第12話 校庭の花壇の薔薇
校庭の花壇の薔薇
「菫さんの最後喋り方が違ったね」
最初の小夜の言葉は意味深長だった
「ごめん、感傷的になっていたので気付かなかった」
望は、好きな人には嘘をつかない主義だったが、嘘を吐いてしまったことに自分の中で答えのない問いに問い続けた
「ずいぶん菫さんと仲良くなったみたいね」
望みは予想外の言葉に戸惑ったが、動揺することはなかった
「ああ、女性とあんなに話しするのは久しぶりだなぁ」
冷静な小夜には珍しく感情的に
「”望”って呼んでたしね」
望は小夜の言い回しに自分を男性として見てくれている可能性を見いだした
「小夜さんにも”望”って呼んで欲しいな」
「じゃあ天魔望・・・」
望は小夜が全然乗り気でなかったのに、どうして自分を気にするのか不思議だった。ここには何か望の知らない法則に支配されているのかもしれない。
「私に何か嘘、ついていない?」
望は、小学校の先生が生徒を注意する風景が連想されて可笑しくなった
「僕のちっぽけな経験上から申しますと、女性に嘘をつき通せる男は1%も存在しないと判断します」
「望はその1%を目指しているんだ」
望は自分の名前を呼び捨てにしたことで、小夜との距離が近づいたことに気づいた
「その台詞もう一度言って」
「天魔望!」
小夜は冷静さを崩して言った。
「その台詞好意的に受け取ってよろしいでしょうか?」
小夜はあきれた表情で淡いため息をついた。
「どこをどうすればそういう発想になるのかしら?
そうか、二人は悪魔だったね」
「あのう、拙者、何か小夜様のお気に召さないことをしてしまいましたでしょうか?」
あきれた顔で小夜は
「望は、菫と以前から知り合いでしょう」
望は小夜が最も適切な言葉を短い表現で選んだと思った。刹那、小夜が自分を男性として見てくれているという可能性が崩れたことを悟った。物理化学の教授が”この理論は破れた”と言った授業の言葉が蘇った
「菫さんとちゃんと話したのは今日が初めてですよ」
「嘘!2人で私をからかったんでしょう」
望は小夜がこんなに感情的になるのを意外に思った。それはそれでいいとして、対策方法が思いつかなかった
「それはないですよ」
望の頭の中で”おも~かじいっぱ~い”と航海長菫の声が聞こえた気がした。小夜が”惚れた女”から”めんどくさい女”に見えてきた。そして今なら菫を落とせるかもしれないと言う気持ちが支配し始めていた。菫ならば、僕意外には不思議な女性を演じてくれて、高校の時に経験したように誰かに自分の恋した人を奪われることはないのではないかとも思った。腿が菫のお尻の感触を記憶して望を虜にしている。
小夜に対する緊張が緩んでいくことを自覚していた。冷静に考えれば、頭脳明晰な彼女は、能力の足らない同級生に似たような嫌がらせを受けて来たのかもしれない。小夜も地方出身だったので、男尊女卑の影響を受けたことは容易に想像できた。頭脳明晰なのにそういう気配を殺す身のこなしは、彼女の辛い経験から習得したのかもしれないと思った
「僕は、テレビのドッキリ番組は基本的に理解できない。見たらきっとスポンサーの企業の製品を買わないし、サービスも拒否する位、徹底してますので、そういう趣味はないです。
そういう風に思われるのはたとえ小夜さんでも心外です」
「まあ、見ないんだから、スポンサーは分からないね」
ごもっともだ。望は女の子の参加する飲み会では絶対言わないことを言ってもいいかと思った。もう小夜に細心の注意を払う必要もない。この段階で小夜と付き合うことはあきらめた
「僕は、世の中はエネルギー保存の法則が成り立っていると思います。仕組まれた”人の失敗”を見て笑うやつは、いつか誰かに騙されて自分が笑われる立場になるんだと。
人をだますことを見せ物にして、それを支援する会社なんて僕は軽蔑しますし、少なくとも小夜さんがそういう目にあったら、仕組んだ奴を徹底的に非難します。小夜さんにどんな誤解をされ、軽蔑をされても、自分の考えだけは曲げないつもりです」
望みは、いつも冷静な小夜が少しだけ申し訳なさそうな顔に見えた
「ねえ、望は菫のこと、どう思っているの」
望は小夜も聞きにくいことをさらっと聞くことのできる人だと感心した。多分小夜は、自分にとっては付き合いやすい人だと確信した。小夜に惚れた自分の見立ては間違っていなかったようだ
