第43話 メロンソーダ


 ボクはまぐろカツカレー、粋先輩は海の幸プレートを頼んだ。それを食べ終わるとボクはメロンソーダ、粋先輩はホットの紅茶を頼んでホッと一息吐いた。



「聖夜くんはカレーが好きなのですね」


「はい。昔母が作ってくれたカレーが美味しくて、それ以来大好きなんです」


「それは良いですね」


「母からレシピを聞いているので、今度作らせてください。まあ、同じレシピのはずなのに、何故かあの味には近づけないんですけどね」



 ボクが苦笑いすると、粋先輩は嬉しそうに口角を上げてくれた。何が嬉しかったのかと思って首を傾げると、粋先輩は目を細めた。



「聖夜くんの味、楽しみにしていますね。それで、いつか3人の好きな味のカレーを作りましょう。それはきっと、素敵なことだと思いますから」



 幸せそうに未来を見据える瞳がキラキラと輝いていて、その世界に当然のように自分がいることが伝わって来てこそばゆい。だけどそれと同じくらい幸せで、その未来が消えてしまうことが怖いと思った。


 照れと不安を悟られないように赤色のストローをパクリと咥えた。ちゅーっと吸うとひんやりとしたメロンソーダの炭酸が口の中で自由に弾けて、少しだけ気分も落ち着いた。



「僕は武蔵くんのおかげで3人でいる未来を当然のように思い描けるようになったんです」



 粋先輩の呟きにメロンソーダから目を離す。カップを置いた粋先輩は、窓の外を記憶を辿るように眺めていた。ボクもグラスから手を離して粋先輩に向き直ると、視線に気が付いてくれた粋先輩が寂し気に笑った。



「今思えば僕は人間不信気味なところがあるのでしょうね。親も兄弟も友人も、誰も信じられなかったんです。でも、聖夜くんに恋をしました。きっと、初恋だったんです」



 粋先輩の家の事情は聞いたことがあったし、昔の奔放だった時代の話も聞いたことがあった。けれど、ボクに恋をしてくれたときのことは聞いたことがなかったから、自然にスッと背筋が伸びた。



「聖夜くんが入学してすぐのことです。僕は体育の授業のために体育館に向かっていました。聖夜くんは音楽室から戻って来たところだったと思います。聖夜くんは1人なのにすごく楽しそうに中庭を見て鼻歌を歌いながら歩いてきたんです。その姿に目を奪われて、時がゆっくりになったように感じました」



 まったく記憶にない。けれど入学してすぐはまだクラスからも浮いていた上に、月ちゃんと星ちゃんとも仲良くなる前だ。1人で現実逃避をしていた可能性は否めない。



「キラキラ輝いて見えて、どうしようもなく惹かれたんです。それが聖夜くんに恋した瞬間です」



 粋先輩がボクを見て目を細めて穏やかに微笑んだ。ボクにとってはあまり幸せではなかった時期のことだけど、そのときがあったから今があると思えば嫌なだけの記憶ではなくなる。



