第36話 赤い屋根の家
side北条粋
生徒会庶務係、もとい聖夜祭サプライズ実行委員会の活動は順調に進みました。ただ、さすがに毎日段ボールに穴を開ける作業をしていると手が腱鞘炎になりかねませんから、今日の活動は休みにすることにしました。
放課後はいつも通り3人で教室にいようかと思っていたのですが、ちょうど三者面談の期間と重なってしまったせいで放課後に開いている教室がありません。半日授業でお昼も一緒に食べられないからこそ教室にいたかったのですが。
仕方なく帰路につく間はいつも通り会話をしますが、3人とも自然と足取りが遅くなって全然進みません。もっと一緒にいたいと思っているのは僕だけではないことが分かって、ついホッとしてしまいます。
「ボク、明日面談なんですよ。両親がどうしても来られないからってことで1番上の姉が来てくれることになったんですけど、すごく心配性で」
「あ、そういえば俺も明日面談だ。会長は?」
「僕は明後日です。母親が来てくださると聞きましたけど、本当に来てくださるのかは分かりません」
僕の言葉に武蔵くんは黙って肩を叩いてくれました。武蔵くんは僕の家庭事情を詳しく知っていますから、よく相談にも乗ってくれます。本当に優しくて頼りがいがあります。
「なあ、2人ともこの後用事がなかったら家に来る? 親も妹たちもまだ帰らないし、どう?」
武蔵くんの突然の提案に聖夜くんと顔を見合わせました。小首を傾げてどうしたいのか尋ねると、聖夜くんはパッと笑顔になってくれました。
「行きたい!」
「お、おう」
目を輝かせて武蔵を見上げる聖夜くんに、武蔵くんは耳を赤くして身体を引きました。
武蔵くんの家に3人きり。つまりは、そういうことでしょうか?
なんて考えてたのに、あんなにも純粋な顔で喜んでいるのを見ると邪な気持ちは見せられませんね。
「僕も行きたいです。夕飯前までに帰れれば問題ありませんし。良いですか?」
「良いっすよ。じゃあ、行こっか」
武蔵くんが先導して歩き始めると、その後ろに聖夜くん、そして僕が並びました。人通りや車通りのある道では縦に並んで歩きますが、いつも聖夜くんを間に挟んでいるのは無意識なことが多いです。
10分くらい歩いていると、急に武蔵くんが足を止めたせいで聖夜くんがその背中に背負われたリュックにぶつかって、僕も聖夜くんのリュックにぶつかってしまいました。
「粋先輩、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。聖夜くんは?」
「大丈夫です!」
「悪い。俺の家、ここ」
聖夜くんが心配してくれただけで痛みが飛んで行った気がするから不思議なものですね。あまり悪びれていない武蔵くんが何故かカタコトに言いながら指さした先には薄い緑色の壁に赤い屋根の一軒家が建っていました。
「可愛いですね!」
そう言いながら目を輝かせている聖夜くんの方が可愛いと思いますけどね。
リュックから出した鍵でドアを開けた武蔵くんは僕たちを家に招き入れてくれました。
「お邪魔します」
「お邪魔します。わぁ、これ、武蔵くん?」
聖夜くんが覗き込んだ靴箱の上に置かれていた3つの写真立てにはこの家の前で撮られたらしい写真が入れられていました。全て同じ構図ですけど、きっと子どもたちが小学校に入学するたびに撮っているんだと思います。
「これとこれと、これが俺。小さいのが弟の大和で、この女の子が妹の乙葉。中学に入ったときと俺が高校に入ったときにも写真は撮ったけど、それは部屋の中に飾ってあるよ」
「仲が良いんですね」
「まぁ。爺さんたちが厄介な分、家族の結束力は強いんだと思う」
その言葉に聖夜くんは苦笑いを浮かべました。武蔵くんは付き合うことになってから聖夜くんにもお爺さんや伯父さんのことも軽く話していました。もしも聖夜にお爺さんたちが近づくことがあったらと心配しているらしいです。