「機会があれば、いつかはもっと親しくなりたいですね。
小夜さんも振り向いてくれないし、菫さん、上手くやれば、魔が差すかもしれませんし」
小夜が口ごもる
「もし、もしもよ、私が・・・」
望は言葉を遮った
「小夜さんを優先しますよ、でもさっき高校の頃の話を思い出したら、また女性が怖くなっちゃった。元々今日はそんな壮大な野望があったわけじゃないんで、恋愛はまだいいかなとも思いました」
望は、菫に話した高校の彼女、つまり、菫の言うところの”寝取られた彼女”の話を小夜にもした。小夜の感想も”身の程を知らない女”だったが、望自身が未熟だったのでと謙遜すると、どうして、その人を選んだかと聞いてきた。
追憶を辿ると、彼女は小夜には言えないが菫の1/3程度の美貌である。美貌の数値化は個人の主観であるが、仮に同世代の男性に菫とどちらが美しいと聞いたら7~8割が菫を選ぶと思う。というのが設定の根拠だ。ちなみに小夜ならば五分五分もしくは小夜がやや劣勢といった感じだろうか。その上、高校の彼女は社交性が高い訳でもなく、頭がいいわけでもなかった。
気になったのはLe Petit Princeが好きだったからだと思う。愛美の話に登場した”工作員の少女”の影響で女性全体に恐怖を持っていた。同世代の女性は環境や流行に支配されて自分のような無能な漢を見下す生き物だと考えていた。小夜、菫そして奈緒といった例外の女性に出会う頻度が上がっただけで、今でも基本的な考え方は変わっていない。
彼女が流行でもないLe Petit Princeに魅かれるところをみて、彼女が他の一般的な女性にない見識や判断力があるのではないかと考えたのがきっかけだった。小さな火種も高校生の心の中では激しい炎となって駆けめぐっていった。それは、暗闇を照らす炎のようにそれ以外のものが見えなくなっていた。
しかし、彼女は特別じゃなかった。小夜や菫が述べた”Le Petit Prince”ではなく、”星の王子様”なのである。この訳は望自身もしっくりきていない。彼女は、学校という花壇に育てられた薔薇の木のひとえだに点いた花。もう一度その花壇に行ってその薔薇を見つけようとしても他の薔薇の花と区別のできない花でしかなかったのである
「区別のできる特別な花なんてあるの?」
望は、小夜の言うことがこの物語の核心を突いていると思った。同時に高校を卒業した後、Le Petit Princeを読み返して感じた感想を的確に示している。女性に人間的な魅力を求めるのはお門違いだ。仮にそのような女性がいたとしても、自分を選ぶことはあり得ない。人間的な魅力の観点で言えば、自分も学校という工場で作られた量産品の1つでしかないのだ
「それに気付いているだけでも、望は特別よ」
小夜の言葉に望は、暗い迷路の出口が見えたような気がした。先ほど菫から感じた人間の大きさを小夜にも感じた。どうしてこの学校には人間的な魅力を備えた女性の頻度が高いのだろうか、愛美のような例外はあっても、自ら理系を選んだ女性が通ってきた道には彼女たちを魅力的にした何かがあるのかもしれない。
小夜は少しだけ恥ずかしそうに
「私のことも”小夜”って呼んでもらっていいよ」
「ありがとう。でも”小夜さん”って呼ばせて下さい」
小夜は少しだけ表情を曇らせた
「私が年上だかから?」
「そうじゃなくて、さっき話した”寝取った奴”が彼女のこと呼び捨てにしていたんです。それだけの理由ですが、もし、小夜さんと添い遂げることがあっても”小夜さん”って呼ばせて欲しいです」
小夜は笑顔でうなずいた
「言葉が軽いな、菫が”すけこまし”っていうが的を射ているわ」
「ねえ”小夜さん”。僕のくだらない話、少し我慢して聞いてくれる?」
「慶んで、多分もっと深い背景があるんでしょう、聞いてみたいわ」
望は小夜の笑顔が嬉しかった。本当は小夜が自分の話をしたかったはずだが、それを譲ってくれた。これは、次の機会をもらえたと理解していいだろう。その時聞かせてもらおう。
生涯誰にも話さないつもりだった話、恐らく話す機会は今を逃せば二度と訪れる筈のない話を紐解くことにする。
<つづく>
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