第34話 狂った美人科学者

 狂った美人科学者


 1989年神無月12日 東京 居酒屋「峠の駕籠屋」

 1月に陛下が崩御された。紫や巴の予言通り元号は「昭和」から「平成」に変わっていた。

 氷川神社に祀られた大国主神が、神々に2度殺された上に、岳父須佐之男命に執拗な嫌がらせをされた古事記の話を望は思い出していた。不謹慎にも大国主神を自分に喩えて菫に説明した罰が当たったのかとも思った。そう、自分はPandoraの封印を解いてしまったのだ。そしてなんとかもう一度封印したのだ。有美と渉に話を続けることに重篤な危険を感じた。また、菫が現れて逃げ道を案内してくれたり、魔除けのスカーフと呪文を与えてくれる訳でもなく、北に住む者が現れて地下の空洞を教えてくれる奇跡はもう起こりえない

「有美さん、もう解放して下さいよ。これはPandoraの箱、僕の繊細な心は原子崩壊して窒素になってしまいましたが、なんとか娑婆(しゃば)の生活に戻れたのですから」

「望はその時、選択を間違えている。私に相談するべきだった!」

 渉は笑いながら援軍を出してくれた

「この話、望が書いた作り話だろう。有美まで物語の世界に呑み込まれてどうするんだよ」

 望は立ち上がり2人に言った

「あの~トイレに行きたいんですけど」

「ここでしろ!」

 有美の目が据わっている

「そんな、殺生な~」

 渉が追加の援軍を出す

「トイレぐらいいいだろう、あっ」

 渉は、望が荷物を持っていることに気付いた

「独り身が長いもんで、今日は想い出で男の子の日にしようかと・・・」

 望はそんな侮辱を含むような”男の子の日”なんて表現は有美以外には言わない。もし言うとしたら菫だけだろうと思ったら泣きたくなった。

 望は有美が渉が制御出来ないほど激怒していることが分かった

「荷物を置いて行ってこい! 4分以内に帰ってこなかったらトイレぶっ壊して引っ張り出すから」

 望は”渉師匠はそんなに早いのですか”というネタが浮かんだが、即刻ボツにした。菫ほど気合いが入っていない。今は何もかもが只懐かしい。MAD Scientist(気が狂った科学者)になった有美を横目に望は腕時計に目を落としたあと、用を足しに向かった

「行ってきま~す。エロスは激怒していた。必ず、かの 邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した・・・」

 望の背中に有美の投げたおしぼりが直撃した。

「2番砲搭被弾! 損傷軽微、航行ニ影響ナシ」

「”みくり”に、太宰治の話はするな、みくりは三島由紀夫派だ。太宰の話をすれば望は即死だ」

 そんな声を聞きながら望はトイレに向かった。太宰、太宰・・・先祖利仁と因縁の深い、これは同祖の親友斎藤から聞いた話だ。月夜に生きる者の定め、配下の道師は日本最強呪術師に好敵に恵まれたと己の責務と能力を超えて時平を護ったという、詳しくは知らない。

 ”観音寺はただ、鐘の声を聞く”

 太宰府に幽閉された菅原道真の詩である。定子后が李白の詩を引いて清少納言に問うたのは、己の運命を菅原道真に重ねたものと考察する。

 李白の詩は

 遺愛寺の鐘は枕を欹(そばだ)てて聴き 

 香炉峰の雪は簾を掲(かか/撥)げて看る

 清少納言は自分でなく、別の者に簾を上げさせた。自分でなく、別の者に。

 みくりと話すことがあればそんな話もできただろう。

「3分22秒逃げなかったわね」

 望は有美が若干ではあるが冷静になっているように見えた

「はい、優秀な陰陽道師を雇っていますからね」

「どうして1年前、私に相談しなかった?」

 2度目の質問だ。望は余程有美がこの出来事に興味があったのだと思った。有美程の物理知識がある才媛にとってはラプラスの悪魔を生け捕りにできる程重要な研究材料であろうが、当事者にとってはたまったものではない、神様のサイコロを与るのはもうこりごりだ。Pandoraの封印に近づくのは御免だ

