第63話 星降る夕方
中庭から戻ってすぐ、ボクのスマホにリオ先輩から集合と連絡があった。月ちゃんと星ちゃんと別れて体育館に向かうと、粋先輩と武蔵くん以外の5人が揃っていた。
「あれ、2人は?」
「粋は出店の方の仕事終わらせてから来るよ。武蔵くんは、一緒じゃなかったの?」
レオ先輩は不思議そうに首を傾げた。確かに、恋人ならこういう日くらい一緒に回っていると思うだろうな。
「はい、なんだか先輩と回ることになったらしくて。でも、さっき七不思議の館にいましたね」
ボクの答えにレオ先輩はさらに首を傾げた。それ以上曲がらないくらいまで曲がった首をリオ先輩がそっと真っ直ぐに戻す。
「まあ、3人じゃないならって気を遣ったのかもしれないだろ」
「かもね。それか、孝さんと山ちゃんに捕まって逃げられなかったかじゃない?」
レオ先輩の言葉に昴先輩が肩を竦めた。孝さんと山ちゃん、たしか粋先輩のお友達のあだ名だ。
「孝さんと山ちゃんが有志で出し物に参加するってなったとき、もう1人強面の男子生徒が連れられてきたって噂になってたし」
「強面なら武蔵だな」
蛍先輩はうんうんと頷く。ボクには武蔵くんがそうあっさり納得できるほど強面には見えないから、曖昧に笑う。
武蔵くんと初めて会った時、なんて綺麗な人だろうと思った。堀の深い顔立ちにキラキラした髪と瞳。そりゃあ睨まれているのかと思わなかったわけではないけれど、緊張して唇を震わせる姿は全く怖くなかった。
「まあ、2人ともすぐに来るだろうから、役割の確認だけしておこう。聖夜は怪我もしているし、リオさんと反対側でライトの係をしてくれる? 雑巾絞ったり乗せたりするのは秋兎と昴、バケツの水汲みは体力がある蛍と武蔵に任せる」
「それじゃあ、オレが聖夜くんと組んで奥に行くよ。リオさんと秋兎で反対をお願い」
昴先輩がボクにニコッと笑いかけてくれた。ボクはろくに仕事ができないだろう。それでもボクと組むと言ってくれたことが嬉しい。
「水汲みは俺が遠い方にいる昴たちの方に行くから、武蔵がリオさんたちの方に行けば良いな」
「うん、武蔵が来てから言ったら?」
蛍先輩がレオ先輩の方を振り返りながら言うと、レオ先輩はニコニコと楽しそうに笑った。自分のドジに気が付いた蛍先輩は耳を真っ赤にした。
「あ、あえてだからな? 武蔵が来る前にそれで良いかみんなに確認しておこうと思っただけだし」
「うんうん。そっかそっか」
フイッとそっぽを向いた蛍先輩をレオ先輩が微笑ましそうに見つめる。蛍先輩は誤魔化せたと胸を撫で下ろしているけれど、ドジだったことはバレバレだ。
「ま、とりあえず。俺もこれから中庭の方の整備に行かなければいけないから、こっちは任せたよ」
レオ先輩はブンブンと手を振って立ち去っていく。この様子だと、粋先輩はこっちには来られなさそうかな。少し残念に思ったけれど、これから忙しくなるのはお互い様だ。
「じゃあ、行こうか」
リオ先輩が促してくれて体育館の最終準備に取り掛かる。事前に設置しておいた段ボールとライト。その位置が正しいかの最終調整だ。
4台のライトの前にボクとリオ先輩、昴先輩、秋兎くんが立つ。
「点灯!」
蛍先輩の合図に合わせて4台一斉に点灯すると、カーテンが閉まった真っ暗な体育館に星空が広がった。
「綺麗……」
ボクが呟くと、隣のライトを点灯させた昴先輩がふふっと笑った。
「本当に、満点の星空だね。みんなで頑張って良かった」
「昴! あと2ミリ右!」
「はーい! あちゃあ、まだ未完成だったか」
昴先輩は俯きながら肩を震わせて笑う。昴先輩は笑うときに顔を隠すけれど、笑っていることを隠せていないからほっこりする。
「オッケー。完璧!」
