第42話 ペンギン
マグロを見て喜ぶ粋先輩を堪能したら、小さなエリア分けされた水槽を一つ一つ覗き込みながらペンギンコーナーへ。屋外のプールで悠々と泳いだり岩の上で羽休めをしたり。それぞれがそれぞれの過ごし方をしていて可愛らしい。
「ペンギンさん、可愛いー」
「ね、可愛いですね」
ついつい頬を緩ませると粋先輩は同意してくれた。そっと粋先輩の顔を窺うと、粋先輩は頬を緩めながら手を振っていてペンギンと同等に可愛い。
けどちょっと周りにいる女の子たちの視線が気になる。あんまり見ないで欲しいとか思っていることは粋先輩にバレたくない。
「ねえ、聖夜くん、あの子聖夜くんに似ていますね」
「へ? どの子ですか?」
ちょいちょいと袖を引っ張られて粋先輩の指さす方を見ると、目元がピンク色のペンギンが足を水に着けてはビクッとして一歩後ろに下がるを繰り返していた。あの行動を見てボクに似ていると言われるのは少し複雑だ。
「どの辺が?」
「身体は大きいのに動きが子どもっぽいところとか、ちょっとドジっ子なところとか」
「それ、褒めてます?」
ジトッと視線を送ると、粋先輩はフッと笑ってボクの頭に手を乗せる。
「何より愛くるしいところが似ています」
「んなっ!」
耳元で囁かれて思わず仰け反る。いたずらっぽく笑う粋先輩がいつもより自由に見えて余計にドキドキする。
「ほら、そんなに仰け反ったら後ろにぶつかってしまいますよ」
「ご、ごめんなさい」
背中に腕を回されて支えられる。その腕の逞しさにまたときめいて、少し寒いくらいの風の中であっという間に身体が熱くなる。
「ごめんなさい。可愛くてつい、ね?」
ニコニコと笑った粋先輩は、ボクとの距離を縮めたままペンギンの方に視線を戻す。一気にあんなに構ってきたくせに引き際はあっさり。なんとなく寂しくて、だけど気づかれたくない。ちょっと悩んで、粋先輩のハイゲージニットのたるんだところをこっそり摘まんだ。
粋先輩は気が付いていないようで、寂しいようなホッとしたような複雑な気持ちでボクもペンギンに視線を移す。さっき粋先輩がボクに似ていると言った子は、まだ水をぴちゃぴちゃとつついていた。
粋先輩の目にはボクがあんな風に映っているのかと思うと、ちょっと間抜けで恥ずかしい。だけどそんなところが好きだと思ってくれているとしたら、気張っていない素のままのボクを受け入れてもらえているんだと思えて安心できる。
なんとなくその子から視線が逸らせなくてジッと見ていると、後ろから近づいて来た別の種類らしい首元が黄色いペンギンが隣に並んだ。ただ隣にいるだけかと思ったら、時折ツンツンと嘴でボクに似ている子の羽をつついて寄り添う。
背は少し低いようだけど、どっしりとした佇まいで威厳がある。スマートなすっきりした立ち姿にどこか既視感があってつい笑ってしまう。
「あの子、粋先輩みたい」
「えぇ? そうですか?」
「はい。堂々としていて凛々しくて、だけど優しそうで……あっ」
結構言ってしまったところでやってしまったことに気が付いた。恐る恐る粋先輩を見上げると、ニヤニヤしているかと思いきやそっぽを向いていた。それはそれで寂しいな。
なにもなかったことにしてまたペンギンを見ようとしたところで、粋先輩の耳が赤く染まっていることに気が付く。そっと顔を覗き込んだら、粋先輩はパッと口元を手で隠してしまった。
「なんでですか、見せてくださいよ」
「ダメです。恥ずかしいので見ないでください」
動揺が隠せていない姿をもっと見たくなる。ボクだけが知っている粋先輩をもっと見せて欲しい。
「あー、えっと、ほら、あの子。武蔵くんに似ていますよ」
はぐらかすように視線を彷徨わせた粋先輩はまたペンギン水槽の方を指さした。少し残念に思いながらもそっちを見ると、頭に毛が生えたペンギンがいた。1匹で岩の上に立っている姿は確かに孤高で、武蔵くんみたいな落ち着きがある。
「あの子は何を見ているんだろう」
「そうですねぇ。あ、さっき聖夜くんに似ていると言った子の方を見ていますよ」
