第23話 コールド・リーディング

 コールド・リーディング


 そこにはセミロングにソバージュを掛けた女性が立っていた。

 菫が対応してくれた

「なんでしょうか?」

「彼氏の方に・・・お願いです。助けて下さい」

 望はその女性が27、8歳に見えた、写真を趣味にしている望は、女性は27、8歳が一番美しいという認識を持っている。そういう年齢的な有利も加算されとても美しい女性だった。写真ならば美しい女性も、実物は望にとって不快だった。この距離でも髪の毛の匂いが届く女性との会話は避けたいのが本心だった

「申し訳ない、僕は仕送りで生活している一介の学生です。人を助けるほどの余裕はありません」

 去ろうとすると、その女性に望の腕を捕まれた。髪の毛の匂いが望に届く、匂いさえなければ鼻の下を思い切り伸ばして優しい言葉を掛けるだろうが、たとえこの女性が隣に裸で寝ていても逃げたいくらい化学薬品過敏症の症状が望の身体に進行している。特にこの女性が使用している香料は相性が悪い

「お願いです、私の話を聞いて下さい。あなたは特別な力をお持ちの方でしょう?」

 望は菫と顔を合わせてため息をついた

「なにか勘違いされていませんか?」

「申し訳ありません。大変失礼な話ですが、彼女を除霊しているところを拝見しました。どうか私の話を聞いて頂けないでしょうか?」

 望は年上の女性に敬語で話されることに違和感を覚えた。霊媒師で人から敬意を持たれるのは望の本意ではない。

 菫が女性を睨んでいる。望は菫から並々ならぬ敵意を感じた。望は菫だけに分かるように”おいかえす”と無声で口だけを動かした後、左目だけ閉じて菫に目配せした。菫の右肩に軽く触れて合図した後

「重くないから直ぐに済ますよ」

 菫に笑顔で伝えた。菫は心配そうな顔で望を見ていた。常時と違う問題が起きたときの振る舞いが、その人の能力だと予備校の古典教師が教えてくれたことを思い出した。望は菫が人として尊敬できる人物であることを確信した

「僕は、先程申した通り一介の学生です。少々呪(まじな)いのまねごとをしていますが、力が強いわけではありません。彼女に憑いているものを祓って、ほとんど力を使い果たしてしまいましたが、あなたに憑いているものは残った力で祓えそうです。左肩に触れますが宜しいでしょうか?」

「お疲れのところ申し訳ありません。突然のお願いに対応頂いてありがとうございます。除霊して頂けるのでしたら何でも協力します」

 望は目を閉じて、ゆっくり息を吐きながら右手の人差し指と中指で北斗七星を描いた。そのあと右手を水平にして自分の鼻の上に置いて目の下に手のひらが来るようにした。目を見開き女性の身体を一通り見渡すと左肩を凝視した。

 女性の左肩を少々強めに二回手のひらで叩いた。もう一度鼻の上に手を当てて”はっ”という気合いの声と共に水平に手を振った。望はよろけて、右ひざをついた。よろけたのは演技だった。

「望!」

 菫が望の背中に抱きつき女性をにらみつけた。望としてはこの光景を見ている他の人が同様の依頼をしないための演出だったが、尊敬できる人物である菫は、望の身体を気遣って勝手に身体が動いたのだ

「菫、ありがとう。大丈夫、カタはついた」

 望はわざと菫の名前を呼び捨てにした、女性が怯えているように見えた。女性の髪の匂いで気分が悪い、きっと表情にもでていると思う。

「たぶんこれで、大丈夫だと思います。

 帰りに夜間営業のスーパーで粗塩を買って、家にある一番白い皿に粗塩を盛って玄関に置いて下さい。

玄関に置くのは必ず夜です。

その日星空が見えるようでしたら北の空に北斗七星を見つけて手を合わせて下さい。手を合わせるのは置いた初日だけで構いません。

盛り塩は29日後に入浴後のお風呂に全て入れて溶かした後に、太陽が昇った時間以降に排水して下さい。

もし、症状が改善されないならば僕の力不足です。

北の方角にある神社に相談に行って下さい。

 恐らく、次に鏡を見ると前回見たときと顔が良い方に変わっていると思います。どうかご油断無きよう。

 それと鏡を見ているのならば、もっとご自分の容姿を客観的に評価して下さい。

2人の女性と一緒の時にあなたに声を掛けられるのは迷惑です」

 望は菫に

「終わったよ、もう帰ろう」

 とありったけの笑顔で伝えた。

 女性は望より先に菫と小夜が恐縮するくらいに何度も無礼を詫びた。女性はお礼がしたいと言ったが、望は頑なに拒否した。女性はせめてここの会計だけは払わせて欲しいと言ったので、その好意だけは受けることにした。女性は3人が店を出るまで見送り繰り返しお礼を言った。 

 店を出ると開口一番望がこぼした

「ソバージュきっつ! 

