第35話 月が照らす道
side鬼頭武蔵
今日の活動は運んだ材料を積み上げ直して部屋を整理したらすぐに解散になった。すぐに完全下校時刻になってしまうから、いつもより少し早いけれど今日も3人で帰ろうかと思っていたら、解散した途端に聖夜が三間先輩に捕まってどこかに連れ去られて行った。
声を掛ける隙も無くいなくなってしまった2人に呆然としていると、如月先輩に話しかけられて動けなかった会長の眉間にもシワが寄っているのが見えた。とりあえず追いかけねぇと、と思って腰を上げようとしたけれど後ろから肩に手を置かれて椅子に逆戻りしてしまった。
ついイラッとした顔のまま手の主を振り返って見上げると六連先輩が朗らかに笑っていて、大星先輩と月見くんもぼーっとしているような顔で立っていた。
「もう、怖い顔しないでよ。武蔵くんだよね? よろしくね」
「すみません。よろしくお願いします」
もやもやする気持ちを抑えて挨拶をすると、後ろで大星先輩と月見くんも会釈をしてくれた。
「それで、なんすか?」
「ああ、この後みんなでご飯でも行かないかなって。予定があるようならまた今度でも良いんだけど」
「分かりました。確認します」
スマホでPINEを開いて確認すると、両親から残業になったと連絡が入っていて帰らないいけないことを察した。今日は乙葉のピアノのレッスンがあるからその送迎をしてやらないといけないし、冷蔵庫が空だから乙葉がレッスンを受けている間に大和とスーパーで買い出しをして夕飯を作るところまで終わらせないといけない。まだレッスンまで時間があるとはいえ、外食をする余裕はなさそうだ。
「すみません、今日はちょっと」
「そっかぁ」
六連先輩があからさまに肩を落とすと、大星先輩は宥めるようにその肩を叩いた。俺にも微笑む姿に少し胸が痛む。
「じゃあ、また次回だね」
「すみません」
「いや、大丈夫だよ。予定があるなら無理はしちゃいけないし。今度、楽しみにしてるね」
「俺も楽しみにしてます」
3人が会長たちの方に向かっていく背中を眺めていると、後ろのドアが開いて聖夜が戻ってきた。パッと立ち上がって駆け寄ると、頭に巻かれていた保冷剤がなくなっていることに気が付いた。
「保冷剤を返しに行ってたの?」
「うん。三間先輩が今日は保健室は他の教室よりも先に閉まっちゃう日だから急ぐぞって」
聖夜くんが後ろに視線を投げたことでようやく後ろに三間先輩が立っていたことに気が付いた。三間先輩は他の人たちには感じないイライラを感じる相手。聖夜の魅力に気が付いていることは確かだと思うけど、どう動いて来るのか人間関係に乏しい俺には分からなくて威嚇したくなる。けれどこれからしばらく行動を共にする相手でもあるから下手なことはできなくて黙ることしかできない。
「んな睨むなよ」
「睨んでませんけど」
話題を探そうと考えていただけだったけど、ついじっと見てしまったらしい。目つきが悪いから人の方を凝視しないように気を付けていたのに、最近はどうも気が緩んでいる。
「すみません」
とりあえず場を収めた方が良いかと思って謝ると、三間先輩の眉間にグッとシワが寄った。不味かったかと思ったけれどどうすることもできなくて、何かあっても聖夜が怪我をしないように弱く聖夜の腕を引いて俺と三間先輩の間から俺の後ろに移動させた。
「武蔵くん?」
聖夜が戸惑う声が聞えたけれど集中を切らすことなく三間先輩の動きに注視していると、聖夜の手を掴んでいた手が振り払われた。一瞬動揺して横目に聖夜の位置を確認しようとした瞬間、目の前に聖夜が両腕を広げて割り込んできた。
「そこまでです!」
グイッと押されて一歩下がると、聖夜は俺と三間先輩を交互に睨みつけた。とは言っても頬を膨らませて怒っているポーズをしているだけだし、上目遣いに見上げられているだけにしか見えないから全く怖くはない。
「まず三間先輩、武蔵くんは先輩のこと睨んでませんよ」
「いやいや、あれは睨んでるだろ」
「あれは元々目がキリッとしてるからガン見するとそう見えやすいだけです。ね?」
聖夜がこっちを振り向いて同意を求めてくるから素直に頷いたけど、三間先輩はまだ怪訝そうな目で見てくる。信じてもらうのは無理そうだ。
「こいつ、ほとんどずっと聖夜のことガン見してるけど目尻下がってるじゃん」
「それは……」
聖夜が言葉を探すように視線を彷徨わせながら口籠もる。もう良いから、そう言おうと思って聖夜の肩に手を置くと、聖夜は俺の手に自分の手を重ねた。その手がギュッと握り締められたことに驚いていると、聖夜と目が合ってふにゃりと微笑まれた。
