第61話 白銀七不思議の館
白銀バーガーを食べながら3人で校内を練り歩いていると、3階に『白銀七不思議の館』と銘打ったお化け屋敷を見つけた。
「あれは入りたい!」
星ちゃんが目をキラキラと輝かせる。月ちゃんは少し面倒臭そうな顔をしていたけれど、星ちゃんがあまりにも入りたそうな顔で見つめるものだから最終的には頷いた。
少し長い列ができていたけれど、案外回転が速いらしくて次々と生徒が中に入って行く。ボクたちも最後尾に並んでみると、1度入った生徒がまた並んでいる。それだけ面白いということだろうか。いや、手に持って出てくる袋が目当てなのだろうか。
「はぁ。私、こういうの全く驚けないんだけど」
「私も! だけどクオリティは気になるじゃん!」
月ちゃんはつまらなそうな顔をするけれど、星ちゃんはランランと目を輝かせて月ちゃんの両肩をガシッと掴んだ。確かにボクもどれだけ面白いものなのか気になってはいる。
「ねえ、セイは良かったの? こういうの得意そうには見えないんだけど」
「ボクは初めてだから、そこはなんとも……」
「へぇ……」
「そうなんだ……」
ニヤニヤ、ニマニマ。星ちゃんと月ちゃんは面白いものを見つけたと言わんばかりにボクにじり寄ってくる。思わず後退った瞬間、右腕は月ちゃん、左腕は星ちゃんに捕まった。怪我に注意してくれるあたり、月ちゃんの優しさを感じる。感じるけど。
「ちょっ!」
「逃がさないよー?」
「なんか、急に楽しくなってきちゃった」
月ちゃんまで楽しそうにし始めて、ボクは自分が2人の良いおもちゃになってしまったことを悟った。
周りのトゲトゲしい視線を感じながら並んでいるとあっという間に順番がきた。2人とも流石に受付では腕を離してくれて、受付担当のお化けの仮装をした先輩たちからそれぞれコインを受け取った。
「この扉は、代々この学校の七不思議の実現をするため尽力してくださっている方の家と繋がっています。皆さん輝くものが大好きなんです。それぞれの家の前にある祭壇に置かれているお供え物を受け取って、このコインをプレゼントしてあげてください」
「ルートは示されるので、その通りに進んでください。懐中電灯やスマホのライトの使用は禁止です。それから、カーテンは開けないでください。七不思議6つ目に出てくる購買でアルバイトをするドラキュラさんがハイになってしまいます」
「灰に?」
真面目くさって話す受付の先輩に聞き返すと、先輩はゆっくりと首を横に振った。
「いえ。昼夜逆転生活のあまり、精神状態がおかしくなってハイになります」
「ドラキュラが病んで灰じゃなくてハイに……」
「廃人じゃん!」
月ちゃんは微妙な顔をしているけれど、星ちゃんはさらにダジャレを掛けて楽しそうにしている。対照的な2人の様子が可笑しくて笑いそうになったけれど、グッと堪えた。
「それでは。白銀七不思議の館ツアーへ、いってらっしゃいませ」
先輩たちに背中を押されて中に入った途端、また2人に腕を掴まれた。
「怖くないんじゃないの?」
「セイの反応を楽しみたいだけ」
「私も! セイ、思う存分叫んでね?」
そうは言われても。今のところは全く恐怖を感じていない。1つ怖いことといえば、暗すぎてどっちに進めば良いのか分からない。
「こっち……こっちに……おいで……」
か細い声が聞えて、声がする方に進むと、1つ段ボールでできた扉があった。表札には『トイレの雄花さん』と書かれている。そっと引き開けると、おかっぱ頭の女の子、雄花さんがトイレに腰かけてしくしくと泣いていた。
「一緒に遊ぼ?」
「えーっ!」
突然顔を上げた女の子を見て、ボクは大声を上げてしまった。線が細くて完全に女の子だと思っていたのに、男子生徒だった。月ちゃんも星ちゃんも雄花さんもボクの声に驚いたらしく、2人は耳を塞いで、雄花さんは尻もちをついてしまった。
「ご、ごめんなさい!」
「う、ううん。ねえ、一緒に遊ぼう?」
尚も演技を続ける雄花さんの根性に感動しながら、ボクはそっと後退して扉を閉めた。扉の前には机が置かれていて、ボクたちは袋に入った飴玉とコインを交換した。
「セイ、雄花さんが男って知らなかったの?」
「星ちゃんは知ってたの?」
「もちろん! 白銀七不思議その1、女子トイレに現れる雄花さんのことを知らない女子はいないよ。ね?」
「まあ。私はきらこに聞いて知ったんだけど」
「女子トイレに出る女装男子は変質者じゃないの?」
「雄花さんは気持ちが女の子なの。どうしても女子トイレに入りたくて女装してるんだから」
「七不思議の1番なんて歴史がありそうなのに、イマドキの社会問題だね」
なんて話をしながら段ボールで仕切られた通路を歩くと、また扉が現れた。今度の表札は『弁当勉』と『音楽狂師』。2人暮らしなのかな。
星ちゃんがそっと扉を開けると、中から小さなオルガンの音色が聞えた。そちらには髪を振り乱してオルガンを弾いている女の人。
「うっそ!」
