第144話 ユーリテス:現在、ナイテア王国と調整しております

 ボレル島から戻ってきた私は旅の汚れを落としてから フカフカの厚い絨毯の上で膝を突いている。


 ここはブルド女王陛下の私室で、五人は余裕で寝られるベッド、民の家ほどあるウォークインクローゼット、小国の国家予算に匹敵するほどの宝飾品がしまわれているケースなど、目を引くものは多い。


 その中でも特に私が注目しているのは男だ。


 この部屋には他国から奪い取った男の奴隷が三人もいる。従順な性格になるよう調教されているので暴れるようなことはない。女王陛下の面倒を見るために存在しており、常に身の回りの世話をしている。今も紅茶を淹れた後、二人は足のマッサージ、残りは肩を揉んでいて非現実的な光景が広がっていた。


 羨ましいなんて思ったこともあったが、今はさほど嫉妬心というのは湧いてこない。きっとイオディプス君を知ったからだろう。


 可愛い彼の顔、優しい性格、意外と鍛えられた肉体、そして素晴らしいスキルの恩恵を見て感じ取ってしまえば、他の男なんて道に転がっている小石程度の価値しかなくなってしまう。


 あれを私だけのものにしたい。


 女としての欲望が心を締め付けてくるが、既に数人ほど決まった相手がいるみたいなので実現するのは不可能だろう。仮にブルド大国が奪い取ったとしても女王陛下が占有してしまうので、貸してもらうことはできたとしても占有は不可能だ。もしやるとしたら革命を――。


「視察ご苦労だった。報告を聞きたい」


 物騒な思考になりかけていると、ソファに座っているブルド女王陛下の声で我に返る。


 今は目の前のことに集中しないと。


「イオディプス君については、密偵からの報告通りの存在でした。見た目は可愛らしく女性に優しい理想的な男性です」

「私の奴隷と、どっちがいい?」

「女王陛下が寵愛している男性を評価するなんて畏れ多いです」

「許可する」


 気に入っているペットをけなされて気分が良くなる女なんていないので、逃げようと試みたのだが失敗してしまった。


 男奴隷の方が良いなんて嘘をついてもすぐにバレるだろうし、本心を伝えるしかないか。


「圧倒的にイオディプス君です」

「ほぅ。ユーリテスにそこまで言わせるか」

「特にスキルブースターは最高です。アレを経験してしまったら離れられません」


 国内に残っている文献とナイテア王国に放っている密偵の報告によって、能力はわかっていた。


 スキルを強化して時には進化させるという恐るべき能力で、発動条件は大切に思う相手という曖昧なもの。明確な効果範囲まではわからないが、少なくとも視界に入っていればスキルブースターの恩恵は受けられる。まさに規格外の能力だ。SSランク指定されるのも納得である。


「ユーリテスはスキル進化まで体験したのか?」

「はい。私は剣聖のスキルになりました。あの時の万能感と元のスキルに戻ったときの喪失感は今もなお、鮮明に覚えております」


 生まれたときから騎士というスキルを覚えていた。剣術、槍術、弓術、馬術、戦術など幅広くサポートしてくれる万能な効果を持っている。今までは最高のスキルだと思っていたのだが、剣聖はまさに格が違った。


 全身から溢れ出す力、剣を持てば神すら斬れるだろう自信、目の前に数千の軍があっても勝てるだろうという確信を持てたのは、あの時が初めてだ。イオディプス君さえいれば、ブルド大国で革命を起こしても成功するかもしれない。世界最大の下剋上だって実現可能な魅力があった。


「ほう。それほどか」


 興奮したのかペロッと舌を出して唇を舐めた。


 寵愛している奴隷の評価を下げても機嫌は損ねてないようである。


「イオディプスはいつ来るんだ?」

「現在、ナイテア王国と調整しております」


 ピクリと眉が動いた。


 あれは気に入らなかったときに出す反応だ。我慢のできない女である。イオディプス君を紹介していいか悩むな。


「一カ月以内に決まらなければ攻め落とそう」

「ま、待ってください! 今回はスキルブースターの特性を考えて戦争は回避する方針だったじゃないですか!」


 国力に差があるので奪い取ることも可能だろうが、イオディプス君の憎しみは我々に向いてしまう。


 そんな相手にスキルブースターを発動させたいと思うだろうか?


 様々な情報を精査した結果、彼の性格と発動条件を考慮すると、ないと結論を出している。


 貴重なSSランクスキルを死蔵させるのは大いなる損失になるからこそ、ボレル島では圧力をかけても武力で制圧する手段はとらなかったのだ。ビーチレスリングを受けたのも、ブルド大国に来てくれる約束さえ取り付けられれば何でも良いという女王陛下の勅命があったからこそで、勝敗なんて気にはしていなかった。


 まぁ、生意気なルアンナをボコボコにできたのは気分爽快だったが。


「むむ……確かにそうなんだが……私はユーリテスが評価する男は早く見たい」

「だとしても暴力だけはダメです。話を聞いていた以上にイオディプス君は争いを嫌っております」

「それほどか?」

「はい」


 争いから離れた場所で、命の大切さを教育されて育ってきたのだろうことはすぐに想像できた。でなければ、自分の身を商品にしてまで女同士の争いを止めようなんてしない。


「ふむ……なら仕方がない、か。だが、私の我慢も限界はあるぞ?」

「ナイテア王国には、一カ月以内に日程を決めるよう厳しく伝達しておきます」

「念話のスキル持ちを派遣しているのだろう? 期限は一週間以内だ。それ以上の時間をかけるようであれば奪い取るとでも言っておけ」

「ですが争いは……」

「心配するな。人を傷つけず奪い取る方法なんていくつもある。あのポンチャン教のミシェルだってやったことだ。問題はないだろう」


 欲しいものを手に入れるときだけ頭が回る。


 事実であるため反論は思い浮かばなかった。


「話は以上だ。これから男と楽しむから出て行け」

「かしこまりました」


 立ち上がると私室から出て行く。


 外で待機していた侍女がドアを閉めると、喘ぎ声が聞こえ始めた。


 ああやって毎日、男どもと遊んでいるのだ。


 やはりイオディプス君を渡すには相応しくない。彼には一途な女が似合うのだ。


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