第143話 遠くの女より、触れる女
「どいてくださいー!」
レベッタさんに肩車されたままブルド大国の人たちを押しのけて、戦っていた二人の近くに来た。
体勢は変わっていない。ルアンナさんがナイフを首に突きつけている。
「ビーチレスリングでは負けたが、真剣勝負は私の勝ちだ」
「イオディプス君の力があってこそだろ。自慢することじゃない」
「ユーリテスと違って私とイオディプス様は一心同体。彼の評価は私の評価にもなるんだよ」
チラッとこっちを向いて同意を求められてしまった。
お隣さんだし、いつも守ってくれる女性だ。常に一緒にいるといっても過言ではないので首を縦に振っておく。
「ほら? 本人もそう言っている」
「言わせてるの間違いだろ」
「そう思っているのはユーリテスだけだ」
これ以上の言葉は思い浮かばないようで、ぐぬぬぬと言ってしまいそうなほど悔しそうな顔をしている。
言い負かして気持ちよくなっているところ悪いんだけど、ルアンナさんは僕たちの状況をわかっているのだろうか。今、ブルド大国の騎士たちに囲まれているんだけど……。
「で、お前たちはどうするつもりだ?」
ぐるりと周りを見ながらルアンナさんが言った。
ナイフ一本でも全員と戦うつもりらしく、警戒しながらも敵意を見せている。もし戦闘が始まったら乱戦になっちゃうだろうけど、先ほどよりも心配はしていない。僕の視界には、みんなの武器を持ってきたヘイリーさんの姿が見えたのだ。
味方にはスキルブースターを使っているので、戦いになっても何とかなるかもしれないという安心感があった。
「ビーチレスリングは一勝一敗一分け。勝負はつかなかった。そういうことにしておこう」
冷静さを取り戻したユーリテスさんの発言だ。戦うつもりはないみたい。
そういえば勝負が決まらなかったときの対応を話し合ってなったけど、どうするつもりなんだろう。
「延長戦でもするか?」
「いいや。それは不要だ」
意外なことにユーリテスさんは提案を拒否した。
勝敗が決まるまで戦うと思っていたのに意外な決断だ。
「なら、どうするつもり?」
「安心してくれ。暴れるつもりはない。魔物の横やりはあったが引き分け……いや、我々の負けとして扱っていい」
「それでいいのか?」
「勝つことが目的じゃないからな。約束は守る」
しばらく黙ったままルアンナさんはユーリテスさんの顔を見ている。
ナイフの切っ先は首につけたままだ。
誰も動かず、緊張した面持ちで見ていた。
「…………ふぅ、いいよ。信じる」
ナイフを離すと立ち上がって僕の所に来た。
レベッタさんは僕を降ろすと、ヘイリーさん、ベルさんが駆け寄ってきて囲む。誰が動いても大丈夫なように守るような配置だ。
立ち上がって体を叩いて砂を落とすとユーリテスさんが叫ぶ。
「トリーシャ! 船を海に戻せ! 帰るぞ!」
「はい、はい。わかりましたーー。男の子にキスしてもらえたから、私は異論ないからねー」
気の抜けた返事をするとビーチから植物の蔦が大量に出現し、船を持ち上げると海上に移動させた。スキルブースターを切ってなかったからこそできた芸当だ。
それは彼女もわかっているようで、作業が終わると投げキッスをしてお礼をしてくれる。お姉さんっぽい仕草にぐっときた。色気を感じた。
「浮気はダメ」
なぜか僕の心境に気づいたヘイリーさんが顔を掴んで胸に押し当てた。薄い水着なので体温と心音が伝わってきてドキドキする。
「遠くの女より、触れる女」
「そ、そうですね」
一瞬だけ名言だと思ってしまったけど、それってヤれる女の方が良いでしょ、と言っているだけだ。実際、男の中にはそういった判断をする人もいるけど、僕は違うからね! 心の方が大事! 嘘じゃないからと内心で言い訳をしつつも、視線は胸から離れられずにいた。
「総員、撤収だ! 船に乗れ!」
胸に埋めている顔を動かしてブルド大国の騎士を見る。
シーサーペントによって破損はしているけど航海には問題ないようで、騎士たちは続々と蔦で作られた道を使って船に乗り込んでいく。気絶していたドシーナさんも運び込まれていった。
残ったのはトリーシャさんとユーリテスさんの二人。
「私たちは引き分けにして勝負を譲りました。無駄に暴れることなく撤退する誠意を見せています。イオディプス君も同じように我々に対して真摯な態度を見せてくれると期待しておりますが……どうでしょうか?」
戦っているときとは違って優しい顔をしていた。声色も違うし、僕が男というだけで色々と気を使ってくれているみたいだ。
「負けたときにも一度はブルド大国へ行くと約束しましたが、引き分けでも同じだと思っています」
「するとイオディプス君は我が国に来てくれると?」
「ナイテア王国に戻ってからになりますが、約束はします」
「ありがとうございます。誠実な男性で嬉しいよ」
会話の流れで抱きしめようとしてきたユーリテスさんだったけど、僕を守っている女性陣立ちに阻まれてすぐに手を引っ込めた。
残念そうな顔をしながらも蔦の上を歩いて船へ戻っていく。
「来てくれた盛大な歓迎をするから。楽しみにしてて」
最後まで残っていたトリーシャさんも戻っていく。
全員が乗船したとこまで確認すると、ようやくスキルブースターを切った。
「またねーーーー!!」
ブルド大国の騎士が甲板から手を振っていた。
勝負が終わったからか、なんだかフレンドリーである。気持ちの切り替えが早くて驚きつつも仲良くしておいた方がいいだろうと思って手を振り返す。
「きゃー」なんて声が聞こえながらも船は岸から離れて遠ざかっていく。
ようやく、誰も死ぬことなく無事に終わったと実感でき、安堵できた。
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