ボクがつい叫んでしまうと、オルガンを弾いていた現役の音楽教師、筑摩先生の手がもつれて音楽に不協和音が混じった。そして何やら咽る声が聞えてそちらを見ると、先生の向かいに座って立てた教科書の陰でもじゃもじゃ頭の男子生徒咽ていた。やけに香ばしい匂いがすると思えば、教科書の向こうで唐揚げ弁当を食べていたらしい。
「マジか……」
今度は叫び声こそ出なかったけれど、かなり驚いた。星ちゃんと月ちゃんがボクの手を引いて部屋を出る。コインとお供え物のチョコクッキーを交換しながら、ボクは今見た奇妙な光景が頭から離れなかった。
「あれは、一体……」
「白銀七不思議その2、夜中にピアノを弾く音楽狂師とその3、授業中の飯テロ犯弁当勉だよ」
「その2の方は当直になったときに仕事の一環として弾いてるらしいよ」
「弁当勉は匂いを残して先生に見つからずに食べきることができる生徒が毎年1人だけいて、その生徒がその称号を代々受け継いているんだって! すごいよね!」
なんか、うん。しょうもな。
コメントし難いし微妙な顔をしている自覚はあるけれど、楽しそうな星ちゃんを前にして何も言うことはできない。暗くて表情が見えにくくて良かった。
また先に進むと、今度の扉の表札には『石恋像』と『人体模型』。『石恋像』はまだしも、『人体模型』は普通そうだ。月ちゃんが扉を開けると、中にいた石膏っぽいボディペイントをした女子生徒と人体模型のタイツスーツを着た女子生徒がいちゃついていた。
月ちゃんは死んだ目でドアを閉める。
「リア充爆発しろ」
「ご、ごめん」
「そうだった、セイもリア充だった。ごめん」
「でも、分かっててもむかつくものだね!」
「星ちゃん、それは笑って言うことじゃないと思うよ?」
弾む声でむかつく、と言ってのけた星ちゃんを宥めつつお供え物のお煎餅とコインを交換して次に向かう。塩味のお煎餅って、お化け屋敷的な場所でどうなんだろう。
「さっきの七不思議は2つでセットなんだよ。石膏像に囚われた女の子と離ればなれになりたくなくて、その恋人だった女の子が人体模型になりきって、毎晩彼女がいる美術室まで走って会いに行くんだって」
「気持ちは分からなくもないかも」
「会長さんか鬼頭くんが囚われたら、セイもそうする?」
「ううん。絶対助ける」
「普段可愛いのに、こういうところは男前だねぇ」
星ちゃんはうんうん、と楽しそうに頷く。
「やっぱり、こういう考え方って可愛げないかな?」
「いや、良いでしょ、頼もしくて」
「そうそう! 格好良い家刀自になれるよ! 彼女の内は可愛くてか弱い子を求められるけど、妻になってお母さんになったら強い女にならなきゃやってられないんだから。突然変身なんて難しいんだから強い方が良いって!」
「それに付き合ってた頃は可愛かったのに子どもを産んだら変わった、とかクソ野郎に言われるくらいなら、最初から強くいればイラッとしなくて済むし」
「2人って、もしかして人生2回目だったりする?」
2人はボクの疑問を冗談だと笑うけれど、そうとしか思えないくらい現実味のある言い草だった。
次の扉の表札には『二宮近所郎』とある。これは流石に呼びづらくないかな。
今度はまたボクが扉を開けると、案の定二宮金次郎の格好をした生徒が立っていた。だけど手に持っているのは本じゃなくて回覧板。こっちをギロッと見ると、回覧板を無言でボクたちの方に差し出してきた。
「セイ、逃げるよ!」
月ちゃんが回覧板を受け取ろうとしたボクを後ろに引っ張った。星ちゃんがドアを閉めて、ケラケラと笑っている。
「セイ、本当に知らないの?」
「どういうこと?」
「二宮近所郎の回覧板を受け取ると、学校に提出した書類の住所欄が学校の隣の廃屋になるの」
「それで、近所郎と一緒に地域行事に参加するんだよ! それで、夏祭りの日に盆踊りを踊り始めると、一生踊り続けなくちゃいけないの!」
「なんともまあ、大変だね……」
うちの学校にここまで有名になっているらしい七不思議があることにも驚くけれど、その内容に漂う絶妙な適当さと近現代感が逆に恐ろしい。
ここでもお供え物のひとくちドーナツとコインを交換して、また通路を進む。結局ここまで月ちゃんと星ちゃんに両腕を掴まれたまま来てしまった。それなのにあまり面白い反応をしてあげられていなくて申し訳ない。
最後、この教室から出る扉の直前に段ボールの扉が置かれていた。だけどさっきまでの表札はない。
「七不思議の最後の1つを知ると不幸になるんだよ! だから、ここは開けちゃダメ!」
「最後の最後だけド定番なんだ」
「そ。ほら、お供え物とコインを交換して出よう」
「なんかごめんね。あんまり良い反応してあげられなくて」
「いやいや、十分面白かったし、これはお化け屋敷とはまた違うから。気にしなくて良いよ」
「そうそう! セイと腕を組んで歩けただけで十分楽しかったよ!」
「それなら良かった」
ホッと安心して最後の1枚のコインをお供え物のひとくち最中と交換しようと手を伸ばした瞬間、ドンッと音がして最後の扉が勢いよく開いた。
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