第27話 Raise high the roof beam. 真黄

 Raise high the roof beam. Mac.key


 望がベットから立ち上がると、小夜が目を覚ました

「おはよう」

 望はずっと想いを寄せていた女性から朝の挨拶をされた。小夜は毛布で胸を隠し身を起こしてこちらをみている。やうやう白くなりゆく部屋で、カーテンの木洩れ日が紫立ちたるのを見た。いや、日差しなどない、朝の薄明かりが紫色に見えただけだ。どうやらここは、小夜の部屋のようだ

「おはようございます。昨日はありがとうございました」

 望は何が”ありがとう”なのかよく分からなかったが、散らばる映像を重ね合わせて一番発しやすい言葉を告げて頭を深く垂れた

「でかいのね」

 望は、いつも繰り返す朝の変化が、今日も変わらず起こっていることに気付いた。ああ、これは夢の続きに違いない。菫ならともかく、小夜がそんなことを言うはずがない

「身内以外で、女性に容姿を褒められたのは初めてです」

 小夜は軽いため息をついて

「服ぐらい着けたら」

 望は何故か女性と一緒にいる感じがしなかった、夏、サークルの合宿で迎えた朝のような感じさえした。もしかすると、刺激的なことが起こりすぎて、脳や感覚が麻痺してしまったのかも知れない。こういう状況ならば理性が抑えられず小夜に襲いかかっているところであるが、なぜかそれさえ躊躇した。こんな状況でそれが制御できたのは斎藤とゆき先輩の夢のせいかもしれない。

 小夜は毛布で隠しながら服を着け始めた。望はようやく嵐と衝撃(Sturm und Dran)の渦中に呑み込まれていることに気付いた。望は小夜に背を向けて、彼女がたたんでくれたであろう下着を着けた。よくよく考えれば”でかい”のは態度の事だったろう。今更ながら前を、隠した方が良かったかなと思った。しかし、今更恥ずかしがったところでどうなるわけでもない

「改めて、お礼とお詫びはします、今日はどうしてもバイトにいかなければなりません」

 望は畏まった言葉と共にもう一度小夜に深々と頭を垂れた。何か小夜の返事を期待したが、素っ気ないものだった

「そう、昨日はお疲れ様でした」

 小夜らしくて嬉しかった。

「あのう、駅はどうやって行けばいいでしょうか?」

 小夜は吹きだした

「あなたって、ずいぶん根性が座っているのね」

 望は小夜が”でかいのね”という言葉の選択を後悔しているのだとおもった。小夜は事務的に駅までの道を説明してくれた

「昨日の飲み代立て替えてもらってすいません。請求して下さい」

「いいのよ、ツケで飲んだから、昨日は楽しかった、行ってらっしゃい」

 望は小夜も十分根性が座っていると思った。”行ってらっしゃい”ということはここに戻って来てもいいのだろうか?酒の残った痛む頭で小夜との距離感を考えるのは今ではないと思った。

 扉を開けると、朝焼けが申し訳なさそうに残像を保っていた

「いと紫だちたる雲の細くたなびきたる」

 いつか、有美に紹介してもらうかもしれない人の為に望は平時では決して開かない本を予習していた。歴史好きの望にとって「枕草子」はその作者の怨念を感じた。恐らくこの感想は、朝の光でかき消される紫の色彩が白に収束されて消えていくのであろう。

 望は小夜から聞いた駅までの道を辿った。一旦家に帰って着替えてからバイトに行く、もしかしたら菫から電話が入っているかもしれないという不安に駆られている。見慣れぬ朝のホームに立つとセンター試験の帰りに紫と会った時のことが蘇ってきた。