「三間先輩はワンちゃんを見て怖い顔になりますか?」
「は? いや、ならないけど」
「それと一緒です!」
「おぉ、そ、そう、か?」
あまりにも自信満々に胸を張られて三間先輩も頷きかけたけど、やっぱり納得しきれないようで首を傾げた。俺もこれには反論したいけど、今はやめておこう。
「そういや、俺が犬好きなこと聖夜に言ったっけ?」
「いえ。でも服にも髪にも犬の毛がついていたので好きなのかな、と」
確かによく見ると三間先輩の制服の至る所に犬の毛らしきものがくっついている。気持ちばかりとはいえ取り除いてはいるらしくて、服の前面にはあまりついていないけど、背中や髪にはそれなりについている。
結構つんけんしていそうなこの人も家の中では犬と戯れているのかと思うとギャップがありすぎて思考がついて行かない。ただ俺もこんな顔で、とか自分で言うのもなんだけど、甘いものが好きだし。そんなもんか。
「それで、武蔵くん。三間先輩は、多分だけど怒ってなかったよ」
「いや、めちゃくちゃ不服そうな顔してたけど」
「はぁ? してねぇし」
眉をピクリと動かした三間先輩が俺の方にグイッと近づいて来ようとするのを間に入って片手で止めた聖夜は、眉を下げて俺を見上げた。可愛い。こんなときでも聖夜より身長が高くて良かったと思う。
「三間先輩は眉間にシワが寄りやすいだけだよ。現に心配してるときも眉間にシワが寄ってたし」
「え、マジ?」
「マジです」
ショックです、と顔に書いてある三間先輩に聖夜がきっぱりと言い切ると、三間先輩は頭を抱えてしまった。今まで誰かに言われたことどころか、自分でも気が付いてすらいなかったんだろうな。
「つまり、喧嘩する必要どころか火種もなかったの」
聖夜が人差し指をピンッと立てて言う。自分なりにも今の状況を考え直すと、確かに揉める必要はない。どうにもイライラする気持ちは残るけど、それは今回の件だけを考えれば無関係だ。
「そっか。あの、早とちりしてすみませんでした」
「はは、うん、俺も悪かったな……」
心ここにあらず、とでも言ったところだろうか。ショックを受けたままの三間先輩はよろよろしながら他のメンバーが話していた輪に近づくと、六連先輩に体重を預けた。
「わっ、蛍くんどうしたの?」
話せる精神状態じゃないらしい三間先輩から視線を外した六連先輩は俺と聖夜に視線を投げてくる。子犬みたいな目で見上げてくるから本気で心配しているんだろうとは思うけど、あれだけのことでここまでの状態になっていることを信じてもらえるのだろうか。
「三間先輩、自分が眉間にシワが寄りやすいってことを知ったらこんな感じになってしまったんですけど」
「あぁ……」
俺がなんて言えば良いか考えている間に聖夜が素直に言うと、六連先輩は呆れたように笑いながらも愛おしそうに三間先輩の頭を撫でた。周りで見ていた大星先輩と月見くんも微笑ましそうに2人の様子を見ている。大星先輩は分かるけど、月見くんに関しては年上を見る目じゃない。会長も弟を見るような顔をしているし、如月先輩にいたってはお腹を抱えて笑っている。
和やかな空気から切り離されたところに立っているような気持ちになっていると、ふと月見くんが俺をじっと見てきた。
「鬼頭くん、時間大丈夫?」
そう言われて慌てて教室の柱にかかっていた時計を見るとそろそろ帰らないといけない時間になっていた。聖夜ともう少し話したかったんだけどな。
「すみません、お先に失礼します」
「うん、お疲れ様」
教室の端に置いてあったリュックを掴んで教室を出ると階段を駆け下りる。日も沈みきってすっかり真っ暗だけど、何故か今日の空は明るい。
靴を履いて昇降口を出ると、古臭い校門の向こうに満月が浮かんでいた。
「月が、綺麗だな」
つい呟いてしまってから恥ずかしくなって辺りを見回すと、幸い誰もいなくてホッとする。もう一度時間を確認しようと思ってスマホを開いた瞬間、パインッと軽快な音が鳴ってPINEが着信を告げた。表示された聖夜の名前を反射的にタップして、本文を読んだ瞬間、思わず膝から崩れ落ちた。
『今日は肌寒いね』
唐突に送られてきたその1文。
もし聖夜も今この月を見上げているなら。
『あとで電話する』
そう返信して月が明るく照らす道を軽快な気分で走り出した。昇降口のガラス戸の向こう、青白い光が見えていたことは黙っておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます