第62話 友愛を誓う


 勢いよく開いたドアに驚いて飛び退くと、中から大男が出て来た。全身真っ黒の服を着て、顔にも黒い布を被っている。だけどどう見ても見覚えがある。


 突然のことに驚いて腰を抜かしてしまった月ちゃんと星ちゃんがボクの両腕にしがみついているのを見た真っ黒な大男は、ぬっと手を伸ばしてきた。そしてそのままボクを扉の中に引き込もうとする。黙っているけれど、不機嫌なのが伝わってくる。



「せ、セイ!」



 月ちゃんがギュッとボクの腕を強く掴んで引き込まれないようにしてくれたけど、ボクはそっとその手に触れて、月ちゃんに笑いかけた。



「大丈夫だよ」


「で、でも……」


「セイが、連れ去られちゃう!」



 すっかり七不思議の世界に迷い込んでいる2人を現実に戻さないとね。ボクはつい可笑しくなって笑いながら、大男の顔を覆う布をひらりと捲った。



「あんまり怖がらせちゃダメだよ? 武蔵くん」



 大男、もとい武蔵くんは、唇を尖らせた可愛い不機嫌顔のままフイッと顔を逸らした。また布がひらりと顔を隠してくれて、ボクとしてはホッとする。



「き、鬼頭くんだったの……」


「もう! びっくりしたじゃん!」



 月ちゃんはホッと胸を撫で下ろして、ボクの腕を掴んでいた手の力を緩めた。ようやく恐怖が抜けたらしい星ちゃんが文句を言うと、武蔵くんはつーんとそっぽを向いたまま、改めてボクをグイッと抱き寄せた。



「人の恋人と腕組んで歩いてる方が悪いと思う」


「何? やきもちぃ?」



 星ちゃんがニヤニヤと笑いながら黒い布の下から覗き込むと、武蔵くんは顔が見えないように布を手で押さえて後退った。武蔵くんがタジタジになっているところなんて滅多にみられないけど、ちょっぴり面白くないのも本当。


 友達と恋人が仲良くしてくれているなんて、嬉しいことなんだけどな。やっぱりやきもちは焼いてしまう。



「はいはい、今度はセイが拗ねちゃうからそのくらいにしてあげて」



 月ちゃんは星ちゃんを回収すると、来た道の方を振り返った。



「流石にここで立ち話を続けるわけにもいかないし、そろそろ出ようか」


「そうだね」


「聖夜はここにいても良いぞ?」


「いやいや、それはダメでしょ」



 武蔵くんがボクを捕まえている手の力が強くなる。逃れられそうになくて困ってしまうけれど、嬉しくもあってどうしようかと悩んでしまう。



「大丈夫だ。最後の七不思議で捕まった人の役ってことで……」


「良いわけあるかっ!」


「キャッ!」



 突然背後から響いた大声に星ちゃんが月ちゃんに飛びついた。月ちゃんはその存在に気が付いていたのか、涼しい顔でそこに立ち塞がっている近所郎を見据えている。



「き、近所郎が追ってきた!」


「清水先輩、後輩ビビらせてどうするんすか」


「ああ、それは申し訳なかったな。大丈夫か?」


「はい! 大丈夫です!」



 星ちゃんはあんなに驚いていたのに、もう近所郎をつんつんとつついて楽しみ始めている。ちょっと呆れるけど、ボクも近所郎がどんな素材でできているのかは興味がある。



「鬼頭、後が詰まるからそこで引き留めるな。彼は友人か?」


「いえ」


「ならば余計に困らせるだけだろう。申し訳なかったな」


「い、いえ……」



 ボクはそれ以上に、武蔵くんが友人ではないと即答したことに驚いた。まあ確かに友人ではないんだけど。関係を言ってしまえば粋先輩に嫌な思いをさせるかもしれない。だけどこの場合友人の反対は他人ということだと思うし、複雑な心境ではある。



「お詫びにドーナツを追加でプレゼントしよう」


「えっと、ありがとうございます」



 ドーナツをくれた近所郎に見送られて、ボクはなんとも言えない気持ちを抱えたまま教室を出た。



「最後が1番びっくりしたかも」


「全然怖くないって言ってたのに」


「お化けは怖くないけど、ドッキリは苦手なの!」



 月ちゃんが星ちゃんをからかっているのを聞きながら、頭の中では悶々とさっきのことを思い出してしまう。そもそも、武蔵くんはあんなところで何をしていたんだろう。誘ってくれた先輩とお店を回っているんじゃなかったのかな。



