第60話 和服美人


 ついに、聖夜祭の当日になった。午前中には通常の聖夜祭、夕方にはずっと準備してきたサプライズを決行する。ちなみにボクの捻挫はようやくサポーターだけの固定で良くなったくらい。無理をすると痛むからまだ要安静。


 城殿高校の聖夜祭では、昼間に部活や委員会が有志で行う屋台やアトラクションが開催される。夏に開催される学園祭、白銀祭を小規模かつ内輪で行うのが聖夜祭といったところだ。


 3年生の先輩たちへの高校生活最後の青春イベントとして始まったと言われている。だけど開催前に1人1本配られる飴玉を交換し合うと両想いになれる、なんてジンクスもある祭りだから、1、2年生の中にも恋愛目的で楽しみにしている生徒は多い。


 暗くなった中庭でチャペルを模したイルミネーションを背景に写真を撮れば一生の愛を誓いあえる、なんてジンクスもあると星ちゃんが目を輝かせて話していた。ゴリ押ししてきたし、撮って来いって思っているのがヒシヒシと伝わってきた。


 ボクは部活に入っていない。委員会の方はといえば、夕方からはサプライズのために仕事をすることになるからと、昼間はメンバーそれぞれの自由にしていて良いことになった。


 とはいえ昼間は生徒会役員と聖夜祭実行委員はかなり忙しくなる。粋先輩とは一緒にいられそうになくて、少し落ち込んだ。武蔵くんと一緒にいようかと思ったけれど、武蔵くんは粋先輩のお友達に捕まってしまったようで、ごめんとメッセージが届いた。


 寂しくはあったけど、武蔵くんのことを誤解しないでいてくれる人が相手らしいから喜ばしくもある。武蔵くんの優しいところをもっと知ってもらえるチャンスだ。


 ちょっともやもやしている気持ちには蓋をして、鍵もかけたから大丈夫。



「セイ! るなち! タピろ!」



 星ちゃんがバトミントン部が販売しているタピオカドリンクを見て目を輝かせた。星ちゃんはタピオカに目がないから、このセリフは聞き慣れたものだ。



「きらこ、ストップ。それより先に白銀バーガー買いに行かないと売り切れちゃうから」


「そうじゃん! 白銀祭のリベンジマッチだよ!」



 白銀祭のときと同じように星ちゃんと月ちゃんと回ることになった。ボクにとっては友達との時間も大切。2人はボクが誘うと驚いた顔をしたけれど、嬉しそうに笑ってくれた。



「白銀バーガーってさ、昼前には絶対売り切れちゃうよね」



 星ちゃんはむぅっと頬を膨らませる。歩きながら左右に揺れるツインテールとその表情はよく合っている。羨ましいくらいあざと可愛い。



「白銀祭と聖夜祭限定で、しかも200食限定だからね」


「職員合わせたら1,000人近くいるのにね。人気商品ならどうしてもすぐに終わっちゃうわけだし、もう少し売って欲しいけど」


「そうもいかない事情があるんだろうね、きっと」



 白銀祭の日からずっとリベンジに燃えている月ちゃんを宥めながら、少し急ぎ足で生徒会主催の教室に向かう。生徒会が近隣のお店に声を掛けて1日限定で出店を出してもらうのは毎年恒例のこと。白銀バーガーを売る【雪ん子ベーカリー】も毎年そこに参加してくれているお店の1つだ。



「生徒会主催ってことは、会長さんもいるの?」


「うーん、いたらすぐに分かると思う、け、ど……」



 星ちゃんに聞かれてそんな返事をしながら、生徒会が使っている教室がある廊下に出る角を曲がる。その瞬間、ボクは言葉を失った。



「いらっしゃいませ。どうぞゆったりとお過ごしください」



 廊下に立って客引きをしている和服姿のイケメン。こんなの、聞いてない。



「会長! かっこいいですねぇ!」


「あの! 写真! 撮って良いですか!」


「粋くぅん、私とイルミネーション見てくれるぅ?」


「いや! 粋は俺たちとイルミ見に行くよな?」



 粋先輩の周りには、男女も先輩後輩、同級生も問わず人が集まっている。客引き効果は絶大だろうけど、面白くはない。


 粋先輩が人気なことなんて前から知っているし、一緒にいるときにもよく声を掛けられている。だけど、嫉妬せずに笑っていられるかと言われたら、それはボクには難しい。


 こんな素敵な人がボクの恋人だと誇らしくなる気持ちより、取られてしまうかもしれないと不安になってしまう。


 粋先輩と武蔵くんがボクを大切にしてくれていることは十分すぎるほどに分かっている。2人がボクから離れていくなんて本当に思っているわけじゃない。だけど、漠然とした不安感を覚えずにはいられなかった。