「”むらさき”が男と話しているなんて珍しいね。しかもとても楽しそうに!」

 乗り換えの電車を待っているホームで望と紫は2人の女性から声を掛けられた

「お邪魔だよ、”すんすん”」

 眼鏡をかけた大人しそうな女性が言う。”すんすん”と呼ばれる女性は小柄で活発そうに見えた。望は世の中は双極で安定するということを考えている

「”むらさき”がこんな楽しそうにしているなんて、初めて見たし!彼氏?」

 望は中学生だった紫がこういう質問に関しては明確に回答しないことを思い出した。相手の出方に合わせて回答してみた

「美人と話していると、美人を引き寄せるものだな、しかも2人も」

 すんすんは事無く言葉を消化した

「ぎゃはは、彼氏は”むらさき”とずいぶんギャップがあって面白わぁ~」

 望はすんすんの飾り気の無い実直さに好感を持った。直感的に、交際している人か男の兄弟がいる人だろうと思った。

「いやぁ、試験の方は全然ダメだったけど、美女3人とお話しできるなんて、いい想い出ができました。もう思い残すことはありません」

 もう一人の女性が望の言葉に反応した

「そんな思い詰めないで下さい。私立もありますし」

 望は自分がそんなに落ち込んでいるように見えたのが不思議だった。この女性が眼鏡を取った顔は美しいことが容易に分かった。恋愛経験の浅い男子が憧れるような女性の要素をたくさん持っている。ただし、窮屈な印象を受けるこの女性に自分が好きにならないと思った。

 紫がため息をついて指摘する

「”まっきー”は真面目だね、冗談に決まっているじゃない。望は殺したって死にやしないよ」

 すかさずすんすんが指摘する

「”望”! 呼び捨てかよ。はいはい、ごちそうさまでした」

「気を遣ってもらって申し訳ない。まっきーさんってモテるでしょう」

「そ、そんな」

 望は紫に頭を叩かれた

「まっきーは真面目な子なんだからからかっちゃだめ」

「まっきーさんごめんなさい、でも魔が差したら是非ご用命下さい」

 紫が望に蹴りを入れた

「望さん、彼女の前であからさまに浮気しちゃだめよ」

「すんすんさんって声が綺麗ですね。もう一回”望”って言って頂けないでしょうか?」

「ずぅえったい(絶対)、いわねぇ。むらさきの彼氏ってずいぶん軽いな」

 まっきーは驚いたような顔をして

「むらさきさんは”彼氏”って否定しないんですね」

 望はまっきーの性格を探ってみようと思った

「まっきーさんの手首ってとても綺麗ですね。その手の平で描いた曲線で殴られてぇ~」

 まっきーは慌てて手を後ろに隠した。紫は望の耳を引っ張った。すんすんの手首は美しい曲線を描いて望の頭を叩いた。

「いててて」

 すんすんは笑いながら

「そんなに好きならいくらでも叩いてあげるよ」

「すんすんさんは言葉の暴力がいいな」

 まっきーが言葉を挟む

「むらさきさんの彼氏は変態なんですか?」

 望は、まっきーの呼称が彼氏になったことに印象と違うものを感じた

「まっきーさんって真面目なんですね、一応落語の枕みたいなものですが

 まっきーさん、すんすんさん、気を悪くしたらごめんなさい」

 すんすんはしたり顔で

「うむ、苦しゅうない!」

「すんすん様、恐悦至極に存じます」

 望はすんすんの空気の読み方と行動力が極めて高いことに驚嘆した。紫のいる領域にはこういう女性がざらにいるのだと羨(うらや)ましく感じた

「ははは、楽しい人、まあ、むらさきの彼氏ならこのくらいぶっ飛んでないとダメね」

「すんすんさん、心外だなぁ~、僕はともかく紫さんに謝っておこうな」

 4人で笑った。その後は7割方すんすんが会話を支配した。望はすんすんとまっきーから高校時代の紫の話が聞けた。2人は薬学部志望という話も聞けた

「ねえ、彼氏、さっきからこっち見てる娘がいるんだけど、あなたに話があるんじゃない?」

 すんすんが話題を止めて言った。4人がそちらに目をやると、ももちんがこちらを見つめていた。望は”ももちん”と言って手招きをした。ももちんは胸の前でダメダメとでも言いたそうに手を振って逃げるように去ってしまった

「桃香」

 まっきーがつぶやいた

「彼氏の知り合いなんだろ、呼び戻してくるよ」

 すんすんが歩き出したのを、まっきーが袖を掴んで引き留めた。望はまっきーの行動が理解できなかった。それよりすんすんの人間性の高さを感じた。望は間髪入れず

「気を遣ったんだろう、明日ちゃんとももちんと話をするから、彼女結構奥ゆかしいところがあるから」

 望は、ももちんが紫達と同じ学校を志望していたが叶わず、望と同じ高校を受験したことは知っている。彼女たちの高校に強い劣等感を抱いているようだったことを思い出した。

「いいの?」

 すんすんの言葉にももちんと人の大きさの違いが望には鮮明に分かった。多くの場合、人は所属する団体の相対水準に自分が馴染んでしまう。望はそれを”相対理論”と呼んでいた。

