は禁句なのだ。

「小夜の周りには小夜の言葉に耳を貸す人はいなかった」

 菫は握った手に力を入れると、望は負けないくらいの力で握り返した

「未来の私は酷いことするね」

「僕には予備校の恩師がいて、道標を示してくれた。でも小夜さんにはそういう助言を与えてくれる人がいなくて、選択すべき道を誤ってしまった。3年間合わない考えの人達と無理して一緒にいて、愚痴を言える人もいなかったみたいだから」

 菫は握った手を緩めた

「私も望も仲間はずれの経験者だから、そういうところに敏感だけど、大学に入っていきなりだと辛いでしょうね」

「気になったことがあったんだ。

「僕は聞くだけしかしないつもりだったけど、小夜さんは色々な意見を聞いてきたんだ。凄く違和感があった」

「何かおかしい?」

「菫さんの前でいうのは抵抗があるのだけど、女性との会話で意見を求められる場合、回答じゃなくて同意を必要とされるけど、小夜さんはどうやら回答を求めているようだったんだ」

「望はずいぶん女慣れしているのね、奈緒が惚れる訳だ」

「冷やかすなよ、でも小夜さんとの話は男同士で話しているようだったんだ」

「小夜は男前だからね。望はそういう人が好きなんでしょう」

 望は返答に苦慮したが

「何事も行き過ぎはキツイよ」

 菫は曇り空を仰いだあと

「ねえ望、私の話は出た?」

 望は今日、赤羽駅で菫と待ち合わせしたときの決意とは気持ちが変わっている

「僕が菫さんと付き合ったら、奈緒がおかしくなるだろうって言ってた」

 菫は強い口調で

「私の方が…」

 そこで菫は言葉を止めた

「女性にそんなこと言わせる男は最低だね」

 菫は遠くの景色を見ている。望は菫の視線の先に何があるのだろうと考えた

「私には量子さんみたいに駆け落ちしようって言わないの?」

 望は笑って

「菫さんの両親の前で、僕では不足ですか?と言いたいところだけど・・・

僕は菫さんに取り返しのつかないことをしてしまった。一生掛けて償いたいって土下座でもするかな」

「まさか…」

「そう、菫さんの心と、新しい命を奪ってしまった ってね。お父さんに殴られるな、多分」

「望、冗談でもそんなこと言っちゃだめよ。そういう目にあった人も実際はいるのだから・・・」

「常識的なんだね」

「望が型破れの非常識なの。そんなこと…簡単に口にしちゃダメだよ」

「僕は相対性が欠如しているからね。絶対性で物事を見るんだよ。絶対性で菫さんのこと見たらそのくらいはできちゃうだろうな」

「小夜にも同じこという?」

「盛は過ぎちまったようだ」

「奈緒ならどう?」

「奈緒さんの根本は男を恨んでいる。そこまで言う自信がない」

「すけこましが!」

 菫はさっきと同様に小指を見出した

「望が小夜と付き合ったら、小夜は望を手放さないと思う」

「奈緒さんと見解が違うね、僕も菫さんと同じ考えだよ」

「奈緒とそんな話までしたんだ」

「ああ、奈緒は僕が小夜と付き合うならば応援するって言ったな」

 菫は自分の小指を眺めながら

「私は望みたいに即決できない」

「当然だと思うよ、僕の感性は異常だから」

「自覚はあるんだ」

「まあ、古典の恩師に教えて頂いた国語の学習と一緒で相手がどう考えるかいつも観察しているから」

「笑っちゃうよね、キスとか簡単にしちゃうくせに」

「男と女じゃ、恋愛の負担が明らかに違うからね」

 菫は笑って

「この後、ショッピングに付き合え、よいな!」

「御意。恐悦至極に存じます」

「うむ、苦しゅうない」

 2人立ち上がると、曇り空にむかって大きく伸びをして、大宮の街に向かって歩き出した。

 

 碧と出かけたあの頃よりも何もかもが刺激的な興奮と感動を伴っていると望は実感した。もうあれから3年経つのだ、あの頃のような擬古地なさはもうない。言葉が息をするように自然に湧いてくる。どうしてずっと一緒にいられないのか考えると悲しくなった。

 江ノ島に着ていく服を探したいと菫が言った。望は菫が合わせる服はどれも菫によく似合っているように見えた。

「避暑地の菫さんに似合いそうだ

遊園地の菫さんに似合いそうだ

画廊を一緒に覗く菫さんに似合いそうだ

…」

 そういう例えをする望に面白がって、菫は幾つも服を合わせた。

 どうしてそういうところに出かける未来が来ないのだろうか

「その服は僕ではない方と一緒の時にお願いします」

 菫は紫色の派手目の服を合わせていた。服を身体から離すと悲しそうな顔で服を見つめていた。望は菫が慰めて欲しいという意図は感じなかった

「濃いね、この色」

 菫は呟いた

「女性の素材が良くても、全てが似合うわけじゃないんだね」

 望はわざと菫の示唆するところから距離を置くことにした

「望は色男よね」

「パープル、ブルーグリーン、ピンク、ブラック・・・バイオレット」

「発音が悪いわね」

「偶然、好きになった人が色の名前だっただけの話だけど、もはや意図的にそうしていると見られても仕方ないね。何かに導かれているのかな」

「世の中って上手くいかないね」

「人間が人間たる所以は苦労すること。そうでなきゃ・・・」

「そうでなきゃ?」

「自分の罪に気付けない」

 菫は紫色の服を元の場所に戻すと

「望の罪って何なのかな?」

「試験と実験レポートだろうな、多分」

 2人は笑った

「私の罪は望といることかな」

「さっき、そんな話したね」

 菫は次の服を胸に合わせた。あおい服だった。

「冬の海の菫さんに似合いそうだ」

「秋物よ、この服」

「そうだね、冬にはその服だけじゃ寒いね」

 2人は少し沈黙した後

「望が気になるみたいだから、江ノ島はこの服にしようかしら?」

「秋には濃すぎるかな」

 菫はただ笑って違う服を合わせた。

 

 2人でいる時間は駆け足で過ぎていく。大宮で食材を買って、菫の家の狭いキッチンに並んで夕食を作った。初めての共同作業はお互いを終始褒め合った。未来にこういう風景が何度も再現されるのだろうか?望に切ない気持ちだけが満たしていく。

 食事は向かい合わず並んで食べた。大宮公園でベンチに座って見た菫の横顔と違う側の横顔を望は見ている。地震の日の見立てのとおり菫の料理の腕前は見事だった。高校時代は食べることしか楽しみがなかったと菫は笑っていた。

 尽きない話をすると、あっという間に終電の時間になっていた。望には明日もバイトが有る。高校の頃は親から貰う小遣いでデートをすることが嫌だった。大学生になってそれは解放された。正直、自分の学力で学業とバイトの両立は苦しいが、今できることは今やらないと後悔しか残らないことは、ずっと前に認識している。

 物足らなそうな菫をなだめて靴を履くと、菫は瞳を閉じた。望は菫の肩に手を掛けると、手水舎の前でした指切りの映像が蘇った

「夢になっちゃいけねえ」

 望は菫の髪を撫でた。望の頬には熱いものがあった。

「菫さんの髪の毛、とても綺麗」

 望は涙を拭くことも出来ず、駅まで駆けた。

 <つづく>

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