第129話 仲間は胃が痛くなりそうだけど

 ビーチレスリングの開催日が三日後にすると決まり会談が終わると、ブルド大国の騎士団長のユーリテスさんと握手して別れた。


 ミシェルさんは使者を見送るため城の外に出たので、この場にいない。残ったのは僕とブルーベルさんだけだ。


 会議室の窓から下を見ると、ちょうど二人の歩いている姿が見えた。笑顔で会話をしているように見えるけど、見えないところではバチバチとやりあっているんだろうなぁ。


 事件なんて起こることはなく、外に止まっていた馬車にユーリテスさんが乗り込むと、走り去っていく。ミシェルさんは振り返り、僕がいる方を見ると手を振ってくれた。お返しに僕も同じことをすると、小走りで来た道を戻っていく。元気だなぁ。


「これからどうするつもりなの?」


 声をかけられたので後ろを見る。ブルーベルさんが腕を組みながら真っ直ぐな目で僕を見ていた。


「もちろん、ブルド大国と対決します」

「……そうなるよね。まさかイオ君が、あんな提案をしてくるとは思わなかったよ」


 嫌み半分、感心半分といった感じで言われてしまった。怒られると思っていたのでちょっとだけ意外な反応だ。


「でも、スポーツで勝負を決めるのは悪い案じゃないですよね」

「死人が出ないという点では良いけど、君じゃなければ誰も納得しなかったよ」


 誰もが僕を取り合っていて、けん制している。ある意味、景品みたいな扱いをされている僕が強く平和を求めて交渉しなければ、きっと力尽くで奪い取ろうとしていただろう。しかも勝っても負けてもブルド大国にはメリットが残るようにしたので、ユーリテスさんは納得してくれたのだ。


 それ以外の方法をとっていたら、船に乗っている兵士たちが上陸して暴れ回っていたはず。


「それでビーチレスリングは誰に出てもらうの? もう決めている?」

「うーーん。悩ましいですね」


 時間的に外部から援軍は呼べない。ボレル島にいる人で決めなきゃいけないんだけど、全員に会ったわけじゃないので誰がいいのかわからない。うーーん。とりあえず思いついた人を言ってみよう。


「ミシェルさんの意見を聞いてからだと思いますが、ルアンナさんは候補として考えています」


 普段から騎士として体を鍛えているので、体幹や筋肉はばっちりありそう。運動神経も良さそうだし有力な選手だと思っていた。意外と悪くないんじゃないかな。


「確かに彼女ならあり、かな?」

「ブルーベルさんは誰かいますか?」

「レベッタは面白いと思うけど……ちょっと怖いよね」


 短い付き合いなのに性格をよくわかっている。何をするかわからない爆発力があるよね。


「ビックリ箱みたいな人ですからね。観客だったら純粋に楽しめそうです」

「その代わり、仲間は胃が痛くなりそうだけど」

「ですね」


 同じタイミングで笑ってしまった。苦労を分かち合ったような気がして一体感が生まれている。


 良い空気が作れたと思っていると、ドアの叩かれる音が聞こえた。


 視線を出口の方へ移す。少し息の乱れたミシェルさんが立っていた。怒っているのか、狐耳をピンと立てている。


「お帰りなさい」

「ただいま」


 カツカツカツと音を立てながら歩いて僕の前に立った。すーっと顔が近づく。薄らと汗が浮かんでいて、甘い匂いと混ざり合って男の欲情をかき立てる香りを放っている。なんだか抱きついて甘えたくなったけど、ぐっと我慢した。


「場をかき回してくれましたね」

「皆を守るためです」

「ですが、あんな約束をしてどうするつもりですか。ブルド大国が勝ったら二度と戻って来られないかもしれないんですよ」

「それはなんとかします」

「できなかったら?」

「諦めます。みんなが死んじゃうよりマシですから」


 迷いなく言い切ったのが良かったのか、ミシェルさんから力が抜けた。


 何をしても意見が変わらないと理解してくれたようだ。


「…………ふぅ。どうやら本気のようですね」


 説得を諦めて顔が離れた。


 会議室の椅子に座ると、足を組んでブルーベルさんを見る。


「ドワーフは外せません。ベルを選手にします」


 突然何を言ってきたのかと思ったけど、すぐビーチレスリングの選手についてだとわかった。


 多くの信者を見てきたミシェルさんが言うなら間違いないだろう。確かにドワーフは力が強いので、出場したら活躍してくれるはず。


「お、それは良さそうだね。あと一人欲しいんだけど候補いる?」

「ブルーベルは?」

「商人だから無理だって。ミシェルは?」

「私は審判をするから見学かな」


 取引先相手でしかないはずなのに、気安い口調で話している。


 二人は仕事抜きで仲が良いのかな。今度、機会があったら聞いてみよう。


「他に力が強い信者は?」

「いないかなぁ。みんな争いが嫌いで、この島に引きこもっているから」

「うーん。じゃぁ私が連れてきた戦闘奴隷を貸そうか」

「ありがたいけど……いくらになる?」

「負けたらいらない。勝てたら金貨十枚ぐらいかな」

「その条件で乗った!」


 立ち上がったミシェルさんはブルーベルさんと握手をした。


 メンバーが確定したと思って良いかな。


「開催は三日後だったね。三人に事情を話して訓練を始めましょうか」

「二人には私から言うから、ベルはミシェルに任せたよ」

「うん。じゃあ後で中庭に集合しましょう」


 急いでいるからか、さっさと話をまとめると僕を置いて会議室から出て行ってしまった。


 この世界に来て初めて女性に放置された気がする。それほど今回の件に集中しているのだろう。思っていたよりも大事になりそうな気がした。



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あとがき

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