「うわ、何あれ」



 星ちゃんが困惑した声を上げると、月ちゃんはボクの顔を覗き込んできた。平然を装おうとしたけれど上手くいかなくて、月ちゃんは困ったように笑いながらボクの頭をポンポンと撫でてくれた。



「きらこ、私が買ってくるから、セイと一緒にいてあげて?」


「分かった。よろしくね」


「月ちゃん、ありがとう」



 2人の優しさに素直に甘えて、星ちゃんと一緒に粋先輩のことが見えないところで月ちゃんの帰りを待つことにした。



「心配することないのに」


「分かってる。この間のデートで、それはちゃんと分かったんだ。でもね」


「嫉妬はしちゃう?」


「うん」



 情けなくて、醜い。だけど2人のことになるとどうしても独占欲が顔を出す。



「もっと広い心を持ちたいな」


「それだけ大事ってことでしょ。あ、そうだ。会長さんと鬼頭くんが目移りできないくらい可愛くなっちゃう?」


「もう十分可愛いですよ」



 ゆったりとしたセクシーボイスが甘く響く。慌てて声がした方を振り返ると、和服姿の粋先輩がひょっこり顔を覗かせていた。お茶目で可愛らしい。ずっともやもやしていたのに、キュンとする。



「僕たちは目移りなんてできないくらい聖夜くんの虜ですから。それ以上は僕たちの心臓のために遠慮してください」



 粋先輩がボクを見てくれるから、もやもやなんて飛んでいく。



「どうして……」


「柊さんが僕を睨みつけながら教室に入って行ったので、これは何かあると思いまして」


「周りにいた人たちは?」


「それも柊さんが助けてくれました。皆さん白銀バーガーを買いに来ていましたから、もう売り切れそうだと大きな声で言ってくださって」



 白銀バーガーが粋先輩より優先されたのか、と驚いた。ボクなら食べる機会を諦めても粋先輩と一緒にいられる時間を楽しみたいけど。



「会長さん、白銀バーガーに負けたんですね」


「みんなそんなものだよ。大抵の人は面白がっているだけだしね」


「どうでも良いこと気になってたんですけど、私とセイに話しかけるときに話し方使い分けていますよね。すご過ぎるんですけど。間違えないんですか?」


「いやいや、家族に対してはいつもこうだから」



 それだとボクも家族になってるけど。なんて考えただけで恥ずかしくなって赤面してしまった。すごく心が温かい。



「あの、粋先輩」


「はい」


「和服、似合ってます。格好良いです」



 粋先輩は少し驚いたように目を見開くと、次の瞬間にはふわりと笑ってくれた。



「ありがとうございます。来年は浴衣で花火大会とか行きましょうか」



 照れ臭そうにしながらもワクワクしている粋先輩は少年のようで可愛らしい。来年も一緒にいる約束もできて、幸せ過ぎる。


 なんて胸がポカポカしていていたのに、そこに水を差すように向こうの廊下がザワザワし始めた。きっと白銀バーガーを買い終わった人たちが粋先輩を探しているんだろう。



「残念だけど、僕はこれで。さすがに働かないと怒られてしまいますから」


「わざわざありがとうございます」


「いえいえ。聖夜くんを感じられて元気が出てきましたよ。これでもう少し頑張れそうですね」



 粋先輩はそう言ってボクの頭を撫でると、穏やかな表情で戻っていった。



「愛されてるんだね」


「だね」



 また粋先輩が言い寄られている声は聞こえるけれど、さっきほどもやもやはしなかった。ボクって単純。



「おまたせ」



 少し駆け足で戻ってきた月ちゃんは、両手に白銀バーガーを持ってなんでもない顔をしていた。



「月ちゃん、ありがとう」



 粋先輩と話すことができたのは月ちゃんのおかげ。月ちゃんは少し照れ臭そうに笑って、ボクと星ちゃんに白銀バーガーを差し出した。



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