リビングに入ると荷物を入れる用にと籠を一つずつ渡してもらいました。そこにリュックを入れてさせてもらって手を洗うと、リビングの隣にある和室に通されました。
「ダイニングより掘り炬燵の方が温かいから。電源入れればすぐに温まるから座ってな」
武蔵くんはカチッとスイッチをいじってキッチンの方に消えていきました。
「和室なんて、旅館に泊まったとき以来ですよ」
聖夜くんは物珍しそうに部屋の中を見回しています。なんだか猫がボールの動きを目で追っているように見えて愛らしいですね。
「聖夜くんの家には和室はないのですか?」
「ないですよ。だからこういう畳の匂いとか、新鮮です。粋先輩は?」
「うちは昔からある日本家屋ですからね。大体は畳を剥いで板張りにしてありますけど、客間とかは今でも畳ですよ」
部屋によって掃除のやり方を変えなくてはいけないのが少し大変ではありますけど、建物自体は趣があって好きです。それに客間には清さんと一緒に遊んだ楽しい記憶も残っていますから、あの部屋だけは場所としても嫌いではありません。
「お待たせ。紅茶で良かった?」
「ありがとう。良い香り! ピーチティー?」
「お、正解。周さんのおかげか?」
「うん。毎日星ちゃんの水筒の匂いから中身が何か当てて遊んでるから」
遊びの内容が高度ですね。
周さんはかなり心配性なようで、会うたびに近況を聞かれます。きっと聖夜くんからも聞いているのでしょうけど、ツインテールをピョコピョコさせながら聞かれると何故か逃げられなくて、いつもなるべく丁寧に対応をしています。それにやっぱり聖夜くんのお友達からの信用は大切ですから。
「僕も紅茶は好きですから。ありがとうございます」
紅茶を一口啜って顔を上げると、ホクホクと頬を綻ばせる聖夜くんとは対照的に武蔵くんは眉を顰めて僕を見ていました。
「え、僕何かしましたか?」
「いや、会長が紅茶好きとか、なんかむかつく」
「はい? 何でですか」
ちょっとよく分からないですが、怒っているというよりは拗ねているみたいですね。
「会長。その顔でその物腰の柔らかさで、その上紅茶が好きとか、どれだけイケメンなんすか。めちゃくちゃウザい」
「えっと、褒めてますか?」
「褒めてますけど?」
「それにしては喧嘩腰すぎるのですが」
「ぷっ」
武蔵くんと僕の会話を聞いていた聖夜くんはお腹を抱えて笑い始めました。それを見ていると僕も笑えてきて、拗ねている武蔵くんが横に座る聖夜くんの脇腹をつつきました。
「ちょっと、武蔵くん! それやめて! くすぐったいって!」
ケラケラ笑っている聖夜くんを見て武蔵くんの表情も緩みました。武蔵くんは案外、というよりもう慣れてきましたけど、結構可愛いところがあります。
「そうだ、お昼ご飯どうする?」
「ああ、俺作るよ」
武蔵くんが腰を上げると、聖夜くんの目が輝きました。
「作ってるところ見たい! というか、なんなら一緒に作りたい!」
「まあ、キッチンもそれなりに広いし大丈夫だけど」
聖夜くんがやけに楽しそうで、武蔵くんと顔を見合わせました。
「これってさ」
聖夜くんが和室とリビングの間にあるレールを跨いで振り返ったからそちらを向くと、聖夜くんは嬉しそうに、だけどどこか恥ずかしそうに笑っていました。
心の準備を……
「なんか、同棲してるみたいだよね」
間に合いませんでした。
はにかんでからスキップをしそうな勢いでキッチンに向かっていく聖夜くんの背中を見送りながら、武蔵くんと2人でその場に崩れ落ちました。
「なんという破壊力」
「可愛すぎんだろ」
一通り悶えてから、ヨロヨロしながら聖夜くんが待つキッチンに向かいました。
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