 ソバージュの女性と話すのは拷問だな」

 小夜と菫は言葉を失っている

「菫さんありがとう気を使ってもらって、でもあれ演技だったんだ」

 菫は結構強めに望の背中を手の平で叩いた。東京の夜空に湿った音が響く

「ごめんなさい。斜め後ろに座っていたマダムが次は私よ、って顔をしていたから・・・

心配かけて申し訳ない」

 菫が望の背中にしがみついて

「バカ・・・バカなんだから」

 望は背中に柔らかい感触を得た。菫は背中に顔を当てているのだろう

「さっきも触れた通り霊現象の99.7%はインチキだから、続けて2件も続けて起きる訳がないでしょうってのが僕の考察。あの女性はただ話を聞いて欲しかっただけだと思う。そもそもこのテの話ってコールド・リーディングしているだけだから」

「コールド・リーディングって?」

 菫の声は鼻声気味だった。

「相手の言葉を利用して、何も情報を持っていないのに予言者のように振る舞う手法だね。大きい主語で相手の情報を聞き出して、さも自分が透視したように見せる手段さ、試しにやってみようか?」

「いやらしいことしない?」

 菫は笑いながら居酒屋でしたような胸を隠す仕草をした

「最近、身体の左側で具合が悪いというか、違和感があるところがない?」

「そういえば肩が少し重いような」

「肩は右より左の方が辛くない?」

「確かに」

「こんな感じです」

「あっ」

「菫さん、肩、お揉みしましょうか?」

「絶対嫌! ・・・

 もしかして、あの最後の台詞ずいぶんすらすらと言っていたけど、あれもインチキ?」

「菫さんに渡した形代が100の効果があるとしたらさっきの女性の効果は2か3ぐらいかな

あの仕草、髪の毛の香水が臭いから鼻を押さえたんだぜ

でも菫さんに心配してもらって申し訳なかったのと・・・

すごく嬉しかった

特にあのお姉ちゃんを睨んだ顔最高だったな。惚れたぜ!」

 菫は望の背中を太鼓のように連打した。叩かれながら望は

「菫さん、僕なんかのためにありがとう」

 ”心配したんだぞ”とつぶやきながら菫はしばらく背中を叩きつづけたあと、さっきと同じように抱きついてきた

「ありがとう」

 望は菫が言ったありがとうの対象が何かは分からなかったが、確認することはしなかった

「本当に天魔ね」

 今度は小夜が言葉を発した

「日蓮大聖人様の御言葉ですので、天魔と名指しされている期待に応えないと日蓮大聖人をお慕いする経験の浅い門徒の方々が迷われてしまう。

 でもあのお姉ちゃん、肩じゃなくて、お尻とか胸でもイケたな。ショートカットなら犯罪行為に及んでいたな

 ・・・イタタタタ」

 菫が望の耳を引っ張った

「望!いろんなものに心から謝罪しろ!」

 望は笑った

「手前は無間に落ちる身、今更謝罪したところで何が変わろうか。生きることは修行、地獄に落ちてもまた修行。廓然無聖(かくねんむしょう)元々聖地なんかこの世には無いのさ、聖地は自分でしか作れないときちんと分かっている」

 小夜は呟く

「あの人がかわいそう!」

「大体こういう類はカウンセリングなんだよ、要は話を聞いて欲しいだけ、そして自分のやったことを正しいって言ってもらいたくて、この先の選択を指示してもらいたいだけ。

 さっき言った廓然無聖ってのは、この世のどこを探しても聖地なんてないってことさ。大事なことは自分で決めて、自分で責任を取る。少なくとも僕はそう思うね。

 肩触れていいですかって聞いたら、疑いなく簡単に許したから、予想するとあのお姉ちゃんは男にたかられて捨てられた感じじゃないかな?まあ、これもコールド・リーディングだけど