「ありがとう、すんすんさん気を遣ってもらって。それと、まっきーさんももちんのこと知っているの」

「うん、同じ中学で今も同じ英語の塾に行っているんだ」

「まっきーさんみたいに真面目な娘だよね。英語が得意で尊敬している。たまに数学一緒に勉強してたんだ。しかし、ももちんもこんなワケありの僕によく近づくよなぁ」

「むらさき、彼氏が浮気しているぞ」

 紫の回答を遮ってまっきーが会話を奪った

「”がっしー”ってもしかして望さんのことなんですか」

「ああ、ももちんは僕のこと”がっしー”って呼んでいるな。まっきーさんとの会話の中で僕が登場しているんだ。友達に愚痴をこぼすようじゃ僕は随分ストレスなんだな、気を付けなきゃ」

 まっきーは紫の顔を一目した後、望を見た

「・・・本当にそう思っている?」

「It's naturally.ってももちんなら言うかな。そういえば、あだ名を付けてもらったの初めてだな」

 すんすんが笑いながら

「むらさき、これ浮気よね」 

「・・・」

 すんすんが真顔になって

「おい、彼氏、無言だぞ、一番怖いやつだぞ」

 すんすんは見苦しい言い訳をすることを期待しているように望には見えた。

 望は紫とは無言で会話し、すんすんとまっきーをからかう約束をしていた。ただ、まっきーは勘のいい女性で、そのことに気付いているのかもしれないとも思っていた

「なんかお2人夫婦みたいですね」

 まっきーが呟いた

「すんすんさんと僕はそんなにお似合いですか、いやぁ~もったいないお言葉」

 すんすんは親指を自分の首と水平に滑らせた後、下に2回振った

「いえ、むらさきさんと」

 望は、まっきーが天然なのか、わざとやっているか分かりかねていた。結論として茶化してほしくないのだなと思った、紫は自分の鼻を2回触れた

 中学の時に使用していた2人の暗号だ

 ”ワタシニマカセテ”

「もしかして、2人には若気の過ちがあったとか」

 笑いながらすんすんがからかった。紫と望は顔を下にした

「えっ」

 すんすんが発した言葉と同時に、まっきーは口を押さえて絶句した。すんすんが動揺していることは望でも簡単に感じ取れた

「えっ、なんで黙るの、嘘だよね、ねえむらさき、嘘だと言ってよ」

 紫は伏せたままだ。望は優しく紫の肩を抱いた

 紫はすんすんとまっきーが見えない角度で望の脇腹をつねった。そして左手で自分の額を2回触れた”タスケテクレ”の合図だ。望はからかうつもりであったが予想外の事態になってしまったことを理解した、ホームで電車を待つ人達の視線も感じる

「ごめんなさい、私何も知らなくて・・・、軽はずみなことを言ってしまって」

 すんすんは今にも泣き出しそうな顔をした。望は、流石にこれはやり過ぎたと思った。事態収拾は紫から依頼を受けている。ホームで高校生が肩を抱いている映像は長く続けるべきではない。紫の依頼ならば期待に応えたいところだ