「僕は消滅するつもりでしたから、被害を最小限にするのが人の道というものです」

「その結末と一部始終を知りたい」

「有料です」

 有美は笑った

「みくりと”デートを取り付ける”でどうだ?」

 望は狂った羅針盤のように荒れ狂う有美が何かに憑かれているかもしれない錯覚に陥った

「有美さん、自分が今、何を仰ったか分かっていますか?そんな人身売買みたいな約束できるワケないでしょう」

「じゃぁ、私の身体で支払おうか!」

 狂っている。既に有美は人の領域を超えた励起状態になっていると望は判断し、もう止められないことを悟った

「いい加減にして下さい。

 ・・・分かりました、2つ約束を守ってくれるなら続きをお話します

 1つ目は菫さんや小夜さんに直接この話をしないこと

 2つ目はこの話はこの席の3人だけの話にすること」

「約束する」

 有美は即決した。既に有美の頭の中には明確な理論ができていて、その客観的根拠(Evidence)を求めている筈だと望は察した。もうラプラスの悪魔の仮面は有美の手によって剥がされる未来さえ想像できた。有美はすぐさま核心に触れる質問をした。

「なあ、望。2時間前にした質問をもう一度する。多重世界を信じるか?」

「・・・」

 跨線橋で口づけした方の紫が物理の進路を選んでいたならば、この大学に入学して意気投合して親友になっていたであろう有美に、紫はなんと答えただろうと考えてみる。

「望は何を見て、何を識(し)ったんだ。私に話してくれ」

「・・・僕は4次元の追加軸は”時間”でないと思います。でも何をパラメータにするかは、分かりません」

「・・・どうして、1年前に相談してくれなかった。

・・・必ず話に見合うお礼はするから、起こった事と望が判断したことを全て話して欲しい」

 望は天井を見上げて、深い深呼吸をした。

「お礼は要りません。必ず2つの約束を守って下さい。

 約束を破ったらお2人の前から消えなくてはなりません」


 *******

 1988年神無月9日 大宮 氷川神社参道

 菫の提案で、お詣りは1の鳥居から始めることにした。大宮駅を出て旧中山道を南に下り1の鳥居を目指した。一人ならばこんな面倒なことは遠慮するが、今日はかわいい女性と一緒である。遠回りが全く望の苦にならない。もしかしたらこのまま明日が来ないかも知れないとさえ信じられた。

 望は菫に小夜にした紫の話をした。菫の印象でもそんな同級生は存在し得ないという感想で、身体の関係がなかったことも容易に菫は推理していたようだった。ただ望自体が存在していないのかということには違和感を抱いていたようだ。菫は小夜と違ってコペンハーゲン解釈の支持者でないので、宗教的な匂いしか感じなかったのだと推測した。

「望はさあ、紫さんと付き合いたいと思う?」

 望は菫が時々こういう遠慮のない質問をする人だなと笑った

「付き合いたいと思った時そばにいればね」

 菫は驚いた顔をして

「驚いた、すんなり答えるんだ」

 望は言葉通り菫が驚いているのだと推測した

「僕の周りには素敵な女性がたくさんいるからね。わざわざ紫さんと付き合う必要もないかなってのが本音かな」

「望って結構淡白なんだ」

「彼女のいない漢が、一人の女性に執着するなんて気持ち悪いでしょ」

「彼女がいてもよそ見しそうね、望は」

「どうかな?僕の考えは、女性と交際目的で告白することは、選挙の投票みたいだと考えている。票には個人の責任があるという意見。投票した政治家や政党が国や市の利益にならないことをしたら、投票した人も責任を背負うべきという発想なんだ、政治家すなわち代議士は自分の意見の反映だから投票者には当然担うべき責任がある。もっと言えば投票していない人にとやかく言われる筋合いはないってね」

「つまり、票を入れた人が政治家の任期を終えるか、止めるまでは選んだ人に責任があるということ?」

「選んだからには、選んだ責任を負うつもりだよ」

「碧ちゃんの時もそうだったの」

「声を掛ける前から、それは決めていたよ」

「上手くいった後に、紫ちゃんが付き合いたいって言っても?」

「分かりやすい例えだね、そうなったら紫さんでも菫さんでも碧さんを優先する」

 菫は含み笑いをして

「じゃあ、小夜ちゃんが望のことを好きになったら小夜ちゃんを優先するんだ」

「白ウサギの耳はすごいね。それも聞こえていたんだ・・・僕は不器用だから、自分の作った”決まり”に自分自信が苦しんで、苦しんでいる自分を見て慶んでいるような変態なのかもしれない」

