第8話 才媛達のいる席
才媛達のいる席
「望、お前はさかりのついた猫か」
少しお酒の入った奈緒が2人の向いに座り、怒った口調で言った。小夜が言った運が平等でないとは、発散したい秘密を話す覚悟ができたのに、その機会が失われたのだと望は解釈した。
望はとぼけた調子で、
「いいえ、無慈悲な装置を備えられた鋼の箱に閉じ込められた猫です」
望は小夜に視線を移して
「小夜さん訳は大体これで合っていますか」
小夜は微笑んで
「シュレーディンガーの猫ね。合っているわ
猫の生死は放射性物質の崩壊に依存する訳ね」
望はここで小夜の隙を見いだしたと思った。この話は予備校時代に恩師から聞いた話でその受け売りになる
「小夜さん程の方の言葉とは思えません
測定器が放射線を感知するかどうか
ではないですか?」
「イテテ、耳、引っ張らないでください」
奈緒は望の耳を引っ張った。
「小夜さん盛り上がっているところごめんね。ちょっと望借りるね」
奈緒の目は据わっている
「菫に何をしたのかしら」
丁寧な言葉遣いで対応された
「思いっきりからかわれましたが」
「それで菫のスカートの中を見せるように脅迫したと?」
望は酔った女性に真面目に付き合うことが面倒になった
「菫さんだから薄紫かと思ったら、薄桃色の下着でした」
明らかに奈緒が怒っていることが分かった
「どういうことよ」
望は菫が席を離れるときに奈緒をからかうことを宣言していたことを思い出した
「ごちそうさまです。
一週間おかず無しのご飯だけで食事ができそうです」
「そうじゃないわよ
なんで菫は望に下着を見られなきゃいけないのよ」
望は奈緒がもっと怒っているかと考えていたが、思ったより熱量が低いことに気付いた
「軽い冗談のつもりだったんですけど。ほんとに見せてくれるとは思わなかったんですよ」
「菫みたいな特殊な女性になにしているのよ」
望はこれが奈緒の本音だと感じた。奈緒にとっては他の多数が同様に思っているように、菫は学力はあっても人間として欠落がある異分子だと考えているようだ。
「ひでー」
「ひどいのはあんたよ」
「特殊って何だよ、慣性運動の観察か?菫さんが聞いたら泣くぞ」
望は菫がゆっくりとした口調で喋ることは知っていたが、入学以来会話らしい会話をしたことがなかった。容姿についてはかわいい娘だと思ったが、積極的に行動を起こす動機付けはなかった。そもそも、授業の難易度から浪人時代より学習の量は増えていて女性にかまう余裕はなかった。9月にあった前期の試験が終わったところでようやく学業に落ち着きが生じて、女性を見られるようになったというところである。
それまで黙っていた小夜が口を挟んだ
「慣性運動か、特殊相対性理論の特殊・・・」
「小夜さん、今は入って来ないで」
「は~い」
小夜はかわいらしく答えた。
「うわー。小夜さんまでキャラがおかしくなっている」
「望、あなた最低ね二人をたぶらかして」
「そうかな、菫さんにもてあそばれただけだと思いますが」
「どうして、もてあそんだ方の下着を覗かれるのよ」
「でも、菫さんは会話楽しそうでしたよ」
「そうよね、好きだって言ったみたいだし」
「結構何でも喋るんだな、菫さんは」
「結局小夜さん狙いとか言っていて、実は菫さんを口説くとはとんだプレイボーイね」
「こんどはウサギか」
「ウサギ?」
「プレイボーイといえばウサギのマーク
ウサギは人間と一緒で一年中ムラムラしているのが採用した理由とか」
「そんな情報はいらん」
「菫さんには”私面食いだから”って容赦なく拒否されましたが」
「それで引き下がったの」
「一応、”魔が差しませんか”と粘ってみましたが、もともと小夜さん狙いですし」
「本人の前で言うか?菫にしろ、望にしろ何かズレているわね。まあ相性がいいのかもしれないけど」
奈緒が浅いため息をつくと、懐かしい声が聞こえた