「すんすんさんごめん、すんすんさんを嘘つきにしないために、この後ちゃんと仕込むから」

 紫が望の耳を引っ張った

 すんすんは金魚のように口をパクパクさせた後、望の肩を連打した

「久保先生、薬が強すぎます。肩が痛いです」

 紫は涼しい顔で

「すんすんはまた調合を間違えたな」

「ごめんなさい、私がつまらないこと言ったばかりに」

 まっきーが謝った。望は、まっきーが謝る必要ないのに何故と思った

「おい、望いつまでどさくさに紛れて肩を抱いているんだ」

 紫は腕を振り払った

「違うところが良かったか...」

 紫は望の耳を強めに引っ張った

「すんすんさん安心して、今夜は上手く仕込むから」

 すんすんは安堵のため息をついた

「はぁ、冗談がきついわ、寿命が10年縮んだ」

「すんすん、そういう話はよくないよ」

 まっきーがたしなめた

 電車が来たので4人は乗り込んだ。

「彼氏は偉いな、黙ってむらさきの荷物を持つのだから」

 すんすんの言葉と同時に声を掛けられた

「富樫と久保じゃねぇか」

 Kの声だった、紫は鼻に2回触れた

「あら、中学の時のみたいに口説きに来たの、それともまた自慢話かしら?」

 紫は露骨に不機嫌な口調をKにぶつけた

「いきなりご挨拶だね、久保がいつも1人なんで声を掛けてやっただけなのに、チョット自意識過剰じゃない」

「声掛けた内容ってそんな話だったかしら。サッカーの話って分からないのよね、私、見ないから」

「その節は久保が悪趣味ってことを下調べしなくてホントウに後悔したよ。それでまだお前達付き合っていたんだ」

 紫が自分の肩を2回触れた”コウタイシテ”の合図だ。

 この男の会話に否定をするのは危険だ。望は紫の期待に応えてKをからかってやろうと思った

「お前の付き合うって定義はなんだよ」

「バカか?高校生のクセにそんなことも知らないのか?チョット恥ずかしいな!」

「ああ、知らないな微分式を見ているようだ」

 3人の女性が笑った

「なに言っているんだ、みんな笑っているじゃないか、ホントウに小学の頃から変わっているよな、どうしてこんな奴が久保と付き合っていたんだ」

「おいK、混乱するから定義がまだなのに付き合うって言葉を使うなよ」

「何だとバカじゃねぇ?偉そうに言う、お前はどう定義しているんだ」

 すんすんは笑って、まっきーに昨日の化学の問題の話を始めた

「Kに聞いたんだけどな質問返しか、まあいいか。ボルン=オッペンハイマー近似で言うとキスしてからが付き合うというのが僕の定義だな」

「バカか?そんな訳分からないこと言うのホントウにお前ぐらいだぜ」

 すんすんが何か言いたそうだったが、まっきーが止めた。望はKが碧を奪った恨みを忘れてはいない。Kが早い段階で理系を諦めたことを知っていたので自分の得意分野で”場”を展開しようと思った。恐らくKは4人が理系の人だと分かっていないはずだ。薄笑いを浮かべて