蛍先輩が腕で大きく丸を作ると、みんな思わず拍手をしてしまった。今日までよく頑張った。毎日最終下校時刻まで残ったり、穴を開ける場所を間違えて1枚丸ごとやり直しになったり。それも今となっては良い思い出だ。
感慨深く完成した星空を眺めていると、ガラガラと重たい音が鳴って体育館に赤い夕陽の光が差し込んできた。
「うわっ、すげぇ……」
「武蔵、おせぇぞ」
「すみません。ちょっと清水先輩に捕まってました」
「孝さんに気に入られたんだな。大変だな」
蛍先輩がニヤニヤと笑いながら武蔵くんの肩をバシバシと叩く。粋先輩から聞いていた孝さんの人物像は大人の男、という感じだから、蛍先輩がニヤニヤしている意味が分からず戸惑う。
それから2人はまた何か会話を交わして別れた。武蔵くんがチラッとこっちを見て片手を挙げたから手を振り返す。ふわっと笑ってくれて気恥しい。
「武蔵くんも罪な男だね」
顔を真っ赤にするボクを見て、昴先輩がケラケラと笑った。
武蔵くんが階段を上がってボクの方に走って来るのを見て、昴先輩たちはみんな階段を下りて行ってしまった。気を遣ってくれて申し訳ないけれど、ありがたい。
「聖夜!」
駆け寄って来た武蔵くんは勢いそのままにボクに抱き着いてきた。驚きながらも受け止めると、ギュッと腕の力が強まった。ちょっと痛いけど嬉しいとも思う。
「会いたかった……」
耳元で囁かれて思わず肩が跳ねる。武蔵くんの耳心地の良い声が身体中に染み込んでいくみたいに感じて、ドキドキした。
「さっきも会ったじゃん」
照れ隠しでそう返せば、武蔵くんはボクから身体を離した。無性に武蔵くんの顔が見たくなって見上げると、ムッと唇を突き出していた。
「聖夜は寂しくなかったのかよ。俺は1日一緒にいられると思ったから、それが無くなって嫌だったのに」
ぼそぼそと話す武蔵くんは可愛らしい。だけど先輩に捕まってしまったとはいえ、予定を入れたのは武蔵くんの方じゃん、と可愛げのないことを思ってしまう。
「ボクだって、一緒にいられると思ってたもん」
肩を軽く殴ってやると、武蔵くんは目を見開いた。そしてふにゃりと甘ったるい笑顔を浮かべると、もう1度ボクを抱き寄せた。
「ごめん。でも、ありがとう」
「何が?」
「いや、聖夜も同じように思ってくれてたって分かって、すげぇ嬉しかったから」
武蔵くんの声が弾んでいて、顔を見なくてもどんな顔をしているのか容易に想像がついてしまう。
ボクたちの関係は一生形に残せない。世間も簡単には認めてはくれないだろう。同性で、3人で。曖昧で、不安定な関係。だけどボクたちは3人じゃないとダメだから。この関係を続けるために、お互いへの気持ちを言葉にしなくちゃいけない。
消えてしまうものだけど、それを一生伝え続けなくちゃいけない。ボクは素直に言うのが苦手だけど、それでも、伝えなくちゃいけないし、何よりボクが伝えたい。
「おーい、そこのバカップル! 開場だぞ!」
下から蛍先輩の声が聞えてハッとした。そして一気に恥ずかしくなってきた。
「すぐ行きます!」
返事をした武蔵くんは、ボクの頭を軽く撫でて階段の方に向かった。下に向かった武蔵くんと入れ違いに昴先輩が上がって来た。
「聖夜、愛されてるね」
「く、くすぐったいですって」
昴先輩はニヤニヤと笑いながらボクの脇腹をつつく。照れ臭いけれど、こうしてボクたちの関係を見守ってくれることは嬉しい。
「じゃあ、準備は良いか? 開けるぞ?」
下から蛍先輩が叫ぶ。ボクたちはそれに手を挙げて応えた。
「それでは、聖なる夜を」
「お楽しみください」
蛍先輩と武蔵くんのセリフと共に体育館の扉が開く。満点の星空の下、たくさんの生徒が空を見上げながら中に入って来た。
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