「奈緒ちゃんダメだよ~いまは若い二人に任せて時間なのに~」
菫が戻って来た。やはり望の隣に今回も望の腿にお尻を触れながら座ってきた
「小夜さんも僕も菫さんより年上なんですけど」
「もぉ~奈緒ちゃんったら女子の潜在能力が高いんだから~」
「何よ」
奈緒は菫をにらみつけた
「振られて弱った望君慰めに来たんでしょ~
先を越されちゃったよ~」
「ちっ、違うわよ」
「え~奈緒ちゃん望君ねらいじゃなかったのぉ〜」
「んなわけあるか」
奈緒の顔が赤いのは酔っているだけではないようだ。望は奈緒が少し気の毒に思えた
「いやぁ、もったいないお話です」
「もぉ、望君ったら誰にでも気を遣うんだね~」
「奈緒さんは屈託なく親切な人ですから」
「え~それは望君だけに見せる顔じゃないのぉ〜」
「そんなことないさ」
低い声で呟いた。望は話題を変えようと思った
「この席、クラスで
一番頭良い人と
一番かわいい人と
一番美人な人が揃っちゃいましたね
同席できるなんて夢みたいだ」
すかさず菫が反応する
「私、頭良いとか美人とかあんまり
言われてことないのにぃ~
望君褒めすぎだよ~
照れて体が火照るよ~」
菫はスカートの端をつまんで扇ぎだした
望は目のやり場に困った
「菫さん、白いものが見え隠れしているのですが」
「望君のえっち〜」
菫は両手で胸を隠す仕草をした
「ごちそうさまでした。一応ツッコミますがどうして腕がそこにあるのですか」
「望君のいやらしい視線を感じたから」
「一週間おかず無しでご飯が食べられそうです」
「うわ~望君の頭の中で私はあられもない姿なんだ うっうっ」
2人の会話に絶えかねた奈緒が怒った口調で
「最低!」
意に返さず同じ口調で菫は続ける
「望君男の子なんだからしょうがないよ奈緒ちゃん」
望は口を挟むのは危険と察知した。男同士なら手が出ている。
奈緒は完全に火に油を注がれた状態だった。
「最低はあなた」
菫は涙を拭くような仕草をして
「ひどいよ奈緒ちゃん。望君と仲良くしたから嫌がらせされちゃったの〜?」
奈緒の顔から血が引いていく
「んなわけあるか」
小夜が遅ればせながら仲介に入る
「奈緒さんだめよまともにやり合ったら、
菫さんと望君は同じ属性だから」
菫はさらに素っ頓狂な言葉を繰り出した
「もしかして、生き別れた兄さん〜」
望は、ここで菫が口を挟むのはまずいと率直に思った
小夜も同じ事を考えていたらしく、立ち上がった
「化粧直してくるから、念入りに」
「申し訳ないな、僕のために気を遣わせて」
望は空気を読んで小夜を労った
「美人さんとかわいい娘相手に鼻の下を伸ばしていなさいな。
”朧なる瞳”の持ち主よ」
正気を取り戻した奈緒が呟いた
「小夜さんなんか感じが違うな」
菫は容赦なく
「上手くいったんだ、つまんない〜」
望は気になった言葉を口にしてみた
「小夜さんって、なんというかお2人に気を遣っていません?」
奈緒が答えてくれた
「そんなことないと思うけど」
「なにか、二人に秘密を握られているというか・・・」
「なんでそう思うの」
「僕が女性に話しするぐらい緊張している感じ」
奈緒は望の頭を軽く小突いて
「少なくともアンタは緊張していないでしょう」
「えー望君は結構気を遣っているよ、
そうか、分かった
奈緒ちゃんと望君は気を遣わない関係なんだ」
「んなわけあるか」
菫が再起動したようだ
「だから、望君は奈緒ちゃんの胸の話をしたがらないんだ」
「どういうことですの?菫さん」
畏まって喋る奈緒の目は据わっている
「やっと望君とパンツを見せる仲になったのに」
望はこの二人の会話から逃げたくなった
「あっ、いけないお祈りの時間だ
一寸失礼してお祈りに・・・」
望は奈緒に頭を小突かれ、菫に耳を引っ張られた。
〈つづく〉
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