「粋先輩、ありがとうございます」


「こちらこそ、ありがとうございます」



 粋先輩は愛おしさが溢れた瞳でボクを見据えてくれる。ボクは一生粋先輩のことを嫌いになんてなれないんだろうという予感めいた感情が浮かぶ。


 今までボクの身に起きたことの全てを2人に話してはいないし、2人もそれを知っている。決心が着くまではそれで良いって言ってくれているけれど、今度きちんと話したい。


 ボクが2人の過去や気持ちを聞いてからもっと愛おしくなっているから。ボクの全てを知っても、2人なら愛してくれる気がした。



「あの、今度、ボクの昔話も聞いてくれますか?」


「もちろん。聖夜くんが話したいと思うのであれば、聞かせてください」



 頼もしく笑ってくれた粋先輩に、黙って頷く。武蔵くんと粋先輩の間に差をつける気がないボクの気持ちを尊重してくれるから、有難くここでは話さないことにさせてもらう。



「さて、そろそろ行きましょうか?」


「そうですね。あ、これだけ飲み切っちゃいます」


「はい。ゆっくりで大丈夫ですからね」



 粋先輩のカップはいつの間にか空になっていた。ボクのグラスに1㎝だけ残されたメロンソーダを音を立てないようにストローでかき集めた。



「飲めました」


「焦らせちゃったかな。ごめんね」


「ううん、大丈夫です。待っていてくれてありがとうございました」



 ボクの言葉に粋先輩はゆっくりと首を振りながら笑いを零した。



「えっと?」


「いえ、すみません。ただ、聖夜くんといるとありがとうがたくさんで幸せな気持ちになるんです。なんだか新鮮で、やっぱり幸せです」



 その笑顔が見られることがボクにとっても幸せだ。


 2人でお皿を片付けると、最後のスポット、お土産コーナーに向かった。何かお揃いを買いたいなんて思ったりするけど、それはわがままかなと思ったりもする。


 お店の中をぐるりと回りながらそれぞれ気になる物を探した。


 ふと視界に入って来たのはペンギンのぬいぐるみ。さっきボクたちに似ていると話していた3種類のペンギンたちのぬいぐるみ。



「ふふっ、さっきの子たちですね」


「はい。なんだか思い出してしまって」


「これ、お揃いで買いましょうか?」


「良い、んですか?」


「もちろん」



 粋先輩は嬉しさが隠せないまま笑ってくれて、ボクだけのわがままではないと分かってホッとする。



「1体ずつ買って、3人でお揃いにしますか?」


「武蔵くんも、ですか?」


「はい。聖夜くんならそう言うかなと思ったんですけど、違いましたか?」



 粋先輩の言葉に戸惑う。確かに、3人でのお揃いも欲しい。でも、これは。



「その、これは、2人が良いです。今日の記念に。ダメ、ですか?」



 この言葉を、粋先輩も待っていてくれている気がした。だけどそれだけじゃなくて、これが紛れもないボクの本心だった。



「ありがとうございます。それは、僕も嬉しいです」



 粋先輩の照れ笑いにホッとしたけれど、どこかもやもやする。2人のお揃いが欲しいのも本当だけど、もしも自分が粋先輩と武蔵くんがお揃いのものを持っているところを見るというのはすごくもやもやする。



「では、僕がフンボルトペンギン、聖夜くんがオウサマペンギンで良いですか?」


「え、逆じゃないんですか?」



 自分に似ていると思ったものを買っていくのかと思ったのに、粋先輩がボク、ボクが粋先輩に似ていたペンギンのぬいぐるみを持つらしい。2体のぬいぐるみを手にした粋先輩は、こればかりは有無を言わせないと伝えてくるかのように颯爽とレジに行ってしまった。



「止める間もない」



 粋先輩はいつもボクを優先してくれるから、粋先輩の気持ちでグイッと引っ張ってくれるような感じにドキリとして、ふわふわした。その感情が溢れてしまうことすら幸せで頭を振る。


 頭を振って、その行動に恥ずかしくなって動きを止めて目を開ける。ちょうどその先にはまたペンギンのストラップ。ぬいぐるみと同じ3種類のチャームが並んでついているデザインに目が吸い寄せられる。



「キーストラップか」



 リングに3種類のペンギンが寄り添うように並ぶ姿に自分たちの姿を重ねてまた照れ臭くなって、ヘラリと笑いが零れる。それを3つ手に取ると、レジでお会計をしている粋先輩の後ろに静かに並んだ。


 入館料とレストランは何とか割り勘にしてもらったくらいだから、粋先輩はまたお金を受け取ろうとはしてくれないと思う。買ってもらうだけだとバイトもしていない高校生同士としては申し訳なさも感じてしまう。でもプレゼントし合うならお互いのことを思い出すきっかけも増えるし、申し訳なさも少しは少なくなるはず。



「あれ、聖夜くん? それも買うんですか?」


「これは家族へのお土産です。買っちゃうのでちょっと待っててもらっても良いですか?」


「うん、分かった」



 自分で言って、家族へのお土産を買い忘れたことに気が付いた。今から戻ることもできなくて、レジ横のオススメと書かれたお菓子を買い足した。





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