 菫は軽いため息をついた

「小夜ちゃんにとって望では不足なのかな?」

「それ、聞いたよ」

 さすがの菫も、この回答には驚いたようだ、声を裏返して

「な、何て?」

「小夜さんの好きな人が、僕のこと好きらしくて、僕の気持ちに応えられないって。

 ・・・こんな漢のどこがいいのかね、趣味悪っ!」

 菫は参道の木々を見上げた。望は巴から菫と自分が結婚する未来を聞いた上で言葉を選んでいる自分がこの上なく卑怯に感じた

「奈緒ね」

 望はいつもなら”ちゃん”を付ける菫が呼び捨てにすることを聞いて、胸が切なくなった。

「菫さんにも、小夜さんにも嘘を吐いていることがある。

 実は、巴が予言した命を落とす人は奈緒さんではなくて、小夜さんなんだ。嘘を吐いてごめん」

 菫は望の想像以上にこの言葉を重く受け入れた

「・・・そのこと小夜さんには伝えたの?」

「小夜さんには伝える勇気がなかった」

「・・・」

「・・・ごめん。菫さんを巻き込まないで1人で解決するつもりだったけど、僕1人ではもう抱えきれない」

「・・・ねえ、望。喫茶店では巴の正体は碧ちゃんの霊じゃないかって言っていたけど、実際はどうなの」

 望はこの時点でも全てを菫に話すべきかどうか悩んでいた。

「碧さんの幽霊の可能性は5%以下だと思う。ああすれば、幾らかでも菫さんの恐怖を取り除けると思った。だから碧さんに悪者になってもらった・・・2日悩んで自分の考えはまとまったんだ、お詣りが終わったら話すね」

「望・・・。ありがとう」

「騙してごめん」

「望はさ、地震の時もそうだった。自分を楯にして私を護ってくれたし、今回のことだって親身になって助けてくれる」

 菫の目から涙が零れた

「泣くなよ。僕は下心が動機で助けているだけだから」

「ずるいよ、望はずるいよ」

 望は菫が自分の何がずるいか分からなかった。望は揺れる菫の肩に優しく手を触れて参拝を促した。菫の足は動かなかった。

 望は菫がどんな答えを望んでいるか考えながら、参道の木々を見上げ、鳥達が不自然に渉るのを見た。女性に泣かれる経験は愛美以来だった。人生では極力避けたい場面だ。涙に誘導されて今の自分の気持ちを素直に伝えてしまったらどんなに楽だろうと思った。ただ、今は小夜の命を背負っている。

 泣いている菫を望はただ見守った。気持ちを言葉で表現しようとするのは人間の傲慢だと望は信じる。これは祖父の眠る寺の宗派、すなわち宗教的な見解で、お釈迦様の弟子摩訶迦葉から脈々と引き継がれた思考である。東京に出てきて宗教の勧誘を受けても、祖父が選んだ菩提寺の宗派を維持しようと思った。ミイラ取りをミイラにするくらいの準備をして。

 望は祖父が選んだ寺の宗派を学ぶに当たって、道元古仏の解釈が極めて科学と相性がいいことに気付いていた。道元古仏が神代を引くに当たりその信頼はより深まり、道元古仏の仰ることは80%以上はそのまま信じていいと判断し定義した

”現来をかくのごとく修学するというとも

 この現いまわれらが本来をしれるにあらず

 ただ現を相見するのみなり

 かならずしも来見をそれ知なり

 それ会なりと学すべきあらざるなり

 正法眼蔵・古鏡”

 そして科学の実験も理屈が似ている。実験は全ての事実を知るわけではないが、実験自体が真実に近いところまでしか表現できないとしても、科学者は実験に頼るしかないのだ。結果ありきの実験をして人を騙す科学者がいたとしても、再現実験して結果が得られなければそれは妄想であって理論になり得ないのだ。

 大学の仲間は言葉の詐欺師の存在を認識していて、適切な距離に離れたところで、噺の上手い噺家の落語を聞いたように笑っている。落語はそもそも上層階級の娯楽だった。噺家がタダ客の見るテレビにでるようになって落語が死んだとは予備校の古典講師の言葉だった。望の脳裏に予備校の講義が蘇った

 ”下衆の家に雪の降りたる

 また月のさし入りたるも口惜し(枕草子・似げなきもの)”

 落語をめでる恩師の落胆にすり替わって望は憂鬱な気持ちを募らせた。

 世間の大多数はすり込まれた情報に従って認識する。興味がなければそれ以上を求めない。それでいいのだ、シュレーディンガーの猫、扉を開ける前の世界など世間の人々には意味のないことだ。そして世間の人々が正しいと考えることを正しいと判断するのもやはり世間の人なのである。人の主観とする正義以外に、正義があると考えるのは自分の傲慢に他ならないのではないかと考えた。

