第46話 心からのありがとう


 レオの言葉に主語はありませんが、それが僕と聖夜くんの関係のことを言っていることは分かりました。どうしたら良いのか分からなくて黙っていると、レオはニヤニヤと笑います。



「バレバレだって。粋が告白した相手ってのが聖夜くんなんでしょ? それで上手く事が運んでお付き合いすることになったと。めでたいことだよ」



 特に嫌悪感を示すことがないことは分かっていました。それは彼自身がいわゆるショタコンだから。けれど半分正解で半分は不正解な解答に、本当のことを言うか悩みます。流石のレオでも、3人で付き合っているなんて思ってはいないでしょうから。


 あまりこの秘密を共有している人を増やしたくはないこともあって考え込んでいると、正面から深いため息が聞こえました。



「何を1人で完結してるんすか?」



 武蔵くんは不完全な敬語でレオに不機嫌な表情を向けています。一瞬にして全員の視線を集めた武蔵くんは、僕の方を見ると右の口角を持ち上げました。その自信ありげな表情に全てを委ねてしまおうと頷くと、武蔵くんはまたレオに視線を戻しました。



「聖夜の恋人は俺です」


「え、でも、え?」



 武蔵くんの宣言にレオは戸惑いを隠せない様子で天文部のメンバーの顔をキョロキョロと見回します。他のメンバーも何が何だか分かっていない様子でお互いに顔を見合わせます。


 その隙に武蔵くんが僕に、どうすると口パクで聞いてくれました。このまま武蔵くんと聖夜くんが付き合っているという話に持って行っても、本当のことを話してしまっても大丈夫なようにしてくれています。あとは僕の覚悟だけ。



「武蔵くん、ありがとうございます。レオ、それから、みんなも。僕も聖夜くんと付き合ってる」


「は?」



 レオはぽかんと口を開けています。蛍と秋兎くんはお冷のグラスを持ったまま固まっていますし、昴はさらに顔を赤くして天を仰いでいます。唯一リオさんはクールにオムライスを頬張り続けていますが、その目は輝いています。



「3人で付き合っているんだ」



 改めて言い直すと、レオは表情を歪めました。せっかくのイケメンが台無しですが、そんなことを言っていられる空気ではありません。



「3人って、どういうこと?」


「そのままの意味だよ」



 普通は理解できないでしょう。けれど僕たちにはこの形が正解で、この形でなければ成立させることができない恋愛をしている。



「粋は、聖夜くんも武蔵くんも好きなのか?」


「まあ。恋愛的な意味では聖夜くんだけど、武蔵くんのことも将来の家族として」


「そんな関係、成立するの?」



 レオは信じられないといった顔で首を振りました。他のメンバーは口は出しませんが何か考えている様子で僕たちの話を聞いています。最初はオムライスを食べていたリオさんもスプーンを止めて、興味ありげな顔で主に聖夜くんに視線を向けています。



「しますよ。俺も同じっすもん。聖夜に恋してます。けど、会長も親友とかそんな言葉じゃ足りないくらいに大切に思ってます。聖夜を守りたいし、会長を支えたいって思ってます」



 武蔵くんはここぞというときしかこういうことを言わない分、はっきり言ってもらえると嬉しくなります。聖夜くんも恥ずかしそうに頬に手を当てて熱を冷まそうとしています。


 武蔵くんのこういうところは素直に格好いいと思います。逆に僕は恰好つけているときや普段何気なくしか言えません。真面目な場面で真剣に伝えることは少し気恥ずかしく感じてしまいます。


 けれど、伝えなければいけないときというものはあります。深く息を吸って気持ちを落ち着けて、レオを見据えました。



「ボクは粋先輩も、武蔵くんも、大好きで、大切です。2人と一緒にいられると嬉しくて、2人が笑ってくれると幸せな気持ちになります」



 口を開きかけた僕の横から、真剣な面持ちで聖夜くんが口を開きました。その気持ちが嬉しくて、今僕だけに全てを任せないで自分からも伝えようとしてくれたことも嬉しく思います。