「そうか、だから人と上手く会話ができないのか」

 Kは望の笑顔が気に入らなかったのか声を荒げて

「そんな調子だから、ホントウに碧に愛想を尽かされたんじゃないか」

 Kはしたり顔をした。望は笑顔を崩さず

「そうか、勉強になるな」

 すんすんが口を挟む

「碧さんって誰?」

「ああ、2年の時に付き合ってた人、逃げられたけど」

 すんすんは笑いながら

「二股?」

 望も笑顔を崩さず

「そんな器用じゃ無いよ僕は」

 すんすんと望は笑った。Kは紫の顔を見た後、不機嫌な顔をして

「お前、ホントウに悔しくないのかよ」

「なんで?」

「望に愛想尽かして、碧は逃げていったんだぜ、お前がホントウにダセーからってみんな言ってたぜ、みっともねえな」

「そうなんだ、碧さんには碧さんの考えがあるし、大学受験と一緒で学力が足らなければ合格できないのと一緒だろ」

 Kはしたり顔ですんすんとまっきーに話しかけた

「こいつは、ホントウに危険人物だから気を付けた方がいいぜ」

 すんすんはまっきーと化学の問題の話題を再会していて、その言葉に反応しなかった。Kは少し怒った口調で2人に言葉を浴びせた

「おい、チョット聞いているのか」

 2人はその言葉にも反応しなかった。Kは舌打ちした。

「望、チョット話があるんだ」

「なんだ、今じゃないとダメか」

「碧の話だ」

「なら、明日でいいな、美人3人とお話しできる機会なんて、もう僕には訪れないだろうから、今日は遠慮してくれ」

 Kは女性3人の顔を見回した。Kと目が合ったまっきーが突然

「望さんは、共有結合の水が電離するってどうしてだと思う?」

 と聞いてきた

「ああそれは、水が共鳴していることと、100%共有結合じゃないからだろう」

 すんすんが

「望、凄いじゃん、見直したぞ」

 望は笑いながら

「惚れた?」

 すんすんはさっきと同じように親指を首と水平に動かして親指を下にした

 4人は笑った、Kだけ面白くない顔をした。望は自分の左肩を2回叩いた

 紫は侮蔑の眼差しをKに浴びせると

「それで、富樫君が持ってたもの欲しくなっちゃったんだ。さっき言ってた碧さんでしょ。富樫君じゃなくてあなたを選ぶようじゃ、その”場”の人ってことよ。この2人が富樫君かあなたのどちらかを選べって言ったらどっちを選ぶかね」

 すんすんもまっきーもうなずいた

「熱湯か氷水のどっち選んで入るかみたいな話だけどね」

 3人は笑った。

「盛者必衰の理よね、中学の優等生も希望していた理系すら維持できないんですものね」

 Kは2年の時には数学と理科は望に追い抜かれていた、3年にはKの理系科目は壊滅的で総合成績でも望に敵わなくなっていた

「望、てめぇ、俺の悪口を言っていたのか?」

 紫は涼しい顔で

「富樫君は同級生の悪口言う人じゃない。誰かと違ってね」

 すんすんは頷いた。まっきーは少し怒った口調で

「富樫さんは人の悪口も、自慢話もしていない、4人で楽しく話しているのに邪魔しないでほしい」

 すんすんが言葉を重ねる

「あなたの私の顔見て品定めしただろう!」

 Kは

「ホントウに望は口だけは上手いな、彼女たちを騙したのか」

 望はただ薄笑いをしていた。紫と一緒にいたときから自分に1つ課題を課していた

 ”どんなときも紫の前では不機嫌な顔をしない”

 自分には優れた容姿や、頭脳のカードは配られていない。だからせめてそれだけは紫のためにしようと思った。紫は涼しい顔で

「望には理系の適性があったけど、Kには適性がないので合わないと思った。ここは理系の集まりだから話が合わないと思うよ」

「久保に声掛けたのは俺の失敗で暗黒歴史だった、でも係わらなくて良かった」

 望もさすがにここは口を挟んだ

「K、お前何様のつもりだ!」

「お前、碧にはそこまで言わないくせに、久保にはホントウにムキになるんだな」

 望は、Kの挑発ということが容易に分かった。碧と別れた後に内省したことでもあった。ただこの時点で抑えきれなくなった。

「お前が、そう思うならそうなんだろう。僕はKと違って大多数の他人からどう見られているか全く気にしないから。僕はここにいる3人と楽しい時間を過ごせればそれでいい。”場”の空気を乱すものは抗うだけさ。客観的な正義など僕には興味のない話だ」

 Kには予想外の言葉だったらしく続きの言葉が出なかった

「富樫君に嫌がらせすることが、私への復讐のつもり?わざわざ同じ学校に行って、周りのレベルに合わせて成績を落としていたんじゃ、人生の失敗じゃなくて?

 中学時代の英雄も今じゃ面影もないわね」

「何を偉そうに!」

 Kは紫をにらみつけたが、紫は動じる様子もなかった

 ”Raise high the roof Beam.(予想していなかった<レーザー光線が発せられたような>嫌なことが起こった/屋根の梁を高く上げよ)”

 すんすんが反応して

 ”I think it's best to spray medicine to get rid of pest.(害虫を駆除するには薬を散布するのがいいと思う)”

 まっきーも答えて

 ”He doesn't understand how he is evaluated.(彼は自分がどのようにみられているか分かっていない)”

 望は英語が苦手だったがこの場の空気に合わせる必要があり、底力を出した

 ”Pharmacists prepared highly effective drugs.(薬剤師はうってつけの薬を調合した)”

 紫が

 ”He can't forget the glory of the past.(彼は過去の栄光にすがるしかない)”

 Kが怒りで顔を赤らめて、

「バカにしやがって」

 といって、紫に手を上げようとした。望は大きい声で

「何するんだ!」

 と叫び紫とKの間に入った、周囲が静まりこちらに注目が集まった。望はただ殴られて反撃をしないつもりだったが、予想を反してKは舌打ちの後、ふてくされた顔をして無言でその場を離れて隣の車両に行った。途中連結の扉をサッカーで鍛えた足で蹴った。