 実験を駆使して正義を証明できる結果を得た報告書を見せても、世間の大多数の人は自分の認識を越えて受け入れようとしない。そう、世間の人々は見えない裸の王様の衣装を見えたつもりでいることになんら違和感を抱かない人だっているのだ。所詮多くの人は自身の生活の損益に直接関わらないことについては無関心な結論に収束していく。

 望は菫の涙を受け入れながら、本来あるべき歴史に近づけることが妥当ではないかという迷いが生じた。一昨日菫が言った”話し足らないよ”望も同じ気持ちだった。菫の悲しい泣き顔はもう見たくなかった。ただ小夜のことを裏切る覚悟は出来たが、死に追いやる覚悟までは出来ていなかった。

 望は菫の後ろに神社があることに気付いた。天満神社であった。望は天満神社があることに違和感を憶えた。天満神社の御神体は平将門に憑依したと言われているからだ。平将門を討ったのは小夜の先祖である俵藤太こと藤原秀郷と、平貞盛である。平貞盛は平将門討伐の折、氷川神社に矢を奉納し氷川神社の御神体の御利益を得て討伐を果たしたといわれる。

 望が神社に居候している頃、神主に教えてもらったことがある。天満神社の神官は超一流であり、その神官に祓えないものは、諦めるしかないと。天満神社の御神体はなんと八幡神社の巫女に憑依して、平将門に憑依することを宣言した。この御神体は神社という結界や巫女という神の使いをもものともしない日本最強の怨霊といわれる。天満神社は怨霊を鎮めるために草創された神社と聞いた。

 望は、もしかしたら、この御神体は未だに藤原秀郷に怨みを持っていて、その子孫である小夜を怨んでいるのではないかと根拠の乏しい推測に支配された。この天満神社の前では小夜に対する負の波長に満たされているのではないだろうかと。

 望は摩訶迦葉が釈尊(お釈迦様)そうしたように精一杯の笑顔を菫に投げかけた。間を置いて

「行こう、氷川神社にお詣りすればきっと解決に導いてくれる。菫さんは須佐之男命の御血筋だ、決して見捨てることはない」

 望は菫の肩を強く引き寄せ

「安心して、微力ながら僕もいる。おんぶしてやろうか、間違いなくおしり触るけど」

 菫は涙を拭いてごめんと言った。望は鞄から使っていないタオル生地のハンカチを取り出して菫に渡した

「望、悔しいよ。私ってそんなに頼りない」

 望は笑顔で

「いつも1人だったから、自分以外の人を信じるのが嫌だったのかもね」

 菫から泣き顔が消えた

「仲間はずれって辛いよね」

「菫さんは大学は楽しい?」

「授業やレポートは泣きたいほど辛いけど、今は1人じゃないから楽しいかな」

「望は?」

「授業やレポートは同感。周りの人は最高だね。でも今日が大学に入って一番楽しい日かな」

「なんで?」

「秘密。参拝が終わったら話すよ」

 2人は第2の鳥居を丁度の動作で共鳴しながら礼拝した。

 望はこのお詣りが終わるまでに重要な決断をしなければならない。いったい巴の目的は何なのだろうか。もしかしたら、自分と結婚する未来を阻止するために戻ってきたのかもしれないとも考えた

「高校に入って直ぐ、元カレに誘われたの」

 突然の菫の言葉に望は嫉妬の気持ちが過った

「菫さんは太っていてもかわいいだろうから」

 望は自分の発した言葉に嫌悪した

「バカね、お洒落れして出かけて。きっと私、寂しかったんだと思う」

 望は”僕と出かける位もの好きだからねと”いう言葉を発する前に止められた

「10分で幻覚から覚めて”お前何様”と吐きたくなった。30分後に怒って帰ってきた。元カレは舌打ちし、”デブが”と小声で呟きやがった」

 望は菫はそう言っているが、実は身体まで許したのではないかとも思った。紫が孤独な自分に声をかけてくれた時の嬉しさを思い出していた。

 菫は元カレの愚痴を話している、望はセンター試験の日、西に向かう電車で量子がした愚痴の内容に似ているような気がした。あのときのように不機嫌な顔をせず、時折笑顔で相槌を打って菫の話に同調した。望はあのときに戻った錯覚に陥った。良く見ると菫は顔とお尻が量子よりやや小さいことを除けば背丈も髪型も体形も量子と全く同じなことに気付いた

