第127話 交渉に参加したかったからです

「男性……ふむ。君がイオディプス君かね?」


 予告なく勝手に入ってたというのに、ブルド大国の使者は冷静に分析して僕の正体を見切った。一方のポンチャン教側に立っている二人は、席を立つと慌てながら近づいてきた。交渉の最中だと思うんだけど大丈夫なのかな。


「どうして、ここに来てしまったんですか!」


 肩を掴んでガクガクと前後に揺らされている。いつもの聖女らしい落ち着きはなかった。ブルーベルさんは頬を引きつらせてベルさんを睨んでいる。説教をしたくてたまらないのだろう。


 二人とも怒っているけど、ここは僕の出番なのだから怯んじゃダメだ。


「交渉に参加したかったからです」


 前にいるミシェルさんを横にどけて数歩進む。


 ブルド大国の使者がにっこりと微笑んだ。


「同席してもよろしいですか?」

「ポンチャン教のみなさんはどもかく、我々は歓迎しますよ」

「ありがとうございます」


 勝手に席に座ると、二人はため息を吐いてから僕を挟んで、守るように座る。


「初めましてイオディプス君。私はブルド大国第二期騎士団長のユーリテス。お会いできて光栄です」

「ご丁寧にありがとうございます。ナイテア王国に住んでいるイオディプスです」


 名前を伝えるだけじゃ足りない。交渉が始まる前に先手を打とう。


「今は見聞を広げるためにポンチャン教でお世話になっております」


 誘拐ではなく自分の意志できていると、遠回しに伝えておいた。少なくともこの場でミシェルさんの失点を突っ込まれることはないだろう。


「ほう。そうするとイオディプス君は、自らの意志でボレル島に来たと言うことですか?」

「はい」

「それは事前に聞いていた話と随分違いますね……」


 さして動揺はしていないように見える。静かに微笑んだユーリテスさんは美しく、余裕が感じられた。


「所詮、噂は噂でしかありません。真実と違う場合もあるかと思いますが」

「それにしては、ナイテア王国の方は騒がしいようですけど」

「僕が不在で寂しくなっただけです。そろそろ帰る予定だったので、すぐ元通りになりますから心配はご無用ですよ」

「なるほど。そういうことですか」


 誘拐なんてなかった。ただの視察でもう戻るからブルド大国の出番はない。


 ユーリテスさんだけじゃなく、左右にいる二人も僕が何をしたいのか伝わったことだと思う。その証拠にブルーベルさんの表情は柔らかくなって、ミシェルさんは嬉しそうにしていた。


「ポンチャン教もイオディプス君と同じ認識との考えでよろしいですか?」

「ご本人の言っていることが、すべてだと思っております」


 明確にイエスとは言わず、僕の考えに従うと宣言して誘拐の事実については肯定も否定もしなかった。これはよい選択だったと思う。仮にブルド大国が誘拐の証拠や証言を持っていたとしても、僕がそう思ってなかっただけと言い逃れが可能だからだ。少なくとも致命傷にはならない。


「するとポンチャン教の聖女ミシェルがイオディプス君を誘拐したという話は嘘だったというわけですね」

「そんな誤解が広がっていたんですか。驚きました」


 我ながら白々しいなと思いながらも、わざとらしく言った。相手に嘘だと伝わっているだろうけど、ユーリテスさんは好意的な目で僕を見ている。


「そちらの言い分はわかりました。イオディプス君が言っているのであれば、少なくとも誘拐というのは誤解だったのでしょう……」


 空気が緊張によって張り詰めたように感じる。


 ちょっと前まで優しい女性だと思っていたけど、印象は正反対だ。魔物と退治したような、いやそれ以上の威圧をかけられていると錯覚してしまうほどだった。


「と、言って我々が素直に引き下がると思いましたか? 要望は変わりません。世界の財産であるSSランクのスキルを持っているイオディプス君を保護するため、上陸の許可をもらいたい」

「保護とは具体的に何をするつもりですか?」

「我が国に国賓として招待する」


 大切にして歓迎するみたいな表現をしているけど、僕の意志を無視しているので実際の所は誘拐と変わらないよ。


 ナイテア王国の家に帰りたいだけなのに周りが勝手に動いて望み通りにならない。


 世界が大きくうねりだしたのを肌で実感している。


「断ると言ったらどうしますか?」

「優しいイオディプス君は必ず受け入れてくれる」


 相手は大国で情報機関もそれなりの規模があるはず。ナイテア王国にもスパイがいるだろうから、僕の性格はかなりの精度で把握していそうだ。少なくとも女性が傷つくのを極端に嫌っていることぐらいまではわかっているだろう。ミシェルさんがさんに言った理由までは、さすがに知らないだろうけどね。


「どうしてそう思うのですか?」

「世界平和につながるからですよ。イオディプス君の力があれば我が国が大陸を統一するのも夢ではないでしょう。そうすれば戦争はなくなる。魅力的だと思いませんか?」


 戦争のない世界は僕が理想とするところだ。その言葉を表面上だけ受け取れば賛成してもいいだろう。けどね、まともに学校へ行かなかった僕でも、統一したからと言って平和になるとは限らないことぐらいわかるよ。


 平和になる過程で国、土地、家族、友人……その他、大切なものを奪われた人たちの恨みは消えない。禍根は長く続くだろうし、紛争もしくはテロ活動が発生する。


 感情に振り回されるのは人の性だ。


 世界が変わった程度じゃ、恨みで動く人はいなくならない。僕の考えは高確率で当たるだろう。


「本当に平和が訪れるなら魅力的ですが、暴力で大陸を統一治しても禍根を残すだけです」

「それは、やりかた次第かと。我々と手を組めば真の平和を手に入れられますよ」


 大国ならではといっていいのか、すごく傲慢な言い方だ。



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あとがき

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