実は、最後の仕上げで菫さんが睨みつけたので除霊と魔除けができたんじゃないか」

 菫が左耳の方も引っ張った

「イテテテテ・・・

 これはマジ(真面目)だよ。あのお姉ちゃん2人にすごく謝っていたし、これ効果があった証拠だよ

悪い男があのお姉ちゃんに近づいたら菫さんの顔を思い出して拒むだろうから」

 菫は耳から手を離して

「望は実はすごい人なんだね」

 望は2時間前そしてさっきは簡単に言えた”惚れた?”という言葉が言えなかった

「ゴメンな、厄介事に巻き込んじゃって」

 望は碧の幽霊であるように誘導した。望は巴、すなわち”未来の菫”に騙されていて疑っていない。自分が迷ってしまったら全てが崩壊する。

 空気を読んだ小夜が話を逸らす

「あの距離でも髪の毛の匂いがダメなの」

「ソバージュだしね」

 意外な言葉を菫は口にした

「奈緒ちゃんと話すときいつも難しい顔してたのは髪の毛のせい?」

 奈緒はセミロングに柔らかなカールの髪だった。望は菫が自分のことを以前から観察していたのだろうかという都合の良い仮定が過った。

「難しい顔してたか?」

「小夜ちゃん以外にはいつもそう。でも今日の望、私と話す望は違った」

 望が以前に菫と話した記憶はほとんどない。いやそうではない、喋り方が他の人との話し方が違っていて記憶が混乱しているのだ。過去の会話であのおっとりした喋り方で対応されたことはないだけだった

「菫さんにも難しい顔で話していた?気付かなくってごめん。まだまだ修行が足らないな」

「今日・・・今日は話せて楽しかったよ。・・・江ノ島楽しみだよぉ~」

 菫が望のシャツを引っ張って言葉を絞り出した

「ところで、碧さんってショートカット?」

 望は賢い菫には隠し通せないことを悟って、2人に正直に話すことにした

「いや、セミロングかな菫さんより長かった、奈緒さんくらいかな」

「そのときは大丈夫だったの?」

「発病したのは、碧さんと付き合うようになってからなんだ

 それまでは授業参観に来たお母様方が施す化粧の匂いに気持ち悪くなった事があったぐらいで、その症状が出たことがなかったんだ」

 小夜は顎に手を当てて考えている。望は菫の言葉が予想できて、その通りの質問をされた。

「それで今回の件も真っ先に碧さんの生霊を疑ったんだ」

 菫が望のシャツの背中を引っ張った

「ねえ、望は奈緒さんがショートカットにしたりハットトリックを使っていたら好きになる」

 望は居酒屋で小夜が聞いた質問の主語が菫から奈緒に置き換わって、今度は菫から聞かれる形になった、あのときはその気があれば小夜を優先するという回答をしたと思う。今は菫からの質問だ

「2人を差し置いて奈緒さんをお2人以上に好きになることはない。そして2人は友達を越えることはない、少なくともこの事件が解決するまでは」

 小夜が口を開いた

「望は”好き”っていう言葉が軽いね」

「僕は語彙力が乏しいからね。それに言葉が完璧に人の気持ちを変換できるとは思っていない。他に手段がないからつたない言葉という手段を使っているだけ、むしろ言葉なんて無くなって全て数字にしたほうが意思疎通がしやすいと思う。ディラック博士がノーベル賞を受賞したときそんなことを仰っていた気がしたけど、僕はそれに大賛成だ」