 ”あのときに戻ってまた勉強するの嫌だな”

 よく考えると望にとってあの日から今日に到るまでやり直したいと思ったのは、今回の出来事だけなのである。自分で目的を立ててそれを達成してきた。その小さな積み重ねに何の後悔もなかった

「碧ちゃん本当は、小夜ちゃんと同じ気持ちなんじゃない?」

 菫が元カレの愚痴話から、突然話題を変えた。それは望にとって衝撃だった。4歩ほど無言で参道を進むと菫が追い打ちをかけた

「多分望が、私や奈緒ちゃんに抱いている気持ちと同じ」

 望は、菫の言いたいことは分かった。つまり、碧にとって自分は荷が重い存在だった。だから一緒にいることが苦痛になった。

 菫がたたみかける

「望の性格を考えると、望は別れさせてくれないから、別れる手段を取った

・・・違うかな?

 望はさぁ、自分が思っている以上に女性に好かれているんだよ」

 浪人の頃、斎藤の彼女であるゆき先輩から”碧さんを許しちゃだめ”と言われたときの何とも言えない碧を許したい根拠を明確に指摘されたような衝撃だった

「菫さん、すごいな。さすがは名探偵」

 望は参道の木々を見上げた

「怒った?」

 望は笑顔で

「上手く表現できないけど”感動”とか”尊敬”が近いかな。当然菫さんに対して」

「ごめん」

 意外な言葉に望は驚いた

「なんで、謝るの?」

「上手く表現できないけど私も望に”感動”とか”尊敬”しているからかな」

 二人はしばし無言で参道を歩いた。菫が口を開いた

「この話が片付いたら・・・

 望は小夜ちゃんに教えてもらたオアシスに行くマングースになるんだ」

 望は菫のいたずらに付き合うことにした。もう二人の会話は恋人同士の会話の領域に達していた

「そうだな、奈緒さんの違うところが大きかったらメロメロにされていたと思うけど」

 菫は驚いた顔をしたように望には見えた

「小夜さんの話が片付いたら、思いを告げたい人がいるんだ」

「……」

「その人のお尻を一生見ていたいなぁ、って、あんないいケツした人とはもう出会えないと思うから。

その人に告白して振られた後でも、奈緒さんはないな」

「なんでよ」

「小夜さんの作った脚本に従う人生なんて嫌だな、僕は役者じゃないからね」

 菫は今日一番の笑顔を見せたように望は感じた

「そのいいケツした娘、落とせそうなの」

「残念ながら、その娘面食いでね、勝算は低いけど、今日お詣りするので大国主神様からなにかお告げがあるかもしれない」

「神頼みか、影ながら応援してあげる」

「菫さん、優しいんだな、後悔のないようがんばるよ・・・」

 菫がなにか言いたそうなことを察して望は

「なんで奈緒さんは僕なんかがいいんだろうね。高校の時に僕のこと好きだった人がいたけど、その人は原因はなんとなくわかったけど」

 菫が望の背中を平手で叩いた。鈍い音が参道に木霊する

「もう10月なのに蚊がいるのね・・・原因、聞かせてくれるわよね」

 望は菫がすっかり彼女気取りになっていることに笑った

「碧と別れて1ヶ月後に国立文系志望の連中の勉強会に誘われたんだ。そこで出逢ったのが小野桃香さん、碧さんや小夜さんより容姿のいい女性だけど、菫さんや奈緒さんには遠く及ばないかな」

「望は色の名前のついた女性に縁があるね」

「菫さんが言うかね?」

「ははは、小夜ちゃんや奈緒ちゃんは色に関係ないね」

 望は桃香の話を菫に伝えると第3の鳥居に到着していた。


「そういえば戦艦武蔵にお祀りした神様は氷川神社の御神体だったな」

「どうしたの急に、軍艦の話?」

「鳥居を潜ったら降りてきた」

「桃色の思い出は参拝が終わったらしっかり尋問しなくちゃね。それと”黒”羽量子さんの話もまだ出てきていないわね」

「なんか僕は、史上最大の攻撃を受けて沈んだ戦艦武蔵のようだね」

「私は知っているよ、望はどんな攻撃を受けても沈没しないってことを」

「日本が造った最後の戦艦。戦艦武蔵も傾かない限り不沈艦だったけど沈められたからね。

絶体なんてないよ。歴史の話は退屈だよね、話題を変えよう」

 菫は笑って首を横に振った。

 <つづく>

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