第128話 私が負けたら?

「ユーリテスさんが考える、真の平和って何ですか?」

「禍根の残らない戦争と支配、ですかね。」

「それって恨みを持ちそうな人たちは皆殺しにするってことでしょうか……」

「正解です。戦った国は徹底的に破壊し、戦わずに降伏した国は手厚く保護します。スキルブースターの力を見せれば、見せしめになる国は一つか二つぐらいで済むでしょう」


 現実的な話なのかはわからないけど、ユーリテスさんはできると確信しているようだった。これじゃ僕の言葉は届かないだろう。この場で考えを変えてもらうのは不可能だ。


「さぁ、もう理解してくれましたね。私たちと一緒にブルド大国へ行きましょう」


 王子様のように爽やかな嫌みのない笑みで言われてしまった。これが大国の騎士団長か。僕がうなずくことを疑っていない態度がちょっとムカつく。貴方より素敵な女性は数多くいるんだから、なびくわけないのに。


「ブルド大国の思惑は理解しましたが、僕の考えとはあいません。お断りいたします」

「な……っ!?」


 笑顔のまま表情が固まって面白い。ようやく一矢報いたという感じがした。


「聞き間違えたかな。もう一度――」

「お断りします」

「…………どうしてだい?」

「やり方が気に入らないからです」


 安全だけを考えれば話に乗った方が良い。そんなこと分かっているけど考え方があわないのだ。拒否するしかなかった。


「断ったらボレル島が火に包まれるといってもかい?」

「今のは脅しですか?」

「勘違いしないでしてほしい。例えば、と言う話ですよ」

「でしたら答えは決まっています」

「ほぅ。なんだい?」

「僕が守ります」


 逃げるわけにはいかない。真っ直ぐユーリテスさんを見る。


「イオディプス君にできるかな?」

「SSランクスキルには、その力があります」


 だから僕の身柄を狙って、ここまで来たんでしょ?


 船に騎士が何人乗っているかなんて分からないけど、この世界はスキル一つですべてがひっくり返ることもある。上陸する前に船を破壊してしまうことだって不可能ではないのだ。ユーリテスさんの中では、戦って僕が手に入れられる可能性と被害について計算しているはず。


「ただ、先ほど言った通り僕は争いを求めておりません。とはいえユーリテスさんも成果なしでは引き下がれないこともわかります」


 子供のお使いじゃないんだから、ダメでしたで帰るなんてできない。正当な理由というのが必要なのはわかっているから、それを提供しようという魂胆だった。


「ですから、勝負をしませんか。ユーリテスさんが勝てば僕は一度だけブルド大国へ来訪します」

「私が負けたら?」

「そのまま引き下がってください」

「収穫はゼロで帰れと? 流石に飲み込めませんね」

「だったら勝てば良いじゃないですか」

「勝負の内容すら分かってないんですよ? そんな楽観的なこと考えられません」


 傲慢な態度を取っていたから、エサをぶら下げればすぐに食いついてくれると思っていた。正直、舐めていたかもしれない。男を前にしても本能を抑え込んで冷静に考えられるユーリテスさんは、油断していい相手ではないと覚悟を決める。


「勝負内容は暴力的でなければ何でもいいです。遠泳とかどうですか?」

「水泳のスキルを持っている人がいたら勝てません」

「では、ルールにスキル禁止を入れましょう」

「遠泳だとスキルを使われてもわかりません。そうですね……模擬戦はどうですか?」


 相手は武器の扱いに慣れた騎士の集団だ。普通の模擬戦だと勝ち目はない。かといって頭脳を使うような競技だったらユーリテスさんは納得しないだろう。僕らが勝てそうで、相手も納得できるもの……これならどうかな。


「ビーチレスリングはどうですか? 三人勝負で」


 レベッタさんから聞いた話なんだけど、この世界にもレスリングに似た競技があるらしい。しかも各国で人気の競技とのことで、みんな知っている。


 武器やスキルの使用は禁止されていて安全に力比べができる。日頃、肉体を鍛えている騎士も納得できる内容だし、僕たちにもルアンナさんたちがいるので、三人だけなら選手は用意できる。


 また仮に負けたとしてもブルド大国へ行くだけ。護衛を何人かつけてつけもらえれば、最悪の場合でも逃げ切れはするはず。


「悪くはないのですが……やはり負けたとき、我々に何も成果がないと言うのが気になりますね。せめてもう一度会える約束をしてもらわないと。ここが変わらないのであれば、提案は飲み込めません」


 ギリギリアウトになりそうな部分を攻めてきたな。


「会う場所は僕が指定してもいいですか?」

「それは妥協しましょう。ただし魔物が住む森の中、というのは勘弁してほしいけど」

「もちろんです。常識的な範囲の場所を指定します」

「だったら問題ありませんね。今回の勝負を受けたいと思いますが……ミシェル殿の意見を聞かせてください。どうです?」


 ずっと黙って話を見守っていたミシェルさんに視線が集まる。


 ブルーベルさんは何か言いたそうにしているけど、一旦は反応を待とうと思っているみたい。


「この取引にポンチャン教のメリットがありません。イオディプス様は、その点についてどうお考えですか?」

「信者みなさんの安全とボレル島の平和が保たれます。それだけ足りませんか」

「ええ。我々はイオディプス様のために死ぬ覚悟ができておりますので」


 最後の一兵になるまで戦う覚悟があるなら、僕の提案なんて受け入れられないだろう。


 死よりも奪われる方が怖いと思っていそうだ。別のメリットを提示する必要がある。


「こうなってしまった経緯はすべて不問とする上で、僕たちが勝ったら年に一度、数日間ボレル島に必ず滞在するってのはどうですか?」

「負けたら……」

「何もありません」


 ミシェルさんは黙り込んでしまった。どうするか悩んでいるようだけど、拒否されても僕は取引を強行するつもりだ。もしポンチャン教の人たちが暴走するなら、ブルーベルさんと一緒に脱出しよう。ブルド大国に捕まりそうなのであまりやりたくはないけど、争いが勃発する寄りかはマシだと思った。


「…………わかりました。私もイオディプス様の提案に賛成します」

「いいの?」

「ええ。それが彼の望みですから」


 心配そうにブルーベルさんが聞いたけど、ミシェルさんの意志は変わらなかった。


 これによって当面の戦争は回避され、その代わり僕を賭けた競技が始まることとなる。



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あとがき

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