「そんなバカな……本当ですね」
視線の先を辿ると確かにさっきの2匹の方を見ている。ジッと見守っているかと思ったけれど、どこかチャンスを窺っているときの武蔵くんの表情にも似ている。
「あれは、イワトビペンギンだそうです。本当に岩の上にいますね」
キャプションを読んだ粋先輩は興味深そうにしている。嬉しいけど、ちょっとだけもやもやもしてしまうのは嫉妬しているんだろうな。粋先輩が武蔵くんのことを考えていると嫉妬してしまうなんて、付き合い始めたころのボクならあり得なかったのに。だけど、今だけはボクとの時間だって思いたい。
「そういえば、粋先輩似の子はオウサマペンギンだそうですよ。粋先輩にぴったりですよね」
無理やり話をすり替えると、粋先輩は不思議そうに首を傾げた。だけどそれは、ボクが話をすり替えたことに対してではないようでホッとした。
「僕が王様ですか?」
「城殿高校の覇王です」
「いえいえ、ただの生徒会長です」
可笑しそうに笑った粋先輩は、愛着が湧いた3匹のペンギンを嬉しそうに眺めた。その無邪気な横顔に胸がときめいて、だけどさっき抱いてしまった嫉妬心への罪悪感も感じた。
「そろそろ中に入りましょうか。ずっと外にいたら寒くなっちゃいますから」
「そうですね。行きましょうか」
2人でペンギンたちに手を振りながら水槽から離れる。後ろ髪を引かれるようにチラチラと振り返る粋先輩が他のお客さんにぶつかりそうになって慌てて手を引いた。
「先輩、危ないですから前を向いて歩いてください」
そのまま手を引いて室内に入ると、また小さな水槽が並んでいる通路に差し掛かった。
「綺麗な色ですね」
薄暗いところでまた1つ1つ水槽を覗き込みながら歩いていると、粋先輩がやけに静かなことに気が付いた。今までずっとはしゃいでいたのに。そんなにペンギンが恋しいのかと思って後ろを歩く粋先輩を振り返ると、粋先輩は水槽を見ていなかった。
「先輩?」
水槽を照らす明りなのかとも思ったけれど、先輩の顔には確かに赤みが差していた。その視線が向く先を辿ると、ボクの手が粋先輩の腕を掴んでいた。
「す、すみません!」
慌てて手を離した瞬間、粋先輩の手がボクの手を捕まえた。粋先輩の顔を見上げると、またいたずらっぽい笑顔を浮かべていた。
「せっかく聖夜くんから手を取ってくれたんですから。もう少し繋いでいたいです」
その言葉を聞くと粋先輩の表情もまた違って見える。照れ臭そうに笑っているように見えてくると、こっちまで恥ずかしくなってくる。
「わ、わかりました」
恥ずかしいけど、ちょっと。ううん、本当はすごく嬉しい。
「ずっと、こうしたかったです」
小さく呟いてボクの手を握り直す。愛おしそうに繋がれた手を見つめる瞳がくすぐったくて、粋先輩に愛されていることを実感する。
「ボクも、同じ気持ちでしたよ」
「そうですか」
正直な気持ちを伝えてみれば、粋先輩はボクの顔を見上げて微笑んでくれた。本当に嬉しそうな顔をしてくれるだけで胸が温かくなる。この気持ちが、粋先輩が大切だと体中が叫ぶ。
手を繋いだまま通路をゆっくり歩く。この道が終わらなければいいのに。なんて思ってしまう。
「聖夜くん、お腹は空いていませんか?」
「はい、空きました」
「では、あちらのレストランに入りませんか?」
「はい! 良いですよ」
レストランが近づいてきて、水槽が並ぶ通路も終わり。明るくなってくると自然とお互いに手を離した。これに慣れてしまうのは嫌だけど、粋先輩に迷惑はかけたくない。
昼時から少しずれている時間だったこともあってすぐ席に通してもらえた。植物の緑と空と海の青。綺麗な景色が見える席に向かい合って座った。
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次回更新予定日は8月8日そろばんの日です。
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