 小夜は笑って

「面倒くさくて、わびさびのない人ね、望って」

 望は巴との約束を守らなければならないと思い、意を決して菫のいるこの場面で小夜に聞くことにした

「面倒くさいついでに聞くけど、小夜さんが好きな人って奈緒さんなんだろう」

 望は巴から聞いた情報を半信半疑のまま使用した。短い沈黙の後小夜が呟く

「軽蔑した?」

 菫は望の左腕を掴もうとしたが上手く掴めず袖を引っ張った。寂しそうな口調で小夜は続けた

「知ってて声を掛けたんだ」

 望は、はっきりした声で

「僕は中学のときに自分の気持ちに正直に生きる事に決めたんだ。言わない後悔はしたくないだけ」

「迷惑よ」

 小夜はきっぱり言った。沈黙が続いた。沈黙を破ったのは望だった

「解らないんだ、なんで奈緒さんが今回の件で被害に遭わなくちゃいけないのか」

「迷惑なのよ」

 今度は夜空を見上げながら小夜が独り言のように呟いた。あと続けて、強い口調で小夜は答えた

「被害に遭うのは、奈緒があなたのこと好きだからじゃない」

 望は小夜が何かを隠していて、これこそが巴が自分に頼んだ内容の核心に触れていると直感した。誤魔化そうとする小夜に追いすがった。

「例えば僕が、菫さんか小夜さんと付き合うことになって、そのショックで自ら悲しい選択をするって事?そんなのあり得ないよ」

 会話が途切れた。望は小夜にも菫にも言っていないが、巴は小夜の死を予言していた。小夜の説だと小夜が自殺する要因が見当たらない。望は到底信じられない仮説を立てた。

 今晩菫と男女の関係になったことを苦にして小夜が自ら命を絶つ。それを苦にして小夜と恋愛関係の奈緒が追った。でも望には自分がそこまで小夜に好かれているという状況がどうしても信じられなかった。最も、奈緒の死は巴が明言していない。望が巴の言葉から推測したに過ぎない。

 3人から言葉が失われたまま、地下鉄の入り口まで歩いてきた。菫はまだ望のシャツの背中を掴んだままだった。ここで望が沈黙を破った。

「小夜さんって何処に住んでるの」

 望は何も答えてもらえない覚悟をしていたが、返事があった

「蒲田」

 ぶっきらぼうに答えだった

「ご両親と同居しているの?」

「一人暮らし、前の学校に近かったから」

 事務的な回答だ。望は思い切って聞きづらいことを尋ねた

「前の学校にも化学系の専攻?」

 小夜は菫を一目して口を噤(つぐ)んだ。望は小夜が菫の前では話したくないという意思表示と都合良く解釈した。

 望は菫の方を向いて

「菫さんは」

 菫は居酒屋の最初の様なおっとりした声で思い切り明るく

「赤羽だよぉ~私も一人暮らしよ。望、怖いから今晩私の家に泊まってよぉ~」

 望は菫がこの状況を考慮してもっともうってつけな対応をしてくれたことが嬉しかった

「菫さん、さっきのお姉ちゃんにも言いましたが、ご自分のお顔は毎日ご覧になっていますよね」

「バカにしないで、鏡位あるよぉ~」

「では、その可愛い女性のところにスケベ男が泊まったら、源氏物語のような出来事が起こることは想像できませんか?」

「大丈夫、ご先祖様が守ってくれるのだぁ~」

 望は笑いながら

「僕の由緒正しき形代をそういうことで試すの止めてもらえますかぁ~」

 菫も笑って

「真似すんなぁ~小夜ちゃん笑ってよぉ~」

 小夜も仏頂面のまま

「もう、あなた達は調子狂うわね」

 と言い終わって吹きだした。

 望は胸を張って

「小夜さんの為だけに大好きな奈緒さんをなんとしても護るよ」

「望は奈緒ちゃんのこと大好きなんだぁ〜」

「ははは、そうでもないぞ、どのくらい好きかというと、さっきのお姉ちゃん位だな、菫さんや小夜さんなら全力で護るけど奈緒さん単体ならそこまで下心はないかな」

 すぐさま菫は聞き直した

「今、下心って言ったぁ~?」

 望は真顔に戻って

「さっきは実力以上の力を出して菫さん護ったつもりですが、足りませんでしたか?」

「望・・・」

 菫は泣き出しそうな顔だったが、言葉を繋いだ

「望の言葉は軽いね」

 菫の言葉の口調が変わった

「まあ、さっきも言ったとおり僕は語彙力が乏しいからね。気持ちを相手に言葉で伝えるのは厳しいよ。猫が好きも奈緒さんが好きも同じ量の好きだけど、量の違う筈の菫さんや小夜さんに対する気持ちも好きという言葉でしか表せない。”言語道断”って和尚さんが言ってたな」