「セイ、チュロスとアイス、どっちが良い?」



 ひょこっとボクの前に飛び出した月ちゃんがボクの顔を覗き込む。月ちゃんは優しく微笑んでくれていて、心配を掛けてしまっていることに気が付いた。



「ごめん」


「何の話? あ、もしかして綿あめが良かった?」



 はぐらかしているけれど本当は分かっているんだろうなと思うと、申し訳ない。だけど折角の好意なら、甘えたいとも思ってしまう。



「あんみつとかどう?」


「あ、賛成! 私も食べたい!」


「はいはい。それじゃあ、お茶処のブースに行こうか」



 月ちゃんが前を歩いて、星ちゃんがボクの隣を歩いてくれる。星ちゃんは面白そうなものを見つけるたびにキラキラした目で教えてくれる。それを見ていたら、少し気持ちが楽になってきた。


 お茶処につくころにはすっかり気持ちも和んで、あんみつも美味しくいただくことができた。目の前で楽しそうに会話をしながらお茶を飲む2人。2人には感謝してもしきれない。


 高校に入学するまでは普通の友達すらいなかったボクの自慢の友達。ボクのために真剣に怒ってくれたり、面白いことを共有してくれる、そんな2人。いつもそばにいてくれて、2人と一緒にいると初めての青春を感じられる。



「ありがとう」


「何、急に」


「いや、本当に良い友達を持ったなって思って」


「当然! 私もるなちも、セイの味方だからね!」



 星ちゃんがニッと笑ってボクの頬をつつく。月ちゃんも柔らかく微笑んでくれて、ボクは目頭が熱くなった。それを誤魔化そうとお茶を啜ると、星ちゃんの視線がボクの後ろ、中庭に向けられた。


 お茶処が設営された3年5組の教室からは、有名なフォトスポットがよく見える。まだライトアップされていないというのに、すでに多くの人が写真撮影に訪れていた。



「星ちゃん、行ってみる?」


「いやいや、リア充の巣窟に行くのもねぇ」


「一生の愛、だもんね……」



 月ちゃんはジッと考え込むと、よし、と立ち上がって星ちゃんの手を取った。



「一緒に行っていただけますか? プリンセス?」


「えぇ!? ま、まさかるなち、私のこと!」


「一生モノの友愛を誓いませんか?」


「そういうことは無駄に格好つけて言わないで!」



 星ちゃんが顔を真っ赤にして叫ぶと、月ちゃんは可笑しそうにケラケラと笑った。だけど月ちゃんの澄んだ低音ボイスでエスコートされたら、ボクでもキュンとしてしまうと思う。月ちゃんは格好良さも可愛さも兼ね備えているからすごい。



「ねえ、それならボクも行っていい?」


「逆に来ないつもりだったの?」



 月ちゃんがキョトンとした顔で首を傾げると、今度は星ちゃんが笑い出した。



「るなち、さっきのだと私しか誘ってないから。セイも流石にあのお誘いで自分も行って良いとは思いづらいって」


「うーん、それもそうか。ま、いいや。行こ」



 月ちゃんに促されるままに紙コップを捨てて、教室を出る。そのまま中庭に出ると、びゅうっと吹き抜けた風に3人揃って身震いした。



「ちょ、急ご」


「うん。私凍えちゃう」


「ちょっ、急に走ると危ないよ」



 キャッキャとはしゃぎながら走っていく2人を追いかけて、写真撮影の列に並ぶ。暇つぶしに周りを見ると、まだライトアップされていないとはいえ、イルミネーションの準備がかなり大量にされていることが分かる。


 ハートやトナカイ、サンタ、ペンギン。クリスマスと冬っぽいイルミネーションが準備されていて、点灯していなくてもテンションは上がる。



「ねえ、なんかあそこのイルミネーション歪んでない?」


「気のせいでしょ」



 2人が指さした先にあった木に巻き付けられたイルミネーションは、やけにグルグル巻きだし、ごちゃごちゃと歪んでいる。きっと粋先輩がやったのを、生徒会のメンバーが面白がってそのままにしたんだろうな。レオ先輩が笑いを堪えている姿とか、想像しやすい。



「あ、順番来た」


「セイ! 早く!」


「ごめんごめん」



 ボーッとしていて遅れてしまった。写真撮影の係をしてくれている放送委員長、皇先輩は怪訝そうにボクたちを見たけれど、星ちゃんと月ちゃんが気にしていない様子だったからボクも気にしないでおいた。


 星型のストラップを付けた星ちゃんのスマホで写真を撮ってもらうと、すぐにその場を退かされた。流石に人気スポとだけあって、場の整備にも生徒会役員が働いている。こんなに忙しそうなのに、今日は一緒にいたかったなんて言えるはずがない。



「よし。これで一生親友だね! 2人にも送っとく!」


「ま、これをやらなくてもそのつもりだけど」


「るなち! 大好き!」



 星ちゃんが月ちゃんに抱き着いて嬉しそうにしているのを見て、ボクもほっこりした気持ちになった。


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