 まっきーは紫と英会話を続けていた

Mac.key”Do you WANT to be under the same roof as him?(あなたは彼と同じ屋根の下にいることを”望”んでいる)”

Yukari”Raise the roof !(屋根が吹っ飛んだ/驚いた)”

Mac.key”What kind of sky is Murasaki&Nozomi looking there?(紫と望はそこでどんな空を見ているの)”

 望は英語が得意でないのですんすんと話をすることにした

「すんすんさんは英語得意か?」

「我が名はすんすん。化学を極めるもの、英語は苦手だ!」

「では、世間話でもしますか?」

「あなたにSympathy(シンパシー)感じるのは癪(しゃく)だけど」

「そういうこと直言するすんすんさん好きですよ」

「彼女持ちの男は言葉が軽いね」

「共鳴(Sympathy)って何が」

「美人の法律とブスの法律がこの世にはあるってことを話せることかな」

「すんすんさんは美人ですよ」

「彼女持ちの男は言葉が軽いね」

「もう一回言われないように注意します」

「配られたカードで勝負するしかない。カードが弱けりゃそれを埋める努力が必要ってね」

「”すんすんさんは綺麗でいつもがんばっているね”って言って、抱きしめればいい?」

「彼女持ちの男は言葉が軽いね。でも紫の前でできる?」

「Pest(害虫:K)の話を聞いてて察しませんでした?」

「やっぱりそうか・・・じゃあ、彼女を取られた男が、彼氏持ちの女を抱きしめるか、私は興味があるぞ」

 望は、すんすんの察しの通り、2人きりならすんすんを抱きしめていた。すんすんは会話の中で紫と自分の距離感を把握していると確信した

「じゃあ、足利で降りないで中曽根首相の高崎まで行きますか?その先は新潟でも長野でもいいですよ、そこで力一杯抱きしめます」

「ははは、むらさきの心を奪う男は言うことが違うね。

 ・・・私は多分、誰かに褒めて欲しかったのだと思う」

「受験生の恋愛は大変だよな、金も掛かるし、時間も取られる、僕は放棄して追わなかった。すんすんさんは偉いよ、尊敬する」

 すんすんは笑った

「望の胸で泣いていい?」

「聞いてる時点でダメじゃん。でも、すんすんさん程の女性に冗談でもそんな言葉掛けてもらって嬉しいですよ」

 望はすんすんが金の草鞋を履いて探す人であると直感した。お寺の住職が話した「恁麼(いんも)」という言葉を思い出した。言葉の意味はよく分からないが多分こういう事なのだろう。多分2人がもっと大人なら一夜の恋に染まるのだろうとも思った。

「落ち着いたらむらさきと付き合うの?」

 望はすんすんが心の整理ができたようだと思った。すんすんが素晴らしい人であることが分かった。自分が臆病なのか良識のある人間なのか分からなかったが、結果だけは否応なしに得られた。

 望は、碧にできなかったことをすんすんは事もなく成し遂げることのできる人だと思った。美人というカードを配られなかったすんすんにとっては、人生の荒波の中で身につけた航海技術なのだろう、もしこれがすんすんに配られたカードだったら今でも碧を許していない自分が浮かばれない。

 紫はまっきーと英会話を続けていてこちらの会話は届いていないようだ

「試験の出来が良くなかったので、多分僕は浪人する。あんな美人で刺激的な人が側にいたら勉強が手につかないよ。

そして、大学に行ってすんすんさんみたいな人を探すよ」

 すんすんは望の肩を叩いた

「それは、重水素を探すくらい大変だ」

 望はすんすんの笑顔が嬉しかった

「ははは、大きく出たな、そしたら合成するしかないな」

 すんすんは人差し指を自分の頭に付けてニヤニヤしていた。面白い返しを考えているのだと望は思った

「爆弾作る気」

「崩壊じゃなくて融合の方」

 2人で笑った。望は大学に行けばすんすんのような女性に会えると信じて止まなかった

「あら、楽しそうじゃない」

 紫が2人に話しかけてきた。

 <つづく>

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