 小夜が笑いながら

「言語道断って言葉の使い方がおかしくない?」

「こんど、実家に帰ったら和尚さんに聞いてみるよ」

 望はあえて言葉の解説はしなかった。菫に声を掛けなければならないと思った

「ところで菫さんって出身はどこ?」

 望は小夜の出身地は調べていたが、菫の出身地は知らなかった

「前橋」

 望は結構近いなと思った。そして今、紫が通っている大学も前橋だった

「前橋なら自宅から通えない?」

「私ん家、JRの駅から遠いんだ、群馬大学なら私鉄で通えたけど、親の反対押し切ってこっちに来ちゃった」

「私鉄って上毛電鉄?」

「えっ、上毛電鉄を知っているの?」

「西桐生から大学まで自転車で10分ってところか」

「望って、確か栃木よね」

 望は菫が出身地を知っていることに驚かされた

「実は僕のお袋は群馬の人、桐生出身、実は群大工学部の近くの予備校に行っていたんだ」

 3人はJRの改札を抜けた

「カカア天下とからっ風、鶴を形どる群馬県」

「うわぁ~上毛カルタ」

「強い女性は大歓迎だな。心の琴線に触れて名曲が聞こえる。

そういえば、中学時代の2人しかいない友達が2人とも群大に行ったな」

「工学部?」

「一人は工学部で一人は医学部」

 医学部に行ったのは久保紫だ

「医学部の友達がいるんだ」

 ここで電車が来た

 今度は小夜が望に話しかけた

「望は国立受けなかったの?」

 望は湿った話にしたくないので笑いながら

「うち、あんまり裕福じゃなくて弟と妹もいるので最初は国立志望だった。

 予備校最初の筆記模試の後、担当の先生に呼ばれて

”悪いことは言わないから国立は諦めろ”

と言われた」

 菫が笑いながら

「なんでなんで?」

 と聞いてきた

「模試で国語の偏差値が23だった。現代文なんか漢字しか合っていなかったよ」

 小夜と菫に大笑いされた

「それじゃ語彙力が無いわね。それで予備校の先生はなんて?」

 今の大学に受かっていなければ最大級の侮辱であるが、望は一般の方に10人聞いたらそのうちの8人は学校名を知られている私立理系学部の学生であるから、この3人の中では笑い話で済まされる話である。言語は”系”にその存在を依存する

「予備校の先生には”君の家庭の事情は解るが、奨学金も借りられるし、親への恩返しは社会人になってからすればいい。出会える人間もずいぶん違ってくるから、理科の成績に見合う私立を目指した方がいい”って言われた」

 小夜も菫も真顔になった

「そこで国立コースから私立コースに授業を変更して、僕をこの大学まで運んでくれた運命の講師と出会うんだ。ちなみに古典の講師が好きで古典だけは授業を変えなかった」

 二人は頷いて聞いている

「続きは有料です」

「ゑ~」

 2人は変な声をだした。望はあからさまにいやらしい顔をして

「躰で支払ってくれてもいいぞ~エッへへ」

 小夜が笑いながら

「死んでしまえ」

 3人に笑顔が戻った

「秋葉原だね。ここでお別れだ

菫さん、明日の夜にも留守電入れとくね

今日は楽しかったありがとう(携帯電話のない時代の話です)」

 望は小岩なのでこのまま残り二人は乗り換えになる。”巴との最初の約束はなんとか果たせたな”、望は巴の歴史で起こる筈の出来事が起きず惜春の思いに溢れた。”今日でなくてもきっと・・・”

 小夜は軽く手を振った、望は小夜の機嫌が少しは直ったようにみえた。巴との約束は明日にも電話して果たそうと考えた。今日は疲労困憊で余力がない。

「続きの話をするのだ」

 菫は望みの右腕に両手を絡ませて引っ張り下車させた、黄色い電車は扉を閉めて東に向かって去っていった。望は右腕に女性特有の感触を受けた。碧と唇を重ねた時の感触が蘇った。望は菫ならば有料情報の”お代”にしてもおかしくないと思った。

「さあ、私の体で払ってやろうではないか、覚悟はできているので好きなところを触り給え」

 下車した人の何人かが足を止めてこちらに注目する。

「ではお言葉に甘えて・・・その奇麗な髪に触れてもいいかい」

 菫は驚いた顔をした。望は菫が自分が要求してこないと思ったに違いないと確信した。望は子供の頭を撫でるように2回菫の髪に触れた。写真以外で女性の髪が美しいと感じたのは初めてかもしれない。

 支払ってもらった”お代”が大き過ぎる、お釣りを菫に渡さなければならない

「写真をやってるから知っているよ、その綺麗な髪、維持するの大変なんだろう」

 望の中に封印した”漢”が解放されてしまった。

 菫は顔を紅く染めてうつむきながら

「怖いから、家まで送ってほしい」

 望は我に返った。これはしてはいけない選択だ

「菫さんのこと好きだと言ったよね。さっきの繰り返しになるけど、菫さんがそんな隙を見せたら、ああ、隙間の隙ね、僕は絶対手を出すよ」

 小夜が告げる

「奈緒との約束だから、私が送るよ」

 菫は困った顔をしている、望は小夜が同性愛の嗜好を持っている事を知ってしまったから抵抗があることを察した。望は笑って

「じゃあ一緒に行くか」

 3人は秋葉原の細い階段を下った。

「恩師は、僕に真実に近い理科を教えてくれた。そして化学は物語の世界といっていた」

<つづく>

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