「聖夜くんも武蔵くんも、僕にとってなくてはならない存在だよ。全く同じ気持ちではないけど、2人とも愛してるんだ」


「そう、なのか」



 レオは思案顔で黙り込みました。なんとなく気まずい空気が流れていますが、聖夜くんと武蔵くんがいてくれるから無敵な気分になります。



「ま、3人が納得してんなら良いんじゃね?」



 意外にもこの気まずい空気を打ち壊したのは蛍だった。僕の顔をチラッと見た蛍は盛大にため息を吐くと頬杖を突きました。



「大体、粋も武蔵も分かりやすすぎるんだよ。まあ、そのおかげでどっちともまだ付き合ってないのかと思ったけど。聖夜は聖夜で単純だし素直すぎるしめちゃくちゃ心配したけど、粋と武蔵がそれひっくるめて守ろうとしてんのは見てて分かるしさ」



 初めて蛍と聖夜くんが会った日、蛍は僕に純粋なお姫様で王子様も大変だな、と言いました。僕の好意がバレバレだから揶揄われていたのだと思っていたのですが、それだけではなかったようです。


 蛍はぶっきらぼうに見られがちですが、よく周りを見ていて面倒見が良いところもあります。出会ったときにそれを知ったはずだったのに、改めて驚かされました。



「聖夜も粋先輩とか武蔵のこと見る目が乙女でしたしね。最初は憧れとか尊敬とかそういうのだと思ってましたけど、なんとなく違うんだろうと気がついてはいましたよ」



 秋兎くんの言葉に聖夜くんは恥ずかしそうに俯きました。そんなに駄々洩れだったことに僕も気が付いていませんでしたが、他の人にも気が付かれているのではないかという不安以上に愛おしさが込み上げてきます。



「ちょっとびっくりはしたけど、お互いのことをすごく大事にしているんだなって伝わってきたよ。世に言う普通のカップルだからってお互いに幸せかなんてそれぞれだし、本人が幸せならそれが全てなんだろうね」



 昴は正直な人です。驚いたことを素直に伝えてくれるから、本心を伝えてくれているんだろうと分かって安心します。



「昴、この間彼女から昴くんは恋人より友達だねって言われて振られたんだって」


「ちょ、レオ、何でバラすかな」



 頬を膨らませて抗議するポーズをとった昴は、肩を竦めました。



「正直自分が恋愛に向いていないことは分かってるよ。友達の好きと恋愛の好きの違いなんて分からないし」


「あー、それは俺も分からないな」



 レオがぼそりと呟くと、天文部のメンバーから生ぬるい視線が向きました。



「それで彼女持ちなんですよね」


「ヤバいよな」


「あんまり良くないよね」


「レオの場合大人の付き合いって言うよりただの考えなし」



 秋兎くんが先陣を切ると、蛍と昴が矢継ぎ早に攻撃を加えていきます。最終的にリオさんが大きなハンマーで頭を勝ち割るように言葉を吐きました。見事な連係プレーにレオは陥落。机に〝の〟の字を書いていじけ始めました。



「粋くん、武蔵くん、聖夜くん。僕は応援してます。3人ってあんまりないですけど、めっちゃ萌えますし」



 何の話でしょうか。なんて無知ぶっても意味がないので素直に受け止めます。とはいえ僕は知識程度しかありませんよ。きっとリオさんはいわゆる〝腐ィルター〟の所有者だと思いますけど。



「蛍、秋兎くん、昴、リオさん。ありがとうございます」



 聖夜くんが少し涙目になりながらお礼を言うと、みんな気恥ずかしそうに笑います。僕も嬉しくて頭を下げました。



「僕からも、ありがとう」


「え、俺は?」


「レオ、何か言ってたっけ」


「最初に質問したくらいだろ」



 昴と蛍に茶化されて項垂れたレオを見て、みんな緊張が解けた様子で笑っていました。



「おめでと」



 レオは場の雰囲気を壊さないようになのか、小さな声でそう言ってくれました。ちょっと変わった人ですが、だからこそみんなに愛されるのでしょう。



「ありがとう」



 僕も小声で返したら、軽く背中を叩いて頷いてくれました。


 みんなと笑う聖夜くんと武蔵くんのすっきりした笑顔を見て、レオたちと出会えて良かったと心の底から思うことができました。


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